ワルツ、この三拍子の音楽のおかげでいかに気持ちが晴れ救われることが多かったか。19世紀のヨーロッパでは疫病流行時にワルツの名曲が誕生し疲れきった人々の心の憂さ晴らしの娯楽になっていたという。ウイルスの流行や不穏な事件など混沌たる現在にもワルツには人々の心を鼓舞する効能はあるに違いない、そのような思いがこめられた本プログラム、非常に楽しみにしながら聴いた。会場は高崎市のアトリエ・ミストラル、ピアノは1905年製のプレイエル3bisだった。
演奏は休憩なし、曲間の拍手もなしで約70分間続けて行われた。ピアノ曲が原曲のものもあれば、歌曲、交響詩の原曲を内藤氏がピアノ用に編曲したものもあり充実した内容になっていた。
<プログラム>
R.ジーツィンスキー作曲 内藤氏編曲 ウィーン、わが夢の街
F.シューベルト作曲 初めてのワルツ集
R.シューマン作曲 蝶々Op.2
F.ショパン作曲 ワルツイ短調Op.34-2
F.プーランク作曲 内藤氏編曲 愛の小径
F.ショパン作曲 ワルツ嬰ハ短調Op.64-2
C.ドビュッシー作曲 レントより遅く
F.クライスラー作曲 C.ラフマニノフ編曲 愛のかなしみ
リヒャルト・シュトラウス作曲 内藤氏編曲 オペラ《ばらの騎士》Op.59よりワルツ
F.リスト作曲 ウィーンの夜会(シューベルトのワルツ・カプリス)第6番S.427-6
M.ラヴェル作曲 高雅で感傷的なワルツ
<アンコール>
P.チャイコフスキー作曲 四季 12月「クリスマス」
ウィーン、わが夢の街で早速20世紀前半のウィーンにタイムスリップ、夢と憧れとともに幕開け。シューベルトの愛しさに溢れたワルツから二面性が感じられるシューマンの蝶々へ。一曲の中に対照的なキャラクターが共存し、場面変化の振れ幅の大きさと多彩な表情に釘付けになった。その合間にショパンの短調のワルツ2曲、哀愁と郷愁が伝わってきた。その間のプーランク作曲愛の小径の悲しみから温かな光がさす世界の存在感、世の中捨てたものではないと言われているような気がしてきた。
ドビュッシーのレントより遅くのぞくぞくする洒落た響きにうっとり。アイロニカルなまなざしで作曲されたということだがとても美しくてうっとりした。クライスラー作曲ラフマニノフ編曲の愛のかなしみ、有名な原曲にラフマニノフの編曲のおかげで陰影がさらに加わりドラマチックに。リヒャルト・シュトラウスのばらの騎士のワルツ、ピアノによるオーケストラの響きの再現、細部まで心配られていてまるで目の前にオーケストラが浮かび上がったかのように思えた。リストのウィーンの夜会でワルツならではの懐かしさ愛おしさを堪能し、ラヴェルの高雅で感傷的なワルツの、半音階、妙なる響きの和音、きらきら感がちりばめられた世界で夢の締めくくり。ラヴェルのワルツの終曲のそれまでの各曲の断片が幻のように登場するシーン、余韻が印象的だった。
アンコールはチャイコフスキー四季より12月「クリスマス」夢にあふれた愛らしい曲だけれどもワルツだということをうっかり忘れていた。色々辛いこともあるけれどこんなに美しく素敵な世界がある、希望をもって生きていこうと励まされているような気がした。
20世紀初頭のプレイエルのノスタルジックな音色にこれらのワルツはぴったりだったと思う。ロマンチックな夢に浸ることが出来た幸せな70分間だった。