ノエルのブログ

シネマと海外文学、そしてお庭の話

掃除婦のための手引書

2019-12-02 17:17:55 | 本のレビュー

 

「掃除婦のための手引書」(ルシア・ベルリン著 岸本佐知子訳 講談社)を読む。

色んな雑誌のブックレビューで絶賛されているのを見て、読んでみたいなと思っていた本書。でも、私がようやくページを開いたのは、先月終わり。しかし、驚くなかれ。7月に発行されて二か月の間に、5刷も出ているのだ――愛好者のあまりいないはずの海外現代文学。それなのに、この数字というのは、本書がいかに称賛をもって迎えられたかの証ではないか。

生きていた頃は、アメリカの現代作家たちに影響を与えながら、ほとんど知られていなかったというベルリン。彼女とその作品が再び、忘却の淵からよみがえるのは、その死から10年たった時だという。

巻末には、訳者の岸本さんの熱烈な偏愛ぶりのうかがえる解説なども載っているのだが、確かに、素晴らしいとしかいいようのない短編小説がならんでいる。

解説によると、ベルリンという人は短編のみを書く人だったらしい。それも、自分の波乱万丈としかいいようのない人生の断片を切り取った後、それに少しばかりの「虚構」という特製のスパイスを加えて、強烈な味わいの作品を作り上げるといった類いの。

そして、紹介記事がみな言っているように、ベルリンの実人生はとんでもないものだった。本に書かれている経歴を箇条書きにしても、

1936年、アラスカ生まれ。鉱山技師だった父の仕事の関係で幼少の頃より、北米の鉱山町を転々とする。

父親が戦争に行くと、テキサスにある母親の実家に身を寄せるが、ここは貧民窟みたいなところで、祖父も母も叔父もアル中という悲惨な環境だった。しかし、戦争が終わると、父に連れられ、南米チリで生活するが、ここでは一転して、トップ階級の生活を送ることとなった。

アメリカの大学に進学した後、3回の結婚と離婚、息子達をシングルマザーとして育てながら、高校教師、掃除婦、看護師、電話交換手として働く。同時にアルコール依存症にも苦しみつつ、短編小説を発表。2004年、ガンで死去。

という、まあ何ともジェットコースターのごとき生涯であったらしいのだ。うん、こんな人生を送った人の私小説は面白いはずだ。

ところが、一読するとわかるのだが、ベルリンの小説は、すさまじいまでの技術と研ぎ澄まされた感性が同居している。リアルでありながら、ユーモアにあふれ、文体のところどころには、カッティングされたダイヤのような、息を飲む美しさが潜んでいる。

私も、この「虚構」をほんの少し織り交ぜた、一つの人生の物語を読むうち、どれが真実で嘘だったかなどどうでもよくなってしまったほどだ。真に魅力的な物語というものは、そういうものかもしれない。

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