「移し世は夢、夜の夢こそまこと」・・・私は、江戸川乱歩のファンである。そして、この科白は、乱歩お得意のもの。金田一耕介と並ぶ名探偵、明智小五郎と言っても、国民的人気の金田一に比べて、今いち人気ぶりはさえないような・・・。
だが、世に江戸川乱歩ファンは星の数ほど、といわなくても相当数いるはず。でも、横溝正史ファンほど、堂々と言わないのは、はっきり言って、乱歩って変態の気があるもんね。「孤島の鬼」など、乱歩の中でもベスト3に上げたい名作だけど、ここには同性愛がはっきり書かれている。それも、主人公の青年に年上の医学生の青年が激しい恋情を燃やしたりなどしているのだ。物語の結末近く、地底の洞窟で迷子になった主人公が、恋に狂った医学生、諸戸に追われながら逃げ惑うさまは、何ともいえぬ凄さ。この本が書かれたのが、昭和2年だということを考えると、いかに乱歩が変わった感覚の持ち主かわかろうというもの。
さて、今夜取り上げるのは、「蜘蛛男」。名前がもうすごいでしょ? えぐいというか・・・。せっせと網を張って、獲物を待ち構える蜘蛛のように、これはと思った美女を狙い、殺す男。その殺人鬼と明智小五郎との対決を描いたものだけど、最初から犯人が分かっているので、謎解きの面白さはない。でも、猟奇趣味や舞台設定があまりにも、想像力豊かなので、またたくまに乱歩ワールドにはまってしまうのだ。
大体、デパートの着物を着たマネキンが女性の死体に変わっていたり、お化け屋敷の中のあばら家の中に横になっている作り物の死体が、いつの間にか本物に変わっているなんて、お話臭さもここに極まれりという感じで、一般のミステリにあるような現実感はないのだ。
犠牲者の女優が、連れ込まれた空き家で、壁にかかったポスターの美人の目に部分がいやに生き生きしていると思ったら、それは向こうの部屋から監視している目だった・・・とかある。まったく、次から次によくこんな独創的な発想が浮かぶものである。
もちろん、書かれていることはとてつもなく残酷なのだが、乱歩ワールドは極彩色の絵の具で塗りたくった紙芝居を思わせ、「次は、次はどうなるの?」と手に汗にぎる快感を与えてくれるらしい。ただ、私の最も好きなのは、こういった乱歩趣味のごく薄い、硬質なミステリを読んでいるような気持ちにさせてくれる「死の十字路」である。
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