ノエルのブログ

シネマと海外文学、そしてお庭の話

ドクトル・ジバゴ

2021-05-21 14:44:53 | 映画のレビュー

映画「ドクトル・ジバゴ」を観る。デビッド・リーン監督、オマー・シャリフ、ジュリー・クリスティ主演。言わずとしれた名画である。

二十年近く前観たきりで、今回が二度目の鑑賞――でも、やっぱり素晴らしかった! これほどの圧倒的なスケールや重量感溢れる映画は、現代ではもう不可能だろうなあ、としばしため息。 制作された年代が年代なので、実際にロシアで撮影されたのかどうかはわからないのだけれど、スクリーン全体に、ロシア革命を背景とした大ドラマの鼓動が息づいている。さすが、「アラビアのロレンス」や「ライアンの娘」を撮ったデビッド・リーンならではの、大河のごとき迫力!

言わずと知れた名画なので、ストーリーを紹介するのも気が引けてしまうのだけれど、ざっと述べると――いかにもソ連の計画経済を思わせるダムの作業場。そこに、高官であるイェルグラフがやって来る。彼は、腹違いの兄で、素晴らしい詩人であったユーリ(彼が、「ドクトル・ジバゴ)の娘を探していたのだが、このダム現場で働いているソーニャという娘がそうだと確信する。

イェルグラフは、ソーニャを呼び寄せ、彼女の両親であるユーリとラーラのことを切り出すが、彼女は両親の名も顔を記憶していなかった。ソーニャのために、イェルグラフは、ドクトル・ジバゴ=ユーリの物語を語りだす。

ここで場面は一転して、19世紀末のロシア革命前夜に移る。優秀な成績で医者となったユーリは、遠縁の娘であるソーニャとの婚約も整い、順風満帆な将来が約束された若者だった。しかし、彼はある夜、恩師の老医師と共に、仕立て屋のアトリエ兼自宅に案内される。そこの女主人が服毒自殺を図ったためだ。彼女は、自分の愛人の弁護士コマロフスキーと娘ラーラの間に不義の関係があるのを苦にしたため、自殺を図ったのだが、この時ユーリは運命の女性ラーラと出会う。

ラーラはコマロフスキーの毒牙にかかりながら、熱烈なボリシェビキの青年パーシャという恋人もいた。ユーリも当初の予定通りソーニャと結婚し、ブルジョワの医師として生活……するはずだった。

だが、間もなくロシア革命が始まり、ユーリの家も、押しかけて来た人民に占領される始末。思いあまったユーリとソーニャ、息子のサーシャ、ソーニャの父親たちは、別荘のあるウラルを目指すのだが、この時乗る列車のシーンが凄い。

まるで、アウシュビッツに運ばれるユダヤ人たちのような、過酷な旅をしなければならないのである。家畜のように列車に詰めこまれ、小さな窓があるきり。床には藁が敷かれ、どうやらそこが夜の間のトイレとなり、朝は汚れた藁を列車の外に放りだす――今まで優雅な生活をしてきたユーリやソーニャ達には考えられない旅だったはず。しかし、この時、ロマノフ家の皇帝一家は銃殺されていたし、国自体が不穏なざわめきに包まれていたのに違いない。しかし、それでも列車の外に広がる、雄大なロシアの自然は美しい。白銀の世界は、どこまでも広大に広がり、その上で人間達がいかに惑っていようとも、ちっぽけなドラマに過ぎないと言っているかのようですらある。

ようやくたどり着いた美しい別荘も、人民たちの手によって押収されており、ユーリ一家は別荘そばの、粗末な一軒家に住まざるを得なくなる。しかし、赤軍と白軍の戦いに軍医として駆り出されたユーリは、そこで看護師として勤務していたラーラと再会する。知らずうちに、惹かれ合い、愛を確かめ合う二人だが――。

                                   

この後、ユーリはパルチザンに拉致される。その間、妻のソーニャ達は国を追われ、パリに亡命する。紆余曲折の末、コマロフスキーの説得で国外へ脱出することになったユーリとラーラだが、その時、二人は永遠に別れ別れになってしまう。

時が流れ、路面電車の中から、片時も忘れることななかったラーラを見かけたユーリは、電車を降り、彼女を追おうとする。だが、すでに心臓を病んでいた彼は、発作を起こし、その場で倒れ死んでしまう――

大ざっぱだけれど、こういういきさつをイェルグラフは、ユーリの娘であるソーニャ(なぜか、正式な奥さんと同じ名前)に語るのだが、やはり両親の記憶がない彼女は恋人であるエンジニアの青年に呼ばれ、その場を去ってしまう。しかし、この時、ダムが大量の水を放出している場面がクローズアップされたのが、凄い迫力で面白い。ああした激動の時代を踏み超えて、ソ連という国ができあがり、国かけての計画経済を実行しているのだということ。それが、ダム現場を映し出すことで、よく浮き出ていたと思うのだ。

些末的なことかもしれないけれど、この映画を観て「あっ、面白いな」と変なことに感心してしまったことが幾つもある。例えば、ラーラの母親が熱を出して、コマロフスキーと夜会に出られないというシーン。ここで、温度計が出されるのだが、それが私が子供の頃まで使われていたような、赤い水銀の目盛りがあるガラスの温度計なのだ。ふ~ん、十九世紀末とか、二十世紀初めには、こんな温度計がもう出回っていたのか……(今は、オモチャの拳銃のような、額にかざして、すぐ体温が計れるというものですけど)。

そして、百数十年も前、今のヨーロッパの街を走っているのとそっくり同じ、路面電車が市民の足として活躍していたのだということも。


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