A・M・ウィリアムスンの「灰色の女」を読み終わる。実は、これ1898年に書かれた120年以上も前の英国の小説。この小説も、原作者の女流作家、ウィリアムスンも忘れさられて久しいという。
ところが、これが我が国の推理ものの名作とされる原作なのだ――その作品の名は、江戸川乱歩の「幽霊塔」。
岩波書店から、宮崎駿の表紙つきで出版された愛蔵版は、下の写真をご覧あれ。
巨匠、宮崎駿もかくのごとく書いている通り、これが、怪奇ロマンとして、これ以上の出来はないとまで思われる傑作なのだ。私も、乱歩ものの中では、五本の指の内の一つに数えられるくらい大好き。九州の草深い田舎に、なぜか幻のように存在する古い幽霊塔。これは、江戸時代の豪商が、自分の宝を隠すために作った屋敷で、大時代の仕掛けの時計塔の地下には、迷宮のごとき複雑な迷路が横たわっている。そこに眠る宝の他、物語のヒロインは養母殺しの罪で、捕らえられ獄死したはずの美女であり、彼女が名と顔を変え登場してくるというのだから、波乱万丈そのもの。
こんな昔にも、顔を変える整形手術が存在したのか――と私はショックを受けたのだが、主人公の青年と、自分の濡れ衣を晴らすために、死からよみがえった美女とのロマンス、整形手術を行った医師の不気味な地下室などなど、とっても面白いシチュエーションがこれでもか、とばかり続く。
いかにも乱歩好みの世界であるため、原作があると言っても参考にした程度だろうと思っていたのに、あにはからんや。この度、手に入れた「灰色の女」を読むと、19世紀末のイギリス、明治時代の日本という風土の違いはあっても、ストーリーは細部にいたるまで同じなのだ。
実は、乱歩の「幽霊塔」は、彼が少年時代に心酔した黒岩涙香の同名の作品をリライトしたものだという。そして、涙香は、原典の作品をはっきり書かなかったため、乱歩はとうとう原作の小説を見つけることはできないままだった。だから、この「灰色の女」は、研究者の尽力で、ほぼ100年ぶりに、見つけ出された発掘物というわけなのだ。
そして、先月読んだウィルキー・コリンズの「白衣の女」(この白衣は、びゃくえと読む)。こちらは、ヴィクトリア朝の人気作家によって書かれた160年も前の作品なのだが、ミステリーの誕生を告げると言っても過言ではない作品。コリンズは、今では忘れられかけているものの、当時の英国の文豪ディッケンズの親しい友人でもあった。そして、この「白衣の女」は大ブームを巻き起こし、当時の大臣は大事な会談もキャンセルし、この小説の続きを読むことを熱望したという。題名を見てもわかる通り、「灰色の女」作者のウィリアムスンは、この「白衣の女」に刺激されて、別のミステリーロマンを書こうとしたものらしい。事実、「灰色…」にも、「白衣の女」を思わせる小道具やイメージが幾つも散見される(と蘊蓄をたれていますが、実はこれ、「幽霊塔」の解説の中で、宮崎駿が言っていることなのだ)。
こうした逸話を頭に入れた上で読んだのだが、予想以上に面白い! 二巻の小説を読むのがやっとの私なのに、この三巻もある大長編を一気に読んでしまったくらいである。この隅々にいたるまで完成された小説は、堂々たる建築を思わせる(多少、古めかしさがあるにせよ)……今なおヴィヴィッドな興奮を味わわせてくれるミステリー!
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