熊本地震からもう4年か、早かったな。
4月14日よりも、16日深夜1時25分の本震が恐かった。
布団に入ったのが1時だったからね、眠る寸前にズドーンと来た。
私の枕元には通帳や肌着を入れたデイパック、懐中電灯2本、ラジオ2台を置いて寝ていた。
地震がもう一度来るだろうと思っていたが、25分後に来るとは思ってなかったよ。
地震を忘れない。津波を忘れない。とか言っているが、
ある程度は忘れた方が良いのかな。忘れてしまうと町が明るく元気になるみたい。
いつまでも地震だ津波だと言っている町に、新しい人が住むだろうか?
私だったら住まない。観光にも行かない。
遺構として残された建物ばかりの地で生活するなんて嫌だな。
「忘れない、忘れない」と言いながら、、、、
4年の間、自宅近くに建った新しい家は4軒、その内3軒が平屋だ。
地震には平屋が良いのかな?
壷川に平屋を建てるなんて、みんな「昭和55年8月30日の水害」を忘れているよ。
40年経つと何事も記憶は薄れる。
あぁ水害は忘れたくないな、、、、
「先に書いたこととまるで逆じゃないか」
高齢者のご夫婦が平屋を建てている。
2階建てを造っても、使わないからね。階段もキツイ。
うん。それも分かる。
京町のアパートから引っ越してきたとき、
「もうここから先には家は建たないよ」と言われた。
洪水後、河川工事が済み、バブル時代もあって、畑がどんどん家に変わっていった。
洪水を知らない人たちが増えていく、でも町は明るくなったと思う。
「あれ以上の水害はもう無いだろう」と思っているのかな。
「排水機場も造ったし河川の洪水対策は万全だよ」なんて誰が信じるもんか。
東北の高い防波堤を津波は楽々と越えてきた。