「ねえ、やっぱり、私、今から行く。今、どこ?」
「何、言うて。あかん、あかん。明日、そっちも仕事やろ」
「そうだけど、そんなん、どうとでもなるもん」
「あかん、無理したら。お互いに続かへんって」
「今、無理しなくて、いつするの? あなたは私に会いたくないの?」
「せやから、そういうこととちゃうって、さっき、言ったやん」
わがままだってことは、判ってた。
彼が、うん、と言わないってことも。
でも、私は。
私の心は。
ただ、彼を抱きしめたくて仕方なかった。
彼の辛さも、悔しさも、憤りも、何もかもひっくるめて、
彼のそばで、彼を支えたかった。
「泣いてんのか・・・・・・?」
不意に彼が言った。
言われて初めて、私は、自分が泣いてることに気付いた。
「おまえの涙は、見たくないねん。・・・勝手言うとる、よな。
ほんでも、おまえが俺のために泣くのを見るんは、耐えられん。
せやから、泣かんとってくれ」
私は咄嗟に、口を押さえた。
後から後から湧き上がる思いを、必死で押し殺した。
「なあ、おまえが何を心配してるか、察しはつく。昔のこと、俺、隠してないからな。
他人を拒絶して、自分の殻に閉じこもって、
とことんまで堕ちていく姿を、傍で見るんは、辛いよな」
目の前にある、越えられない壁。
並び、比べられることの多いそれに向かい、
あがき、もがき続けた過去の彼を、私は、直接には知らない。
折にふれ、言葉の端々に現れる、その過去は、
突然、彼に影を落とすことがある。
たとえば、そう、まさに、今、のように。
「せやけどな。会いたいって言ってもらえて、正直、ちょっと嬉しかってん。
束縛、するんもされるんも、性に合わんって言うてんのは、俺の方やのに、
一番、束縛してんのは、俺、やったんやな。
いっつも、そうやって、俺のこと、心配してくれとったのに、勝手なことばっかり言うて、
すまんかったな」
彼の声が、急に、優しくなった。
「ホントに、一人で大丈夫なん?」
「大丈夫やって。心配性やな。
最初から、大丈夫やって言うてたやろ。ちょっと、弱音吐いてみただけや」
「あなたが弱音吐くやなんて、それだけで、いつもと違う証拠でしょ」
「そやな、違うな。けど、たまには、甘えさせぇや。
最近は、なかなか会われへんから、こんなことでもないと、
俺にはおまえがおるってこと、忘れそうやわ」
「忘れるんだ、私のこと」
「いやいや、言い方悪かった、違うって、ちゃうちゃう。
甘えてもええ場所があるっていう意味や。誤解したら、アカン」
「あなたが私のこと忘れんうちに、会いたいな。次、いつ会えんの?」
「これで夏が始まったからな、いつやろな」
「あかんやん。完全っに忘れられるわ」
軽口を叩きながら、調子にのって、つい、彼に尋ねてしまった。
「ねぇ、聞いてもええ? 怒らんとってくれる?」
「なんや?」
「仕事、楽しい?」
「急やな」
言葉の隅で、彼が笑った。
「こんなこと、これからだってあるかもしれへんのよ? それでも、続けて行きたい?」
「当たり前やろ」
即答、だった。
「そら、最初は、自分でも何でこの仕事してるか、判らんかったで。
始まりはオカンに付いて来いって言われたからやけど、でも、最終的に選んだんは自分やねんから、
好きじゃなかったら、続かへん」
「安心した、良かった」
「ほんなら、俺からも聞いてええか?」
「なに?」
「毎日、楽しいか?」
「楽しいに決まってるやん、当たり前でしょ」
「こんなふうに、俺のことで心配ばっかしてんのにか?
思うように会われへんし、俺、仕事になったら、おまえのこと忘れてんねんで」
「忘れられちゃうんは、ちょっと、哀しいけど、な。楽しいんは、ほんまよ。
あなたのこと心配するんだって、あなたのこと、好きやからやもん。
好きって気持ちに嘘はないし、それに・・・」
「それに?」
「あなたが仕事楽しんでるって判ったから、嬉しい」
「そうか、それ聞いて、俺も安心したわ」
彼の声は、もう、いつもの輝きを取り戻したように思えた。
私の大スキな、少し低めの彼の声が、受話器の向こうから響く。
「俺も、おまえのこと、好きやからな。今回のことで、おまえの気持ちが確認できて、よかったわ。
たまには、スキャンダルも、書かれてみるもんやな」
「また、そんなこと言うて」
彼がこの仕事を続ける限り、いつかまた、同じことが起こるかもしれない。
けれど、彼は、以前の、
他を拒絶することで自分を守っていた頃の彼じゃない。
淋しさと悲しみと、憤りと悔しさと。
いろんなものの溶け込んだ涙は、もう、
彼には、
必要ない。
FIN.
続きで、あとがきです。
おつきあい、ありがとうございました。
そして、ごめんなさい
過ぎたことを蒸し返すようなお話で。
でも。
あの記事がでたとき、なにより先に考えたのは、すばる君のことでした。
記事を信じる、信じない、ということよりも、真実がどうであろうとも、
あの記事が出た、という事実に、彼が、傷つくことの方が怖かった。
彼が、もう26歳の、一人前のオトナの男性だということも忘れて、出来る事なら、何も見せず聞かせず、
煩わしいことから彼を守りたかった。
出来るはずがないのに。私には何の力もないのに。
せめてコンサートだけででも応援したかったのに、チケットの取れた大阪は、まだ随分先のことで。
飛んで行きたい、抱きしめたい。
その思いだけで、書き上げました。
「何、言うて。あかん、あかん。明日、そっちも仕事やろ」
「そうだけど、そんなん、どうとでもなるもん」
「あかん、無理したら。お互いに続かへんって」
「今、無理しなくて、いつするの? あなたは私に会いたくないの?」
「せやから、そういうこととちゃうって、さっき、言ったやん」
わがままだってことは、判ってた。
彼が、うん、と言わないってことも。
でも、私は。
私の心は。
ただ、彼を抱きしめたくて仕方なかった。
彼の辛さも、悔しさも、憤りも、何もかもひっくるめて、
彼のそばで、彼を支えたかった。
「泣いてんのか・・・・・・?」
不意に彼が言った。
言われて初めて、私は、自分が泣いてることに気付いた。
「おまえの涙は、見たくないねん。・・・勝手言うとる、よな。
ほんでも、おまえが俺のために泣くのを見るんは、耐えられん。
せやから、泣かんとってくれ」
私は咄嗟に、口を押さえた。
後から後から湧き上がる思いを、必死で押し殺した。
「なあ、おまえが何を心配してるか、察しはつく。昔のこと、俺、隠してないからな。
他人を拒絶して、自分の殻に閉じこもって、
とことんまで堕ちていく姿を、傍で見るんは、辛いよな」
目の前にある、越えられない壁。
並び、比べられることの多いそれに向かい、
あがき、もがき続けた過去の彼を、私は、直接には知らない。
折にふれ、言葉の端々に現れる、その過去は、
突然、彼に影を落とすことがある。
たとえば、そう、まさに、今、のように。
「せやけどな。会いたいって言ってもらえて、正直、ちょっと嬉しかってん。
束縛、するんもされるんも、性に合わんって言うてんのは、俺の方やのに、
一番、束縛してんのは、俺、やったんやな。
いっつも、そうやって、俺のこと、心配してくれとったのに、勝手なことばっかり言うて、
すまんかったな」
彼の声が、急に、優しくなった。
「ホントに、一人で大丈夫なん?」
「大丈夫やって。心配性やな。
最初から、大丈夫やって言うてたやろ。ちょっと、弱音吐いてみただけや」
「あなたが弱音吐くやなんて、それだけで、いつもと違う証拠でしょ」
「そやな、違うな。けど、たまには、甘えさせぇや。
最近は、なかなか会われへんから、こんなことでもないと、
俺にはおまえがおるってこと、忘れそうやわ」
「忘れるんだ、私のこと」
「いやいや、言い方悪かった、違うって、ちゃうちゃう。
甘えてもええ場所があるっていう意味や。誤解したら、アカン」
「あなたが私のこと忘れんうちに、会いたいな。次、いつ会えんの?」
「これで夏が始まったからな、いつやろな」
「あかんやん。完全っに忘れられるわ」
軽口を叩きながら、調子にのって、つい、彼に尋ねてしまった。
「ねぇ、聞いてもええ? 怒らんとってくれる?」
「なんや?」
「仕事、楽しい?」
「急やな」
言葉の隅で、彼が笑った。
「こんなこと、これからだってあるかもしれへんのよ? それでも、続けて行きたい?」
「当たり前やろ」
即答、だった。
「そら、最初は、自分でも何でこの仕事してるか、判らんかったで。
始まりはオカンに付いて来いって言われたからやけど、でも、最終的に選んだんは自分やねんから、
好きじゃなかったら、続かへん」
「安心した、良かった」
「ほんなら、俺からも聞いてええか?」
「なに?」
「毎日、楽しいか?」
「楽しいに決まってるやん、当たり前でしょ」
「こんなふうに、俺のことで心配ばっかしてんのにか?
思うように会われへんし、俺、仕事になったら、おまえのこと忘れてんねんで」
「忘れられちゃうんは、ちょっと、哀しいけど、な。楽しいんは、ほんまよ。
あなたのこと心配するんだって、あなたのこと、好きやからやもん。
好きって気持ちに嘘はないし、それに・・・」
「それに?」
「あなたが仕事楽しんでるって判ったから、嬉しい」
「そうか、それ聞いて、俺も安心したわ」
彼の声は、もう、いつもの輝きを取り戻したように思えた。
私の大スキな、少し低めの彼の声が、受話器の向こうから響く。
「俺も、おまえのこと、好きやからな。今回のことで、おまえの気持ちが確認できて、よかったわ。
たまには、スキャンダルも、書かれてみるもんやな」
「また、そんなこと言うて」
彼がこの仕事を続ける限り、いつかまた、同じことが起こるかもしれない。
けれど、彼は、以前の、
他を拒絶することで自分を守っていた頃の彼じゃない。
淋しさと悲しみと、憤りと悔しさと。
いろんなものの溶け込んだ涙は、もう、
彼には、
必要ない。
FIN.
続きで、あとがきです。
おつきあい、ありがとうございました。
そして、ごめんなさい

でも。
あの記事がでたとき、なにより先に考えたのは、すばる君のことでした。
記事を信じる、信じない、ということよりも、真実がどうであろうとも、
あの記事が出た、という事実に、彼が、傷つくことの方が怖かった。
彼が、もう26歳の、一人前のオトナの男性だということも忘れて、出来る事なら、何も見せず聞かせず、
煩わしいことから彼を守りたかった。
出来るはずがないのに。私には何の力もないのに。
せめてコンサートだけででも応援したかったのに、チケットの取れた大阪は、まだ随分先のことで。
飛んで行きたい、抱きしめたい。
その思いだけで、書き上げました。