殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

置き手紙

2009年05月14日 14時45分00秒 | みりこんぐらし
一昨日、義母が入院した。

「お父さんのこと、頼むわね…。

 何も出来ないから、ほんとに困るのよ…。

 せめてごはん炊くのと洗濯くらいは覚えてほしいのに…」


私は、何も出来ないほうがいい!と断言する。

   「気まぐれにチョコチョコやられたら、かえって腹が立つ」

「そう?ならいいんだけど…」


自分の体が弱いとわかっているのに

結婚以来半世紀余り、いったい何をしていたのだ。

羽振りのいい時は、下へも置かぬもてなしぶり…

私には奴隷にしか見えなかったが

それを「尽くす」と表現しておいて

年取って貧乏になったからといって

急にあれこれ言っても無理ってもんだ。

というわけで、一昨日から夕方になると夫の実家に通っている。


年取ったせいもあるが、妻や娘がいない時の義父は

けっこうかわいいのだ。

誰も義父の本当の姿を知らない。

一緒に相撲を見て、朝青龍は悪い子じゃないが態度が憎らしいと言い合う。

二人でエンドウ豆のサヤをむきながら、自民党と民主党について語る。


昨日の夕方行ったら、義父がダイニングキッチンにぽつんと座っていた。

入り口の床には、山盛りの洗濯物。

テーブルの上には大きな紙が一枚。


「アツシ(仮名)様

 洗濯物をたたんでください。

 風呂も自分でやってください」

チラシの裏に太いマジックで書きなぐられた

カナクギ文字のそれは、夫の姉…カンジワ・ルイーゼの手紙だ。

義母の病院へ見舞いに行っていた義父と

入れ違いに帰ったのだろう。


こいつの考えていることはわかっている。

この機会に、父親に家事を仕込むフリをしているのだ。

きれい事で言えば、心を鬼にした娘の愛情…ととらえることは出来る。

しかし、この女とのつきあいも、はや30年近い。

善意の顔の裏にあるのは、いつも残酷と横着だ。


ハシひとつ、お茶ひとつ自分でどうにかしたことのない80近いじいさんが

どうやって洗濯物をたたむのだ。

やらせるならもっと早くに、そして徹底的に教えるべきだった。

今、急にそんなことを言ったって

妻を失うことに怯える老人を傷付け、当惑させるだけである。

遅いんじゃ!

いつも遊んでいるくせに、おまえがたたんで帰ればええんじゃ!


ルイーゼの魂胆はわかっている。

「私はお父様に練習させようと思っているのに

 みりこんのやつが甘やかして邪魔をする…」

そういう状況を作りたいのだ。

ちょこっと置き手紙したからって、どうせ出来やしないのは

娘が一番よくわかっている。

しかし、父親に宿題を与えるけなげな娘を演じて満足しているのだ。

この安易な計算高さこそ、ルイーゼがルイーゼである由縁だ。


足並みを揃えるのが嫌で、ヒョイと「あっち側」…

「私はもっと本人に為になることを考えてます」の側へ身をかわす。

出来ないことをさせようとして

「やらない、やらない」と嘆いていれば

何か良いことに参加している気がして安心なのだ。


うわべしか知らない他人が聞いたら

皆ルイーゼが正しいと言うだろう。

しかし、義父という剛の者の生き方を

よそのこまめな老人と一緒くたにはできない。

好きなら…向いているなら、回りが止めてもとっくにやっている。


尾羽打ち枯らしている今はともかく

昔は父親の恩恵をかさに着て、娘でござい…と威張り散らし

母親と共に我が世の春を満喫していたではないか。

義父にだって、生涯譲りたくない尊厳はあるのだ。

最期の時まで、そのプライドを守ってやるのが真の愛情ではないのか。


甘やかしましょう、甘やかしましょう。

もはや、これから家事をさせる段階ではない。

欲が出て料理まで覚えられたら

家事どころか、火事の心配までしないといけない。


義父を散歩に行かせ、その間にあれこれすませる。

慣れぬ家事を仕込んでみじめな気持ちに追い込むより

足腰を鍛えさせるほうがよっぽどいい。


義父とはいろいろあったが、過去は過去。

いろいろあったからこそ生まれる戦友のような感情すらおぼえる。


義父がもっと弱ったら、一緒に散歩に行くのだ。

動けなくなったら、今は毎日自分で打っているインスリン注射を

私が打ってやるのだ。

ブスリ!…ワクワク。

おしめだって替えてやる。

さあ!来い!介護!

私は逃げない。

 
コメント (20)
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