いよいよ、選挙活動の最終日がやってきた。
実は、一番楽なのが最終日。
あれこれ言わなくていいからである。
「どうか最後の最後まで…」だの「あと一歩…」だのと
ひたすらお願いしていればいい。
ちなみに一番厄介なのは、初日である。
出陣式の司会や祝電披露など、名前や肩書き、順番において
絶対にミスッてはならない行事があり
路上に出れば「○○市議会議員立候補者、○○、○○でございます」
などと、ややこしいセリフを連発しないといけない。
名前の連呼の合間に、経歴や政策、心映えや人柄などを短く織り交ぜつつ
町の反応や、候補のノリ具合を観察する。
つかんだ感触によって、内容をふくらませたり削ったりして
どんどんセリフを変更していくのが、私のやり方である。
同じセリフのリピートだけで、一週間を過ごすなんて芸が無い…
つい、そう思ってしまう。
誰も何とも思やしないのに、サービス過剰の芸人魂が騒ぐのだ。
最終日の話に戻ろう。
候補のお姉ちゃんは、1日でずいぶんうまくなった。
元々声が抜群に良くて、滑舌がはっきりしており
この地方独特のアクセントの癖が無かったので
基礎から鍛えなくてもすんだからだ。
私はすっかりステージママの気分である。
晩秋の夕暮れが迫る。
あちこちで、うぐいすの涙声が響く時刻となった。
あと数時間で、あわただしい一週間が終わる。
私は泣き真似はするけど、本当に泣くことは、ほとんど無い。
誰でもそうだと思うが、泣いたら鼻が詰まる。
これはうぐいすにとって、非常にゆゆしき事態だ。
空気を鼻で吸って、しゃべるついでに口から吐くという
うぐいす呼吸が不可能になる。
鼻が使い物にならないとなれば、出し入れ両方、口呼吸。
外気から喉を守れないし、すぐ苦しくなって、息が続かない。
もうちょっと若い頃は、私もかわいげがあったもんで
雰囲気に飲まれ、うっかり泣くこともあった。
しかし泣き声で明瞭さが失われたら、泣き虫が乗ってるただの乗用車…
死にものぐるいで、言うべきセリフは言う。
酸欠の金魚みたいになるけど、意地と根性で乗り切っていた。
だが、年を取ると、だんだん横着になってくる。
なにしろ体力の消耗が激しいお年頃なのだ。
泣き真似のほうが、かえって人の魂を揺さぶることも覚える。
「どうか、どうか、お助けくださいまし…よよよ…」
旅芝居ふうの泥臭さが、私の好みでもある。
心はすっかり、みりこん温泉小劇場。
そのまま終了する予定だったのに、夜になってから、珍しく泣いた。
一人のばあさまが、家から走り出て
「あんた、一人でよく頑張ったねえ…ずっと見てたよ。
いつも変わったこと言うから、楽しみだったんだよ」
と言ったからだ。
変わったことを言う…楽しみ…
これこそ、私がひそかに目指すうぐいすの姿なのであった。
ううっと涙が出た。
それからが大変。
ホンマに泣きながらしゃべるのは、まあなんと息苦しいこと、つらいこと。
不覚であった。
活動の終わった夜8時、いつもは控えめな候補の父親が、皆の前に進み出た。
「すみません…これだけは言わせてください。
みりこんさんのお陰で、息子は立派に戦えました。
本当にありがとうございました」
ちょっといい気分じゃん…うしし。
だが、そんなことはおくびにも出さない。
「こちらこそ、勉強させていただきました」
なんて言って、すましているのじゃ。
そして翌日の投票日。
夜には皆で事務所に集まって、結果を待つ。
あっけなかった。
2回目の報告で、いきなり1000票を超え、当確となった。
最終的な順位は、5位。
予想外の得票に、一同は喜ぶよりも、驚いていた。
当選を知ると、どこの陣営でも、面白い現象が起きる。
パッと二手に分かれるのだ。
「おめでとう」と言う者と「ありがとう」と言う者にである。
本人と家族、親戚、後援会長までは「ありがとう」がふさわしいが
その他大勢の身でも、候補の後ろにくっついて
「ありがとう」と礼を言って回る者がいる。
サッとあっち側に行っちゃうのだ。
そのさまを眺めてひそかに楽しむ、私だけの遊びである。
もし落選したら、その人はやはり候補の後ろにくっついて
「すみませんでした」と言って回るだろうか。
おそらく「残念でしたね」と言う側のまま、そそくさと姿を消すだろう。
私はもちろん、奥ゆかしく!おめでとうと言う。
それが、自分への合図。
選挙と自分を切り離し、部外者に立ち戻る瞬間だ。
私のうぐいす稼業で、最大の醍醐味である。
明日から、またダラけた日々を送るのさ~。
余談として書いておこう。
路上でうちの候補を呼びつけ、さらしものにした
ベテラン候補の順位は6位…うちの候補の次であった。
そして以前書いた、私の夫の会社を移転させ
跡地を海浜公園にするという壮大な夢を持つ男は
落選したことを申し添える。
ところで…ギャラがまだなんだけど、どうなっているんだろうか。
♪依頼は~急でも~ 払いは~ゆっくり~ あ~こりゃこりゃ♪…と。
完
実は、一番楽なのが最終日。
あれこれ言わなくていいからである。
「どうか最後の最後まで…」だの「あと一歩…」だのと
ひたすらお願いしていればいい。
ちなみに一番厄介なのは、初日である。
出陣式の司会や祝電披露など、名前や肩書き、順番において
絶対にミスッてはならない行事があり
路上に出れば「○○市議会議員立候補者、○○、○○でございます」
などと、ややこしいセリフを連発しないといけない。
名前の連呼の合間に、経歴や政策、心映えや人柄などを短く織り交ぜつつ
町の反応や、候補のノリ具合を観察する。
つかんだ感触によって、内容をふくらませたり削ったりして
どんどんセリフを変更していくのが、私のやり方である。
同じセリフのリピートだけで、一週間を過ごすなんて芸が無い…
つい、そう思ってしまう。
誰も何とも思やしないのに、サービス過剰の芸人魂が騒ぐのだ。
最終日の話に戻ろう。
候補のお姉ちゃんは、1日でずいぶんうまくなった。
元々声が抜群に良くて、滑舌がはっきりしており
この地方独特のアクセントの癖が無かったので
基礎から鍛えなくてもすんだからだ。
私はすっかりステージママの気分である。
晩秋の夕暮れが迫る。
あちこちで、うぐいすの涙声が響く時刻となった。
あと数時間で、あわただしい一週間が終わる。
私は泣き真似はするけど、本当に泣くことは、ほとんど無い。
誰でもそうだと思うが、泣いたら鼻が詰まる。
これはうぐいすにとって、非常にゆゆしき事態だ。
空気を鼻で吸って、しゃべるついでに口から吐くという
うぐいす呼吸が不可能になる。
鼻が使い物にならないとなれば、出し入れ両方、口呼吸。
外気から喉を守れないし、すぐ苦しくなって、息が続かない。
もうちょっと若い頃は、私もかわいげがあったもんで
雰囲気に飲まれ、うっかり泣くこともあった。
しかし泣き声で明瞭さが失われたら、泣き虫が乗ってるただの乗用車…
死にものぐるいで、言うべきセリフは言う。
酸欠の金魚みたいになるけど、意地と根性で乗り切っていた。
だが、年を取ると、だんだん横着になってくる。
なにしろ体力の消耗が激しいお年頃なのだ。
泣き真似のほうが、かえって人の魂を揺さぶることも覚える。
「どうか、どうか、お助けくださいまし…よよよ…」
旅芝居ふうの泥臭さが、私の好みでもある。
心はすっかり、みりこん温泉小劇場。
そのまま終了する予定だったのに、夜になってから、珍しく泣いた。
一人のばあさまが、家から走り出て
「あんた、一人でよく頑張ったねえ…ずっと見てたよ。
いつも変わったこと言うから、楽しみだったんだよ」
と言ったからだ。
変わったことを言う…楽しみ…
これこそ、私がひそかに目指すうぐいすの姿なのであった。
ううっと涙が出た。
それからが大変。
ホンマに泣きながらしゃべるのは、まあなんと息苦しいこと、つらいこと。
不覚であった。
活動の終わった夜8時、いつもは控えめな候補の父親が、皆の前に進み出た。
「すみません…これだけは言わせてください。
みりこんさんのお陰で、息子は立派に戦えました。
本当にありがとうございました」
ちょっといい気分じゃん…うしし。
だが、そんなことはおくびにも出さない。
「こちらこそ、勉強させていただきました」
なんて言って、すましているのじゃ。
そして翌日の投票日。
夜には皆で事務所に集まって、結果を待つ。
あっけなかった。
2回目の報告で、いきなり1000票を超え、当確となった。
最終的な順位は、5位。
予想外の得票に、一同は喜ぶよりも、驚いていた。
当選を知ると、どこの陣営でも、面白い現象が起きる。
パッと二手に分かれるのだ。
「おめでとう」と言う者と「ありがとう」と言う者にである。
本人と家族、親戚、後援会長までは「ありがとう」がふさわしいが
その他大勢の身でも、候補の後ろにくっついて
「ありがとう」と礼を言って回る者がいる。
サッとあっち側に行っちゃうのだ。
そのさまを眺めてひそかに楽しむ、私だけの遊びである。
もし落選したら、その人はやはり候補の後ろにくっついて
「すみませんでした」と言って回るだろうか。
おそらく「残念でしたね」と言う側のまま、そそくさと姿を消すだろう。
私はもちろん、奥ゆかしく!おめでとうと言う。
それが、自分への合図。
選挙と自分を切り離し、部外者に立ち戻る瞬間だ。
私のうぐいす稼業で、最大の醍醐味である。
明日から、またダラけた日々を送るのさ~。
余談として書いておこう。
路上でうちの候補を呼びつけ、さらしものにした
ベテラン候補の順位は6位…うちの候補の次であった。
そして以前書いた、私の夫の会社を移転させ
跡地を海浜公園にするという壮大な夢を持つ男は
落選したことを申し添える。
ところで…ギャラがまだなんだけど、どうなっているんだろうか。
♪依頼は~急でも~ 払いは~ゆっくり~ あ~こりゃこりゃ♪…と。
完