
「我が家のクリスマス…ツリー?」
同級生の千賀子は、実家の後を継いで
小さな民宿とお好み焼きの店を営んでいる。
どこも厳しい昨今、千賀子のところも例外ではなく
この数年は、民宿のついでに始めた
お好み焼きのほうに力を入れている。
折りしもNHKの連続ドラマは「てっぱん」放映中。
我が町内でもブームに便乗して
お好み焼きのイベントが開かれることになった。
千賀子はそこへ屋台を出店するにあたり、私に手伝ってほしいと言う。
「うちだけのはずだったのに、テレビ局が来ると聞いたら
もう一軒の店も名乗りをあげて、バトルみたいになるの。
絶対負けたくない!」
千賀子は悔しそうだけど、その店は先代から
お好み焼き一本で生活している老舗。
効率の良い活動しかしないのは、当たり前だ。
千賀子とは、電話1本で馳せ参じ、ご奉仕するほど親しいわけではない。
でもまあ、手伝いましたよ。
好き勝手に生かしてもらってるんだもん…たまには人様のお手伝いもしないとね。
お布施みたいなもんよ。
退屈しないよう、親友のモンちゃんを呼んだが
正直、朝集合した時は、私達はいらないんじゃないかと思った。
焼く人…千賀子を入れて2人
材料を準備する人…2人
包装兼レジ…1人
千賀子の民宿で働く中高年女性が、狭いテントの中でひしめいているんだもの。
テントの軒先には、お好み焼きの写真や価格表が
ノレンみたいにぶら下げてある。
小柄な千賀子や店の人に合わせてあるので
長身のモンちゃんと私には、固いプラスチックが
ことごとく顔にぶつかって、拷問じゃん。
うちらだけならいいけど、お客さんにも拷問。
「この女、自分のことしか考えてねえし」
「この世には背の高いモンだって、いるんじゃ」
ブツブツささやきながら、せっせと位置を変える。
背が届かないので、低い位置にぶら下げたのはわかるけど
負けたくないと言うわりには、こういう所が甘い。
そのうち、お客が集まり始めた。
お好み焼きは買いやすいように、半分サイズや4分の1サイズをもうけてある。
しかもセコい千賀子…店で出す値段より50円増しに設定している上
電卓を忘れているので、レジは大混乱。
レジ係のおばちゃんは、広告の裏を使って筆算と格闘している。
そのうち金をもらった、もらわない、計算が合ってる、合ってないで
お客と険悪な雰囲気になる。
千賀子ともう1人は、見て見ぬフリをして焼くばかり。
材料を用意する2人も、下を向いて粉を混ぜるばかり。
客あしらいがヘタなので、そっちへ逃げる。
「いらっしゃいませ」も言えない。
私達は屋台の横で熱燗を売りがてら、呼び込みだけでいいと言われていたけど
温暖快晴の日曜日、お客は増えるばかりで、そういうわけにもいかなくなった。
計算と接客に慣れている、農協職員のモンちゃんをレジに投入し
筆算おばちゃんは、包装に専念してもらう。
私のほうは、いっこうに売れない熱燗を見捨て、お好み焼きの注文窓口になる。
早くさばくだけではダメ。
ちょっとはグズグズして、うまく行列を作らなければ。
待っている人を不愉快にさせないよう…
忘れてないよ、もうすぐよ…というのを全身で伝えながら、並んでもらう。
ここらへんの調節が、腕の見せ所なのだ。
「ママ、今度絶対店に行くから!」
「待ってるわ!きっといらしてね!
あらン…指切り?じゃ、ゆ・び・き・り」
私は今日だけで、店主はこっちで…なんて説明するのが面倒なので
ママになりすます。
店に来たって、おりゃせんわい。
昼メシどころか、水一杯飲む暇も無く、もちろんタダ働きさ。
忙しいのもあるが、店の人間が何か口に入れていたり
休んでいるのを見たら、並ぶ客は興ざめするし、失礼だ。
やがて午後3時…完売して、おひらきとなった。
バトルと言っていたが、テレビ局や新聞社が帰ると
尻切れトンボのように、うやむやになった。
後片付けをすませ、モンちゃんと言葉少なに帰る。
利用された…それを口にしたら、私達の今日が台無しになってしまう。
翌朝、千賀子からメールがあった。
“昨日はお疲れ様でした。
お客さんや同級生が、あんなに来てくれるなんて。
みりこんちゃんが、縁を引き寄せてくれたのかも!
自信がついたので、これからもイベントにどんどん参加して
お店を盛り上げていきたいと思います。
また協力よろしくね”
おまえな~…私はカッとしたいのを押さえる。
何が縁じゃ!何が自信じゃ!
もし雨なんぞ降って閑古鳥じゃあいけないと思って
同級生は、うちらが電話して呼んだんじゃ!
ひとたび引き受けたら、最善を尽くすのがうちらのモットーなんじゃ!
モンちゃんにも似た内容のメールが送られてきたそうで
穏やかなモンちゃんも、さすがにプリプリして電話してきた。
「売れ残った酒の燗冷まし、持って帰っても良かったのに…だってよ!
バカにすんなってぇのよ!
売れた、売れたと言ったって、半分はうちらが呼んだ身内みたいなもんじゃん」
「昔っから、あのセコさは変わらないよね」
「バカだね、うちら…」
しかし、やっぱりそれでいいと思い直す。
事前に頼んでおいた同級生や友人が来てくれた。
遠くから、近くから、わざわざ駆けつけて、たくさん買ってくれた。
ありがたかった。
この気持ちは、何ものにも代え難い。
それに、時にはいいように利用されて、厄落としをするのも悪くない。
やっぱりお布施よ…私達はそう言い合うのだった。
数日後、私は地方紙に小さく載っていた。
写真を撮られたのは知らなかったが
特集記事の中で、ヘラヘラとにやけて立っている。
細め(当社比)に写っていたので、ホッとする。
テレビのニュースは翌日放送だったが、恐ろしくて見ていない。
余談ですが、広島県尾道市に嫁いでる友人が
「てっぱん」のテーマソングの踊りに参加しました。
彼女は一回だけの出演だったのですが、踊りはしっかり習ったそうです。
あの風変わりでユーモラスな踊りは、お好み焼きを作る行程を表現しており
手はコテのつもりなんだそうです。
ゆらゆらと立ち上る湯気や、作り終えて汗をぬぐう仕草が入っています。