殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

摩天楼の夢

2009年07月03日 11時35分52秒 | みりこんぐらし
用事で、ちょっと遠出した。

知人の案内で、親戚だというお好み焼きの店に入る。

真新しい洒落た造りの建物である。


定年退職後に、夫婦の夢を実現したそうで

190センチ近くはあろうか…やたら背の高いご主人と

やたら小柄な奥さんが、二人でやっていた。

雑誌のコーナーには、建築関係の写真雑誌が数冊。

「退職金で叶える・夢の店舗と住まい」なんて見出しが見える。


店はご主人に合わせて設計されており

お好み焼きを焼く鉄板も、流し台もすごく高い位置にある。

カウンター形式の鉄板の前に座ったが

椅子も必然的に鉄板の高さに合わせてあるため

大柄な我々でも思わず「高っ!」とつぶやいてしまう。

転げ落ちたら、まず無事ではすまない。

小さい人は、摩天楼(まてんろう)みたいな気分でよじ登るであろう。


同じく摩天楼なご主人は

奥さんとペアの赤いエプロンだけいっちょまえで

巨大なオブジェのごとく、所在なさげに突っ立っている。


昼どきの混雑の中、焼くのもレジも洗い物も、全部奥さん。

胸の位置までくる摩天楼仕様の高い鉄板で

大汗かきながら、顔を突っ込むようにしてお好み焼きを作る。


人相風体から察するに

現役時代の摩天楼は、ある程度の地位まで行き

人に頭を下げない暮らしが長かったと思われる。

長年深いお辞儀をしていないので

後ろにばっかりそり返る、固そうな腰まわりですこと。


知人が「○○省のOBで…」と説明する。

やっぱり…。

定年退職後、夢だった店を構えたそうだ。

「接客だけと言ってたけど、いい手つきじゃん」

知人は、必死の形相で声も出ない奥さんに向かって

のんきに話しかける。


夢と現実は、大きくかけ離れていたと思われる。

張り切っていたのもつかの間

摩天楼は、自分にサービス業は向いてないとわかったようだ。

当たり前だ。

その仏頂面や、小さな店でかさばりまくる体格からして

まったく馴染んでない。


野球がうまくなる子供は、ユニフォームを着せたらわかるという。

素質のある子は、教えなくてもかっこよく着こなす。

野球に向いた顔つき、体つきをしているから馴染むのだ。

仕事にも、それが言えるのではなかろうか。


そんなことはどうでもよい。

気の毒なのは奥さんだ。

何も出来ない亭主を見かね、手を出したが最後

すべてがその小さな体にかかってくる。


奥さんはとても若々しく、かわいらしい。

若い時分は、さぞや美しかったであろうとしのばれる。

摩天楼にとっても、自慢の妻に違いないのだが

その妻は今、親方に見張られながら働く

売られた子供のようなけなげさ、痛々しさである。


鉄板から立ち上る煙や油をあなどってはいけない。

この奥さんのような至近距離で、熱と共に常時吸い込んでいると

気管や臓器を痛めてしまう。

老後の夢も、妻の発病ではかなく終焉を迎えることになろう。


なぜ?と嘆き悲しむ摩天楼…

自分の安直な夢で犠牲者を出したことに、生涯気付きはしない。

男とは、そういうものだ。

妄想とはいえ、なんと悲しい…。

せめて今日だけでも、手伝ってやりたいくらいだ。


私は心の中で叫ぶ。

「働けよ!摩天楼!

 これじゃ間接殺人だぞ!」


怒りのほこ先は、ふがいない摩天楼にとどまらない。

複数の可能性を設定せず、退職金に飛び付いた建築業者…

身長差の激しさ、摩天楼の素質の無さに気付きながら放置したであろう

開業準備の指南役…にまで及ぶ。


しかし、あかの他人が余計な口をたたくものではない。

夫婦は、それで幸せかもしれないのだ。

奥さんの無事を祈りつつ、店をあとにした。


帰り道、夫は楽しそうにつぶやく。

「年取ったら、夫婦で店っていうのもいいね…」

…おぬし!なんちゅうことを!


私は断固として拒否。

     「絶対いや!

      見たでしょ?あの役立たずの旦那!

      あんたもああなるわよ」


私には見える…。

開店当日だけ、うれしげに張り切る大男が。

習いもしないのに、レジの開け方だけ早々とマスターし

そこから金を奪って店を抜け出すでくのぼうが。

立ってるだけでも店にいる、摩天楼のほうがマシかもしれぬ。


「夢だよ…夢」

とは言いながら、もうその目つきには

あの店と同じ、打ちっ放しコンクリートの必要量…

“m3”の計算式が浮かんでいる。

危険だ!


    「夢なら、よその人と見てちょうだい。

     私は厳しい現実だけでけっこう!」


すると、こしゃくにも

以前私がお好み焼きの開業スクールに通ったことを指摘する。

友達に誘われ、魔がさして行ったが

その時は冬だったので、自分が暑がりで汗かきなのをすっかり忘れていた。


絶対に無理だ。

ソースをかける前に、塩味がついてしまう。

向いてないこと、摩天楼以上である。
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したきり女房

2009年07月01日 19時30分03秒 | みりこんぐらし
病院で同僚だった、同い年のミツコ。

私より2年後に入った、地元在住の女性だ。


厨房の人事の歴史は、暗黙の了解で

「ミツコ前」と「ミツコ後」に分かれていた。


ミツコが入ってから以降

彼女でも勤まるなら…と甘く考えては、入ってすぐ辞める者もおり

また、即戦力になりそうな者は、彼女の後輩になるのはイヤ…と

事前に内情を察知するようになり、求人は困難を極めた。

交通費と災害時の懸念から、病院側は地元在住者を欲しがったが

地元民の就労意欲もまた、一種の有名人である彼女が基準になったのである。


ミツコの場合は、よくあるケース…いじめられっ子が転校して

次の学校では違うキャラを演じようとする、アレである。


ハゲた人がカツラをオーダーする時

年齢その他を考慮して、ほどほどにすればいいものを

今まで無かった分を取り戻そうと

つい不自然な黒々フサフサにしてしまうのと似ている。


ミツコの言動に垣間見える卑屈さから

今までコケにされて生きてきたと推測するのは容易だ。

しかし、彼女の天敵である先輩たちが退職すると一変…

後輩にいばり散らす。


上司の公務員と非常勤の二人から数えて「ナンバー3は私」と豪語する。

先輩たちに言われたきつい言葉をそのまま今度は後輩に言う。

いじめっ子の原点はいじめられた過去…という仮説が

ここに立証される。


上司の前では普通に働くと言うので

なまじ何も出来ないわけではないらしい。

喜ばせても何の得もないパートの同僚と組む時は

「同じ時給ではおかしい」と苦情が出るほど裏表があった。


そんなある日、機嫌の悪かった上司に激しく叱責されたミツコ。

「辞めたら食べていけない…」

お上手をして取り入っているつもりだった上司に

プライドをこっぱみじんにされた悔しさで、しくしく泣く。


「車通勤の私たちと違って、地元の子は必要なんだからね。

 気にしないで頑張りましょう」

ついなぐさめる私。


翌日…

「私は地元なんだから、ここに一番必要な人材よっ!」

と新人に叫ぶミツコ。

ああ…と私は砂を噛む。
 

職場ではこんな状態だが、外ではまた違ったミツコがうごめく。

仕事帰りに寄った町内のスーパーでばったり会う。

「あら、こんにちは!」

つい習慣で先に挨拶してしまう。

ミツコは、それには応えない。


「…今…帰り?」

そこにたたずむのは、厨房のミツコではない。

丸太のような腕を組み、斜に構えてこちらを見下す女親分。

いくらさびれた町とはいえ、人目はある。

そこでいきなり彼女の下僕にされる衝撃は、計り知れない。


緊急連絡があって家に電話する時も、さんざんである。

電話をしたのが誰であっても

「あぁ、そう。わかったわ。また何かあったら、すぐ報告してちょうだい」


ミツコの、これら理解し難い行為も致し方のないことだと思う。

私は本当は、みんなが思っているようなアウトローじゃない…

工場はリストラされたけど、病院では重宝されてるデキる女…

私がいないと、病院はやっていけない…

それを町民や家族に知らしめるチャンスを得ただけなのだ。

他人と接触し慣れてないため「ほどほど」ということができず

食うか食われるかしか無い。


そんなミツコにも、愛する夫と子供はいる。

「主人が、主人が」と嬉しそうに話し

“主人”の好みだと言う、すすけた白髪のロングヘアがご自慢だ。

頭頂部で2つにひっつめた赤いゴムが、ナウでヤングなチャームポイント。


この旦那、体が弱い。

弱いのは勝手だが、それをミツコは働かない理由にする。

「主人が苦しむので、一晩中背中をさすっていたから寝てないんです。

 だから、今日は動けないかも…」

今日は…じゃなくて、いつもだろ…と心でつぶやく。


これに味をしめ、そのうち欲が出て、事情がもっと深刻になる。

「昨日主人が病院に運ばれて…もうダメかも…心配で手に付かなくて…」


しばらくはうまくいっていたものの、病院で虫の息のはずの“主人”が

酒屋の店先でビールを飲む現場を同僚に目撃され、この手は使えなくなった。

そうなると今度は「子供が…姑が…実家の母が…叔母が…」。

一族がそれぞれ病弱かつ生活力のない“ワケあり”。

みんなして助け合って暮らしているので、メンバーは大勢いるのだ。


面倒で責任のある仕事を瞬時に避けられる天性のカン…

組む相手によって言動を変えられる高度な技術…

何を言われてもプラス思考に変換できる前向きな性格…

忙しくなるとトイレをもよおせる鍛え抜かれた肉体…


末長くこの仕事ができる素質を兼ね備えている。

生涯厨房で働き、最後は希望どおりヌシになると思われる。

まこと厨房の申し子と言えよう。


「おい!“したきり女房”ってのは何なのさ」って?

トイレをいつも流し忘れるから…し・た・き・り。
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