上の続きです。
原作の題名は『巴里の侍』ですが、宝塚の舞台は『Samourai(サムライ)』という題名です。
幕開きは、歌舞伎の連獅子のような舞踏。トップの音月さんを中心に、2番手、3番手の男役さんが舞います。
本筋に関係のない舞踏ですが、サムライらしさをあらわそうとしているのでしょうか。悪くはない感じです。
次いで、前田光子とアイヌの民族衣装を着た娘さんが出て来て、ともに『モン・パリ』を歌い出したのには、驚きました。
モン巴里 ~宝塚少女歌劇団花組~
『モン・パリ』は昭和2年(1927)、宝塚花組で演じられた、日本初のレビューなんです。
この翌年、月組、雪組で再演されますが、雪組の舞台には、若き日の前田光子、文屋秀子が立っていたんです。
https://www.akanainu.jp/culture/maeda_mitsuko/
https://www.ippoen.or.jp/about/m_mitsuko.html
文屋秀子さんが、正名の次男と結婚して前田光子となりましたとき、すでに正名くんはこの世の人ではなかったわけですから、直接明治初年のパリの話を聞いたはずもないんですが、「めずらしき外国(とつくに)の うるわしき思い出や」という歌詞が胸にしみ、平成の雪組の舞台に光子さんが登場していたことに、私は感激しました。
光子さんにお子さんはなかったそうですが、夫の父・正名から受け継いだ、北海道の前田一歩園を守り、自然保護に尽くし、アイヌ文化を守ることに尽力を惜しまなかったタカラジェンヌが、舞台に登場したわけですから、これはもう、とてつもなくつまらない原作を離れて、いい話になっているかもしれない、と見入ったのですが。
音月桂さんは、とても素敵でした。
ものすごくキラキラした、和装の似合うお顔立ちですし、お歌もお芝居も、すばらしいんです。
ただ、お話がやはり、まったくもって、おもしろくありません。
まあ、ですね。普仏戦争の時のパリのモンブラン邸を、わずかな史料をもとに、あれこれ想像し続けていた私が見るから、よけいにおもしろくなくは、あるのでしょうけれども。
史実を離れるのは仕方がないとしましても、なにより、ちがうだろう、と感じましたのは、宝塚としては肝心のはずの恋の描き方が、無茶苦茶、どーでもいい感じになっていることです。
正名くんのお相手は、モンブランが拾ってきて育てているということになっています架空のフランス娘、なのですが、恋愛しているのかどうかさえ、はっきりとはわかりません。
どうせ史実は無視しているんですから、もう少し劇的に、恋の相手は、元会津藩か元旗本かの娘で、薩長を恨んでいて、日本を飛びだしパリに来ていた、とか。
上のリンクに書いておりますが、実のところ、函館戦争には、数名のフランス人が、 旧幕府側の助っ人として参戦していまして、局外中立違反の外交問題になりかねませんでしたので、フランス公使は、自国の軍艦を函館に送り、五稜郭降伏寸前に脱出させます。
彼らのうち、本国まで送還されましたのは、陸軍のジュール・ブリュネ大尉、海軍見習い士官だったアンリ・ポール・イポリット・ド・ニコールと、フェリックス・ウージェーヌ・コラッシュの3人なのですが、当然のことながら、この3人は普仏戦争に参加し、ニコールは戦死しました。
五稜郭には女がいた、という伝説もあるくらいですから、元幕臣の娘が箱館戦争に参加していて、兄か誰かが、フランス軍艦に託して、パリに送り出し、その娘はパリで正名くんに出会って愛しあった、というのは、どうでしょうか。
しかし、なにかの事情で結婚はできないで、それぞれに子孫を残し、娘さんの孫が、お祖母さんが大切にしていた日記を読んで、阿寒湖のほとりに前田光子さんを訪ねてくる、とか。
ともかく、どうにでも、劇的にする方法は、あったと思うんですね。
それと、原作や劇中で語られますサムライ精神を、尚武の個人的勇気と解釈しますと、実のところ、箱館戦争に参加しましたフランス人たちは、義侠心と勇気において、当時の大方の日本人よりも勝っていました。
あと、どうにも、パリ・コミューンを礼賛しすぎなんですね。
ブリュネ大尉は反対陣営ですし、コラッシュにも、参加した気配はありません。
まあ、ですね。
モンブラン伯爵は、どうもフリーメイソンだったみたいですので、反コミューンではなかったでしょうし、モンブランと親交があって、やはり幕末からの日本通だったレオン・ド・ロニーは、父親の代からの共和主義者であったようなんですね。
しかし、コミューンには粗暴な側面があり、カトリックの聖職者を殺したりもしていますので、愛国、よりは、国民の分列を促進するものでした。結局、モンブランはもちろん、ローニーもコミューンに参加はしていませんし、国を愛しているからコミューン! みたいなこの原作と劇のいいかげんなのりには、私は到底、ついていけません。
だいたい、モンブラン伯爵は、フランス貴族であると同時に、インゲルムンステルを根城とするベルギー貴族でもあります。
インゲルムンステル男爵領は、フランス王朝のドイツ人部隊を率いていましたドイツ人のプロート家が開拓したもので、跡取りがいなくなり、フランス革命の後、モンブランの叔母がプロート家に嫁いでいたがため、父親が受け継いだわけなんです。
したがいましてモンブランは、プロシャ商人も出入りさせていたようでして、フランス人意識がなかったとは言いませんが、どういった形のフランス人意識であったのか、ちょっと複雑です。
やはり、上のリンクに書いているのですが、登場人物の度会晴玄は、あきらかに渡六之介(正元)がモデルです。
宝塚では、早霧せいなさんが演じておられて、とてもいい演技を見せてくださいますが、パリ・コミューンに参加したあげくに、戦死しちゃうんです!!! そんなバカなっ! としか言いようがありません。
いや、私、渡六之介氏のご子孫からご連絡をいただき、ご本までいただいていたので、もしおもしろければ、DVDをプレゼントしようかなあ、と思いついていたのですが、これじゃあ、ねえ。
なんでも、作・演出の谷正純先生は、皆殺しの谷、と呼ばれておられるんだそうですが。
現雪組トップの彩風咲奈さんは、相当にお若い頃ですが、ジャーナリストで、けっこう目立つ役をもらっておられます。
しかし、もう2期お若い、現月組トップの月城かなとさんは、どこにおられるのやら、画面で見つけることは困難でした。
ともかく、です。次回は、正名くんを演じられました音月桂さんについて、ちょっとお話してみたいと思います。