「宝塚キキ沼に落ちて vol2」の続きです。
「宝塚キキ沼に落ちて vol1」において、明日海さんが月組時代、オスカルを演じたことは、書きました。同時に、役代わりでアンドレイもなさっているんですが、私から見れば、ですが、どちらもお人形さんみたいで無駄に美しい!んです。「春の雪」をなさった時期ですし、もちろん、演技もすばらしかったのですが、存在にリアリティがないんです。
いや、だったら誰がやればリアリティがあるのか、といわれると、アンドレイはともかく、オスカルはまったく思いつきもしませんけれども。
オスカルが革命軍の側に加わる場面は、どうやってもふわふわしたファンタジーにはなりませんし、かといって、逞しいばかりのオスカルでは、フェルゼンに恋し、アンドレイに愛されたことの方に、リアリティがなくなってしまうんです。
しかし、ですね。明日海さんの花組トッププレお披露目公演(キキちゃんがオスカルをやったものです)「ベルサイユのばら」、フェルゼン役はすばらしく、我ながらなぜ???と自問自答したのですが、DVDを見ただけで、生でみたわけでもないのに、泣けました!!!
フェルゼン編ならいいのかと、和央ようかさん&花總まりさん、壮一帆さん&愛加あゆさんのものも見てみたのですが、泣けません。それどころか、明日海さんの相手が代わり、花乃まりあさんがマリー・アントワネットをなさった台湾公演で、すでに泣けなかったんです。
ですから、もしかして、一つには、蘭乃はなさんのマリー・アントワネットが、情感あふれていたことがあったのだと思うのです。
処刑直前のマリー・アントワネットは、娘息子の消息も知り得ません。なにもかも無くし、愛する子供たちの命が助かる確証もないみじめな状況で、死んでいくしかないんです。
誇りを失うまいと、「私はフランスの女王ですから」と胸を張りながら、しかし、心残りがないということはありえないわけでして、哀れなその心情は、言葉ではなく、声の調子や目の動きで、表現されるべきものでしょう。蘭乃さんは、そうなさっていました。
それに対する明日海さんのフェルゼンは、その人並みはずれた美しさで、滅びゆく旧体制の象徴となるしかなかったか弱い女性への、揺るぎなく、純粋な愛を体現していたんです。
この二人が醸し出していましたのは、もはや男と女の情愛ではなく、滅びゆくものへの哀惜の情だったのではないか、と思います。
蘭乃はなさんにとって明日海さんは、3人目のトップ相手役で、「ベルサイユのばら」「エリザベート」といいます大作が明日海さんのお披露目公演だったがため、この2作のヒロインを務めるべく、残ったトップ娘役さんでした。前の蘭寿とむさんとのコンビが一番長く、演目もあるとは思うのですが、蘭乃さん自身は、明日海さんとよりも、蘭寿さんと組んでいるときの方がしっくり似合って、のびのびしていらしたと思います。
といいますか、蘭寿とむさんは明日海さんとまったくタイプがちがい、いかにも宝塚の男役さんらしく、相手役さんへの包容力にあふれ、アダルトな色香を漂わせた方でした。
男役さんの包容力は、身長が高い方が見せやすいと思うのですが、蘭寿とむさんは小柄で、明日海さんとほとんどかわりません。にもかかわらず、しっかりと、女を受け止めてくれる頼もしい男性像を、現出されていたと思います。
キキちゃんが、「いかに相手役を大切にし、自由に動いてもらうかが、男役道の基本。自分の相手役から愛情を込めて見てもらうことで、男役自身がステキに見える」というようなことを語っていまして、実際、いまのキキちゃんは、娘役さんのエスコートがものすごく上手いんですが、これは、主に、蘭寿さんから学んだことではなかったか、と思います。
また、花組版「オーシャンズ11」で、長身のキキちゃんと並んでも、蘭寿さんは頼もしい大人の男にちゃんと見えて、やんちゃそうな少年スリを演じるキキちゃんへの「男にしてやる」という言葉が、自然な実感をもってひびきました。
蘭乃さんは、蘭寿とむさんと添い遂げなかったことで、ファンから相当な批判を浴びたようですが、私は、あのマリー・アントワネットだけは、蘭乃さんならではだった、と思います。
そして、明日海さんの次のお相手、花乃まりあさん。
この方、素顔が綾瀬はるかさんに似た美人さんでした。明日海さんのお相手として宙組から呼び寄せ、抜擢されたのですが、96期(学校時代にいじめ裁判があった期だそうです)だったことも手伝い、早々からパッシングを受けたんだそうです。
お披露目公演は『Ernest in Love』。
実は私、最近になって、このDVDを買いました。
キキちゃんが、「『Ernest in Love』のアルジャーノン・モンクリーフが、一番自分の地に近い役だった」 と言っているのを知り、しかたない、見てみよう!と買ったわけなんですが。
「リーズデイル卿とジャパニズム vol5 恋の波紋」をご覧になってみてください。
『Ernest in Love』は、オスカー・ワイルドの戯曲「真面目が肝心」をもとにしたミュージカルですが、ストレート・プレイで「アーネスト式プロポーズ」という映画になっています。
コリン・ファースが主人公のジャック・ワージング、ルパート・エベレットがアルジャーノン・モンクリーフ。
つまり明日海さんがコリン・ファースで、キキちゃんがルパート・エベレット???!!!
映画がけっこう気に入っていましただけに、最初ちょっと、見る気がしなかったんです。
コリン・ファースとルパート・エベレットといえば、「リーズデイル卿とジャパニズム vol2 イートン校」に書いておりますが、「アナザー・カントリー」でも共演。イギリス紳士と言えばこの二人、という極めつけの役者さんで、私は大好きでした。
『アーネスト式プロポーズ』 予告編
コリン・ファースについては、「映画『プライドと偏見』」にも書きました。BBCドラマ「高慢と偏見」のダーシー役で全英の女性を熱狂させ、そのパロディ映画で、すばらしいコメディセンスをも披露しています。
明日海さんに、英国紳士というイメージはまったくなく、いったいどうなの???と、疑問いっぱいで見始めたのですが、見ているうちに慣れてきたんでしょうか、これもありかもね!と、楽しく見終わりました。
明日海さんが、その卓越した演技力と確かな歌唱力でコメディを演じられると、「人でない」オーラは消え、とてもかわいらしくなるんです。
コリン・ファースは、ほとんど表情を動かすことなくコメディを演じますが、明日海さんの表情は、コロコロコロコロ変化し、目が離せません。
いや、かわいらしい英国紳士だっていますよ、絶対!!!
で、これを見たのは最近ですから、私の関心はキキちゃんの方に傾き、最初は、ルパート・エベレットとはえらくちがうよねえ、と違和感を持って見ていたのですが、次第に、かわいいっ!!! コメディセンスよすぎっ!!! 見えるわよ、イギリス紳士に。ただ、まだオックスフォード在籍中みたいだけど。と、夢中になってしまう始末、でした。
歌も悪くないですし、珍しく、最後に2組でデュエットダンスをする構成なのですが、手足が長いだけに、こればっかりは明日海さんより上手い! と思ったのはひいき目でしょうか。
映画では、最後にジャックが弟でアルジーが兄とわかるんですが、宝塚は反対。明日海さん演じるジャックの方が兄で、キキちゃんは弟です。
しかしね、そうなると、弟が家を継いでいた、ということで、現実には、相続に問題が起こるはずです。
まあ、それはフィクションだからいいとしましても、キキちゃんのヴィジュアル(特に髪型)をもう少しアダルトによせて、映画と同じく兄でもよかったかなあ、と。
雰囲気的にも、ルパート・エベレットによって、オックスフォードは出ていそうに見えたと思うんですけど(笑)
ヒロイン・グエンドレンを演じました、トップ娘役、花乃まりあさんも、溌剌として、役にあってました。
ただ、確かに、蘭乃はなさんにくらべれば、明日海さんとの並びがよくなく、デュエットダンスの出来がキキちゃんの方がよく見えた、というのは、それもあったように思います。蘭乃さんは、蘭寿さんの薫陶もあったんでしょうか、相手役さんに寄り添うことがお上手な方でした。
次が、大劇場トップ娘役お披露目公演の『カリスタの海に抱かれて』。
これ、私、テレビで見た記憶が、かすかにあるんです。テレビドラマの脚本家・大石静が書いたオリジナル作品だったそうなんですが、花乃まりあさんどころか、キキちゃんも明日海さんも、さっぱり印象に残っていません!!! ただ、この3人は、三角関係の主役ですので、なんとなく覚えているんですが、柚香光さんがナポレオンをやったとか、まったく記憶にありません。
DVDを買う予定はあるので後日見てみますが、明日海さんに似合った役ではなかったのではないか、と思います。
続いては台湾公演の「ベルサイユのばら フェルゼン編」。先に書きましたが、花乃さんのマリー・アントワネットはいただけませんでした。しっとりと、哀れを誘わなければいけないような役には、向いていなかったのではないでしょうか。
続く『新源氏物語』は部分的にしか見ていなくて、とばします。そして、『Ernest in Love』役代わり再演。無難ですけど、明日海さんは全体に再演が多いような印象です。
そして、『ME AND MY GIRL』 。宝塚定番の海外ラブコメミュージカルですが、以前、テレビで見たときに、キキちゃんがジョン卿というアダルトなジェントリーを演じていまして、ものすごく似合っていて、このころはまだキキ沼に落ちていたわけではないのですが、かわいらしい明日海さんよりも印象に残りました。現在は、キキちゃんの役代わりも見たいと、ブルーレイを買って堪能しています。明日海さんは、ほんとうに芸達者で、実に楽しいコメディです。
余談ですが、要するにキキちゃんは、イギリス上流階級の紳士が似合います。もし幕末維新を宝塚で舞台にするとすれば、キキちゃんにはぜひ、イギリス外交官・アルジャーノン・バートラム・ミッドフォード、後のリーズデイル卿を!(笑)
次の『仮面のロマネスク』。これがまた、短期間で再演していまして、今までに私が見たのは、花乃さんが退団なさった後のものです。
主人公はいわゆるプレイボーイですが、明日海さんに似合っていなくもなかったように記憶しています。なにしろ、芸達者ですから。
ただ、ですね。これも私、コリン・ファース主演の映画をdvdで見ていて、明日海さんの印象は薄いんです。
監督がミロス・フォアマンのわりに、おもしろかったか、といわれると、いまひとつの映画でしたが、なんで明日海さんは、コリンがやった役ばかりなさるのかと、首をかしげました。
これもキキちゃんが出ている方のDVDを、いずれ買う予定です。
そして、いよいよ次回、花乃まりあさんの退団公演で、二人への当て書き、明日海さんの本質をもっとも突いていました「金色の砂漠」について、語りたいと思います。
すでに、宝塚を卒業なさっておられますが、明日海りおさんという男役トップスターは、歴代でももっとも切符が売れたスターだったといわれます。
過去のスターと比べることは、そのときの体制のちがいなど、いろいろあって難しいと思うのですが、私自身、明日海さんの引退公演では、宝塚ホテル宿泊とセットで二人10万円かかりますSS席の予約において、サーバーが落ちてどうにもならなかった、という経験をしまして、人気のほどを思い知りました。
「桐野利秋in宝塚『桜華に舞え』観劇録 前編」において、私は以下のように書きました。
一昨年、宝塚は百周年を迎え、テレビ露出や地方公演が増えて、どうやらそんなきっかけから、私の友人もファンになったようなんですね。
このときトップ・オブ・トップといわれ、歴代でも有数の人気を誇っていたのが、星組男役トップの柚希礼音さん。私の知り合い、友人も、軒並みこの方のファンだったみたいです。
2014年、宝塚は百周年を迎え、この年、明日海さんは花組トップとなり、翌2015年、星組トップだった柚希礼音さんが卒業なさいます。
つまり、百周年を境に、柚希さんから明日海さんへ、トップの中のトップ、という立場がバトンタッチされたわけですが、このお二人、相当にタイプがちがいます。
柚希さんはダンスが、明日海さんはお芝居が、とびぬけてすばらしかったといわれます。もちろん、お二人とも歌唱力もすぐれ、明日海さんのダンス、柚希さんのお芝居も、魅力いっぱい。
なにより二人がちがったのは、スターオーラのタイプでしょう。
柚希さんは青池保子さん描く「エルアルコン 鷹」、明日海さんは萩尾望都さん描く「ポーの一族」の世界から、まさに抜け出してきたような雰囲気でした。
簡単に言ってしまえば、柚希さんは線が太く、力強く、包容力に満ちて、従来の宝塚の男役像を、よりパワフルに、現代的にした感じ、だったのではないでしょうか。
私は柚希さんの現役時代を知らず、断片的に映像を見ただけなのですが、それでも、生きることに、そして愛に、熱情をそそぐ男性を目前にしたような、臨場感を味わいました。
そして、どこが現代的だったかといいますと、トップ娘役・夢咲ねねさんとのからみが、なんとも官能的、いまふうにいいますと、エロかったことが一番、だったと思います。
一方の明日海さんは、といえば、従来の宝塚男役像からは、大きくはずれていたのではないでしょうか。
宝塚には以前から、フェアリータイプ、といわれる男役さんがいて、涼風真世さんがその代表だそうですが、それともまた、ちょっとちがっていたように感じます。
明日海さんの舞台姿は、何をやっても(コメディの場合はちがいますが)、夢幻のように美しいのですが、オーラが青い氷の炎で、本質は苛烈なんです。
その「人ではない」感といいますのは、俗に言うファンタジーの妖精ではなく、そうですね、強いて言えば「指輪物語」のエルフのような、甘美でありながら芯もあり毒もあり、だからこそ、存在そのものがせつない雰囲気を、醸し出していたのではないでしょうか。
宝塚xSMAPコラボ「闇が広がる」
明日海さんの代表作、といいますと、まずは「エリザベート」のトートです。
とはいえトート役は、またちがった魅力を持つトップさんが歴代にいらっしゃいましたし、私、望海風斗さんがトートをなさっていれば、明日海さんに勝るとも劣らなかったと確信しています。
今年に予定されていました望海風斗さんの退団公演は、コロナ禍で延び、来年となりましたが、プレ退団コンサートは、会場を変え、なんとか今年、行う運びとなりました。
私、手にしていた東京公演のチケットが、中止払い戻しという憂き目にあい、がっかりしていました。もちろん、コロナのせいです。
しかし、宝塚も考えたもので、仕切り直してセッティングされましたコンサートでは、自分の家のテレビで、有料ライブ配信を見ることができるようにしたんですね。
さっそく私、楽天TVで、真彩希帆さんが出演なさる回を選んで、見ました!
そりゃあ、生のステージにはかないませんが、家で、それも回を選んで見ることができるのは、地方のファンにとってはとてもありがたいことです。
「エリザベート」から「私が踊るとき」を二人がデュエットなさったんですが、私、こんなすばらしい「私が踊るとき」を、これまで見たことがなく、涙がにじみました。
望海風斗さん、真彩希帆さん、お二人の「エリザベート」を見たかった!
明日海さんのお相手のエリザベートは、蘭乃はなさんで、私は、それほど悪くない、と思っていました。
なにより、同じ月組で育ったということがあったんじゃないでしょうか。明日海さんとの相性がいいように思えましたし、なんというんでしょうか、独特の色香があり、演技力と相まって、強い情感をかもされる方でした。退団後に東宝版のエリザベートに抜擢されましたのは、小池修一郎氏が、その色香を気に入られてのこと、と、思います。
しかし、やはりお歌は、すばらしいというわけではなく、とはいうものの、私、エリザベート役者といわれる花總まりさん(宝塚出身)も、すばらしくお歌が上手いわけではないので、こんなものだろう、と思っていたんです。
しかし、真彩さんのお歌を聞いて、ここまで歌えるんだ!と、目から鱗でしたし、相乗効果で、望海さんのトートは明日海さんのそれを凌駕し得たにちがいない!、と思った次第です。雪組で、ルッキーニとフランツ・ヨーゼフをだれがやるかは、ちょっと問題だったでしょうけれども。
明日海さんしかできない役、といえば、トートよりも前、月組時代に演じておられた「春の雪」の松枝清顕です。
明日海さんの「春の雪」!!! 絶対に見なければ!!!と、 エリザベートに続いて、DVDを買いました。
「春の雪」につきましては、「『春の雪』の歴史意識」に、映画の感想を書きました。
《予告編》 春の雪
ヒロイン聡子役だった竹内結子さん、亡くなられてしまいましたね。
ヒロインはひとまず置いておいて、主人公の松枝清顕。妻夫木聡が似合っていたわけではないんです。ただ私は、だれも清顕の役はできないよね!と、思っていました。
『春の雪』は、あくまでも『豊饒の海』の中の一巻 、だとするならば、松枝清顕とは、友人・本多繁邦(宝塚では、現月組トップの珠城りょうさんが演じていました)が見た天人であって、本質的に、「人ではない」んですね。
だからでしょうか。過去には、テレビや舞台で、様式美を追求してきました歌舞伎役者さんが起用されたようですが、なにしろ、清顕が天人であることのなによりの証は、その人並みはずれた美貌でして、そんな美貌を、能面をつけるでなく、現代劇で表現するって、至難の業ですよねえ。
唯一、私が、適任者では?と思い浮かべていたのは、原作者・三島由紀夫の友人だった、ごく若い頃の美輪明宏です。しかし三島が「春の雪」を書いたとき、すでに美輪明宏は、それほど若くはありませんでした。
そして、清顕を筆頭に、輪廻転生していきます天人は、20歳で夭折することこそが、その証でもあります。
「三島由紀夫の恋文」
「豊饒の海」全体のおおまかな筋は、上に書きました。
清顕の恋は、真摯な、死に至る自己完結の美学でして、自己中心的で、その美しい笑顔は、時に酷薄でさえあるんです。
このときの明日海さんは研10だったそうですから、20歳はとうに過ぎていらしたでしょうけれども、まさにこの世のものとは思えない美貌と、突出した演技力で、ものの見事に清顕を演じきっておられました。
ヒロインの綾倉聡子役は、咲妃みゆさん。後に雪組娘役トップとして、演技力を賞賛された方です。
「宝塚キキ沼に堕ちて vol1」で述べましたが、私はテレビで、この方の退団公演を見ました。とても魅力的に、生き生きと、遊女を演じておられました。
そして、この若き日の綾倉聡子役も、けっこう評判はいいようなのですが、私はどうにも、イメージがちがいました。咲妃さんのお顔立ちは福々しく、庶民的にすぎるんです。
こればかりは、竹内結子の方がよかった、と思いました。
理想を言えば、三島由紀夫が好きだった女優さん、村松英子が若ければなあ、という感じです。
で、宝塚を見渡してみれば、雰囲気の似た方がおられました! 凪七瑠海さん(現専科)です。
明日海さんと同期で、このころは宙組の男役さんでしたけれども、明日海さんがいた月組の「エリザベート」に、エリザベート役で特別出演なさっているんですよねえ。ちなみにそのとき、明日海さんは役代わりで、ルドルフでした。
しかし凪七さんは、身長が明日海さんよりわずかに高いですし、「春の雪」は実験的な小作品ですから、特別出演なんて、無理な話ではあったでしょう。
綾倉聡子は、清顕の本質を知りながら深く愛し、苦汁を呑みくだして、その美の祭壇へ、自らを捧げた聡明な女性です。
冷え冷えとした炎を燃やす清顕に、透明なオーラを持って対峙し、やがて壮大な物語の最期をしめくくります。
それだけに、これだけはやめて欲しかった改変は、原作では「豊饒の海」全編の最後の最後、覚りすました綾倉聡子が、老いの果てになにもかも無くして訪ねて来た本多繁邦に告げるセリフ「その松枝さんというお方はどういうお人やした?」 を、宝塚版では、まだ清顕が生きているうちに「松枝さんとはどなたですか?」 と言ってしまうところです。
奈良の月修寺で髪をおろし、尼となった聡子は、二度と清顕とは会わない決心をしているのですが、清顕は肺病を患った瀕死の状態で、最期にひと目だけでも会いたいと、聡子のもとを訪れます。
ついには動けなくなり、見かねた本多が、代わりに月修寺を訪れ、「なんとかひと目だけでも合わせてやっていただけないか」と門跡に頼みます。門跡は静かに断り、別室でそれを聞いていた聡子は、あえかに、あるかないかの嗚咽をもらし、それを漏れ聞いた本田は、瞬時に溶ける春の雪のようなはかなさを感じる‥‥‥‥。というのが、原作でして、舞台のように、ここでけろっと清顕を忘れてしまっていたのでは、聡子の苦悩もそれほどたいしたものではないではないか、ということとなり、「いったい、いままでの話はなんだったの?!!」と、あきれてしまいかねないんですね。少なくとも、私はしらけました。
映画を見たときも思ったのですが、年老いた本多が月修寺を訪れる場面を、入れることはできなかったんでしょうか。
「桜華に舞え」では、本編になんの関係もない犬養毅の回想場面が最初と最後にくっついていたりしましたが、あれはいりませんでした。
しかし、「豊饒の海」の最期の場面は、うまく構成することができれば、長い年月を経て、月修寺の外の世界は移ろい、生涯をかけて追いかけた人の世の夢でさえも、あるいは幻だったのかもしれないと、足下がくずれるような感慨を、もたらしてくれると思うんですね。
しかし、ともかく、明日海りおという希有な男役がいればこそ、宝塚は、「春の雪」の舞台を現出することができたわけです。
ポーの一族まで話がいきませんでしたが、もう少し、明日海さんの魅力を、語っていきたいと思います。
「桐野利秋in宝塚『桜華に舞え』観劇録 後編下」の続きであり、 「幕末維新はエリザベートの時代 vol1」の続きでもあります。
といいますか私、「宝塚」というカテゴリーを作ってしまいました。
現在私は、中村様いわくの「老いらくの恋ですねえ」状態。我ながら呆然としますことに、2次元や死人ではない、生きている実在の人物に、生まれて初めてどっぷりとはまり込み、歴史ブログを書く気になれませんで、新しいブログを作るのもめんどうなものですから、ここに思いの丈を書いてしまうことにいたしました。
「桜華に舞え」を見に行ったあのときには、まさかこんなことになろうとは、思いもしませんでした。
宝塚花組 明日海りおほかSMAPとコラボ「闇が広がる」ほか
ことの始まりは、思い返してみれば、 「幕末維新はエリザベートの時代 vol1」でもご紹介しました、スマップと「宝塚歌劇団花組のみなさん」の共演にありました。
YouTubeには、実は2パターンあがっていまして、前回にあげたものはミュージカル「エリザベート」から「闇が広がる」のみでしたが、今回のものには、続いて披露された「オーシャンズ11」の「FATE CITY」、「ロミオとジュリエット」の「世界の王」と合わせて3曲、現在の宝塚を代表する楽曲が演じられていました。
このときの花組は、2014年、トップ明日海りおさんお披露目公演「エリザベート」の直前か、最中か、だったんでしょうか。
2曲目の「FATE CITY」は、香取慎吾さんと望海風斗さんが歌っていますが、明日海さんはこの前年、次期トップさんとして月組から花組へ移動して来ていまして、「オーシャンズ11」は未経験でした。
「エリザベート」は「幕末維新はエリザベートの時代 vol1」でご紹介しましたように、ウィーンミュージカルの上演権を宝塚が得て、小池修一郎氏の手で宝塚向きに改変され、大ヒットとなり、再演を重ねました。同じ小池氏の演出で、系列の東宝では男性ミュージカルスターをまじえて上演され、これも再演を重ねて、いまも大人気で切符がとれない、といわれるほどです。
「オーシャンズ11」は、同名のアメリカ映画を、宝塚独自にミュージカル化したものでして、やはり小池氏の脚本・演出で、2011年星組で初めて上演され、2013年花組で再演、そしてこの2014年、香取慎吾主演、山本耕史共演で、東宝版が演じられたところだったようです。
私、山本耕史が歌が歌えるとは、まったくもって存じませんでしたわ。
私が知っています香取&山本コンビは、「土方歳三 最期の一日」でわずかに触れております2004年のNHK大河「新撰組!」、近藤勇&土方歳三だけです。ご贔屓の土方さんを山本耕史がやったのは、ちょっと微妙だったんですが、この「最期の一日」だけは、よかったです。
いや、でもねえ。私、「誠の群像」を見損ねてしまったんですが、現在雪組トップでおられる望海風斗さんの土方の方が、よかったのではないかなあ、と思ったりします。
楽天TVで予告編を見ることができますので、検索をかけてみてください。惚れ惚れします、望海さんの土方。
実は一昨年の春、「誠の群像」の宝塚公演が高松に来ると知り、切符を買ってたんです。ところがその直前、歴史探訪旅行に参加しまして、宇和島城の天守閣で転げ、足を折ってしまいました。
仕方なく、今治に住む宝塚好きの友人にチケットを譲りましたが、その友人はすっかり、望海さんのファンとなり、今年はじめ、うらやましいことに、「ONCE UPON A TIME IN AMERICA」を見に宝塚大劇場まで出かけました。
この「ONCE UPON A TIME IN AMERICA」がまた、アメリカ映画を原作とし、小池氏が脚本・演出を手がけた宝塚独自のミュージカルでして、今年が初演でした。
これも他組で上演するんだろうか、と首をかしげるんですが、といいますのも、ネット上で感想などを読んだ限りでは、歴代でも歌唱力トップクラスの望海さんと、そのお相手で稀代の歌姫、トップ娘役・真彩希帆さん、二人の存在があればこそかなあ、という感じなんです。
私、中村さまに教えていただいてびっくりしたのですが、真彩さん、「桜華に舞え」で会津のお姫様をやってらして、私は宝塚初観劇で、実はこの歌姫の美声を聞いていたんです。「桐野利秋in宝塚『桜華に舞え』観劇録 中編」に書いておりますが、私はただただ「ありえへん姫様設定」に気を奪われ、気づいていませんでした。
真彩さんは、もともと花組にいらして、望海さんと同じ舞台に立っていらしたのですが、その後星組に移り、「桜華に舞え」に出ておられました。
望海さんが雪組トップになられたときに、おそらくは、なんですけれども、望海さんのたっての望みで相手役に迎えられたのではないか、と思います。
といいますのも、宝塚歌劇団は、歌劇団と名がついていますのに、わりと、トップ娘役の歌唱力に無頓着です。望海さんの希望がなければ、真彩さんがトップになることはなかったのではないかと、私が考えるゆえんです。
そしてどうも、「ONCE UPON A TIME IN AMERICA」は、トップ娘役の歌唱力がなければ、いい舞台にならないのではないか、という感じなんです。
えーと。話がそれましたが、2014年に話をもどしますと、望海風斗さんは2013年花組で再演された「オーシャンズ11」に出ていまして、トップ娘役・蘭乃はなさん、後ろで踊っています若手男役二人、芹香斗亜さん(現在宙組2番手)、柚香光さん(現在花組トップ)も、同じく、そうだったんです。ちなみに芹香さんは、星組から花組に組替えしてきているので、2011年星組初演も経験しています。
次いで「ロミオとジュリエット」ですが、これはフレンチ・ミュージカルです。演出はまたしても小池修一郎氏。
初演は2010年星組、2011年雪組、2012年月組、2013年星組再演でした。そしてこれまた、外部でも上演しています。
キキちゃん(芹香斗亜さん)は星組で初演を経験。明日海さんは月組で、役代わり主演を務めていました。
明日海さんのロミオは、すばらしく美しかったそうです。
もうお気づきでしょうか。私がはまってしまっているキキ沼とは、キキちゃんと愛称で呼ばれる芹香斗亜さんのことでして、明日海さんでも望海さんでもないんです。
しかし、それはごく最近のことでして、私はキキちゃんを生で見たことがありません。
「桜華に舞え」以降に観劇できましたのは、明日海さん率いる花組の「ポーの一族」と「A Fairy Tale -青い薔薇の精-」のみですので、明日海さんと、ずっと花組ににいて現在跡を引き継いでトップに就任しておられる柚香光さんは生で見たのですが、そのときすでに、望海さんは雪、キキちゃんは宙に組替えしていましたので、見ていません。
YouTubeのこの動画は、ずいぶんと、宝塚の布教に役立っているのではないかと思います。
少なくとも私は、これを見てすぐに、花組「エリザベート」のDVDを買いました。
明日海さんのトート、望海さんのルッキーニ、北翔海莉さんのフランツ・ヨーゼフ、主要3役がみなさん相当な歌唱力の持ち主ですし、なんといっても明日海さんのトートは、「人ではない」神秘的な美しさを醸し出していまして、まさに、甘美な世紀末の死、そのものでした。
DVDで見た限り、望海さんのルッキーニがまた、歴代有数の歌唱力、演技力で、生で見たい! とは思ったのですが、当時、望海さんは雪組に移って2番手を務めていらっしゃいまして、トップではなかった、といいますことは、主演じゃないですから、出番少なめです。
このときの雪組トップ・早霧せいなさんとトップ娘役・咲妃みゆさんの退団公演「幕末太陽傳」は、テレビで見てけっこうおもしろかったのですが、題材的に、私が重い腰をあげ、宝塚まで観劇しに行くほどの吸引力はありませんでした。ただ、次期トップ望海風斗さんが、高杉晋作をやっておられて、「三千世界の鴉を殺し」の都々逸を詠ってくださったのは、感激でした! よかった!
キキちゃんと柚香光さんは、「エリザベート」において、役代わりで、動画ではスマップが集団で歌った、皇太子ルドルフをやっていました。
柚香光さんのお歌が上手くないのはこのころからでしたが、ビジュアルはまあ、よかったのではないでしょうか。
で、キキちゃんです。お歌は柚香光さんよりはよかったのですが、それでもうまい、というほどではなく、なによりビジュアルとして、明日海さんとの身長のバランスが悪いんですね。
明日海さんも望海さんも、男役としては小柄な方ですし、柚香さんは、それより少し高いのですが、キキちゃんほどではありません。
とはいえ、キキちゃんも公称173㎝で、男役としては普通なんですが、動画の中で見る限り、香取慎吾さんを除けば、他のスマップメンバーより高身長なんじゃないんでしょうか。
ともかく、トートよりもルドルフが高身長といいますのは、なんんとなく収まりが悪く、キキちゃんはできるだけ足を折り、明日海さんより大きく見えないような努力は払っていたようだったんですが、辛そうでした。
「エリザベート」の一つ前に上演されました、明日海さんのプレお披露目公演「ベルサイユのばら フェルゼン編」もDVDで見たのですが、ここでキキちゃんはオスカルに抜擢されています。
似合ってないわけではないんです。後に月組時代の明日海さんのオスカルを見ましたが、これはもう、あまりに美しすぎまして、国王軍と戦う決心をする場面など、「いや、やっぱり、どこからどう見てもフランス人形だから、ありえない!」と感じてしまって、まるでリアリティがないんです。
その点、キキちゃんは身長があるだけに、十分男にまじって戦っていけそうな力強さが感じられたのですが、いかんせん、フェルゼン(明日海さん)よりもアンドレイ(望海さん)よりも身長の高いオスカルって!ありですか?
まあ、結局です。最初、私がDVDを買ったりして映像で追いかけましたのは、すでに花組トップだった明日海さんで、必然的にキキちゃんの軌跡も途中まで追うこととなり、好感は持ちましたが、まったくもってはまったわけでは、ありませんでした。
というわけで、次回はまず、宝塚歴代の中でももっとも切符が取りずらかった、といわれます、トップオブトップ、明日海りおさんと「ポーの一族」のお話から、始めたいと思います。