ねいろ便り

私の作る器が誰かの暮らしを彩ったり、美味しくしたり、楽しくしたり、応援したり、できると信じて今日も制作しています

ひよこ豆の味噌を仕込みました

2019-03-12 | 日記

このセロリ手前の山が5年くらい前に仕込んだ味噌です
よく熟成が進んでいてキュウリなどにつけて食べても手前味噌ですがおいしいんですよ、
もう少ししかないからまた作ろうかな、と、今年はひよこ豆の味噌を作ってみました、
ひよこ豆って、こんなのです、
茹でた写真ないけど、ホクホクして美味しいお豆です、
ひよこ豆と豚肉と玉ねぎ、トマトなど、一緒に煮たシチューなどたまに作ってました

基本、味噌作りって豆を柔らかく煮て潰し、糀と塩を混ぜるだけなので、簡単だし、長く楽しめるから良いなと思います

簡単だけど水分、材料、温度、微生物の状態など微妙な条件によって結果もきっといろいろなんだろうと想像します、奥が深そう〜
ちょっと写真がうまく撮れなかったけど糀と塩混ぜたもの
できた、というか、仕込んだ

これをほっとけば熟成してお味噌になる予定です

ようじんは今思うともうずっと前、何年も前から不調を感じていました、急性というけど、いつからその病気になっていたかはわかりませんが、仕事をやる気がなかなか出ない、スタートが切れないようになった自分といつも戦っていました、今思うと本当に苦しい思いに耐えていつも頑張っていたんだな、と思います、亡くなった人のことはやっぱり手前味噌!甘味噌!になりますがやさしくおもしろく人間らしくかわいいオリジナルな人でした
入院して病名を聞いてそういうわけか!と腑に落ちたのではないかと思います、だから入院中いつも明るく前向きに過ごしていたんだなと思います、

自分の気持ちの整理をつけようと様々やってきて、結果、
これからは愛を放出して生きていきたい、と思うようになりました
ようじんへの感謝、いろんな方から降り注がれた愛、ようじんがつながっていた方々への感謝、
たくさんもらった愛をこれからは送れるひとになれたら、出来るかわかりませんが
それが自分の気持ちがいちばんラクに生きていく方法かなと思うようになりました

春のお彼岸が近づいてきました、
もし今、洋二に会ったら亡くなってからの今までのこと、生前は面倒なことは全部洋二に丸投げしていた私が頑張った奮闘を全〜部話したい、
そして亡くなってから洋二がどんな風だったのか、今どんな風になっているのか聞きたいです、そして2人で大笑いしたいなぁ

大震災から8年を迎え、甚大な被害に改めて自然の恐ろしさを感じます、夫との別れを経験したので以前より犠牲になった方、残された方、の悲しみに思いを馳せてしまいます、
そして別件、なんと多くの方々が原発事故で人生を狂わされてしまったのか!ということもあらためて感じます
間違った方向の流れに抗えずに突き進んでしまった結果の大罪!しかもまだ向き合っているとは思えない‥






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