―「この記事」は、今日中に、書き直します。―
(01)
― 雑説、韓愈 ―
(a)
世有伯楽、然後有千里馬。
千里馬常有、而伯楽不常有。
故雖有名馬、祇辱於奴隷人之手、
駢死於槽櫪之間、不以千里称也。
馬之千里者、一食或盡粟一石。
食馬者、不知其能千里而食也。
(b)
世有(伯楽)、然後有(千里馬)。
千里馬常有、而伯楽不(常有)。
故雖有(名馬)、祇辱於(奴隷人之手)、
駢-死(於槽櫪之間)、不〔以(千里)称〕也。
馬之千里者、一食或盡(粟一石)。
食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
(c)
世に伯楽有りて、然る後に千里の馬有り。
千里馬は常に有れども、伯楽は常には有らず。
故に名馬有りと雖も、祇だ奴隷人之手於辱かしめられ、
槽櫪之間於駢死し、千里を以て称せられ不るなり。
馬の千里なる者は、一食に或いは粟一石を盡くす。
馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
(02)
従って、
(01)(02)より、
(03)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に於いて、
① 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
③ 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
のやうに、「訓読」に関しては、
① と ② は、「異なり」、
① と ③ は、「等しい」。
ものの、「意味」に関しては、「三つ」とも、「同じ」ではない。
然るに、
(04)
「結論」を先に言ふと、「中西先生の、見解」は「マチガイ」であって、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
に於いて、
① の「意味」と、
② の「意味」は、「等しい」。
(05)
(a)
1 (1)~(P&Q) A
2 (2) Q A
3(3) P A
23(4) P&Q 23&I
123(5)~(P&Q)&
(P&Q) 14&I
12 (6) ~P 35RAA
1 (7) Q→~P 26CP
(b)
1 (1) Q→~P A
2(2) P& Q A
2(3) P 2&E
2(4) Q 2&E
12(5) ~P 14MPP
12(6) P&~P 35&I
1 (7)~(P&Q) 26RAA
従って、
(05)により、
(06)
① ~(P& Q)
② Q→~P
に於いて、
①=② である。
ものの、このこと(トートロジー)を仮に、「連言の否定」といふ風に、呼ぶことにする。
然るに、
(07)
1 (1) Q A
2(2)~(P& Q) A
2(3) Q→~P 2連言の否定
12(4) ~P 13MPP
12(5) ~P& Q 14&I
然るに、
(08)
P=其の能の千里なるを知る。
Q=馬を養ふ。
従って、
(07)(08)により、
(09)
1 (1)馬を養ふ。 A
2(2)其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふことはない。 A
2(3)馬を養ふならば、其の能の千里なるを知らない。 2連言の否定
12(4) 其の能の千里なるを知らない。 13MPP
12(5)其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。 14&I
従って、
(09)により、
(10)
① 馬は養ふが、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。
② 其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(11)
① 馬は養ふが、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。
② 其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。
に於いて、
①「馬を養ふ」の「主語」は、「馬を養ふ者」である。
②「馬を養ふ」の「主語」は、「馬を養ふ者」である。
従って、
(10)(11)により、
(12)
① 馬を養う者は、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。
② 馬を養う者は、其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(13)
① 馬を養う者は、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。のだ。
② 馬を養う者は、其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。のだ。
といふ「日本語」を、「漢文」に「訳す」際は、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ風に、「訳す」ことになる。
従って、
(04)(12)(13)により、
(14)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)(14)により、
(15)
① 食不レ 者、不下 知二 其能千里一 而食上 也。(本文の通りの読み方)
② 食不レ 者、不レ 知二 其能千里一 而食也。
に於いて、
①=② である。(Q.E.D)
然るに、
(16)
① Pであるか、またはQである。然るに、Qでない。故に、Pである。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
cf.
選言三段論法。
従って、
(16)により、
(17)
① Qでない。然るに、Pであるか、またはQである。故に、Pである。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(17)により、
(18)
① Qである。然るに、Pでないか、またはQでない。故に、Pでない。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
然るに、
(19)
① Pでないか、またはQでない。
② Pであって、Qである。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
cf.
ド・モルガンの法則。
従って、
(18)(19)により、
(20)
① Qである。然るに、Pであって、Qである。といふことはない。故に、Pでない。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(20)により、
(21)
「記号」で書くと、
① Q,~(P&Q)├ ~P
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(08)(21)により、
(22)
Q=馬を養ふ。
P=其の能の千里なるを知る。
であるとして、
① 馬は養ふが、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。故に、馬は養ふ者は、其の能の千里なるを知らない。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(22)により。
(23)
① 馬は養ふが、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけない。
② 馬は養ふ者は、其の能の千里なるを知らないで、馬を養ふ。
に於いて、
①=② である。
従って、
(13)(14)(23)により、
(24)
いづれにせよ、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(25)
① Q,~(P&Q)├ ~P
② Q,(~P&Q ├ ~P
ではあるが、
① Q,~(P&Q)├ ~P
ではないし、
① ~(P&Q)
② ~P&Q
に於いて、
①=② ではない。
従って、
(24)(25)により、
(26)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
に於いて、
①=② である。としても、
① 不〔知(其能千里)而食〕也=其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
① 不〔知(其能千里)〕而食也=其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
に於いては、
①=② ではない。
然るに、
(27)
① 不〔知(其能千里)而食〕=~(知其能千里&食)。
② 不〔知(其能千里)〕而食=~(知其能千里)&食。
に於いて、
① は、「連言」であり、
② も、「連言」である。
然るに、
(28)
任意の表述の否定は、その表述を’~( )’という空所にいれて書くことにしよう;しかし丸括弧はその内部が連言でないかぎり削除しよう。
(W.O.クワイン著、杖下隆英訳、現代論理学入門、1972年、15頁)
従って、
(27)(28)により、
(29)
クワイン先生も、述べてゐるやうに、「論理的」には、
① 不(知其能千里而食)=~(知其能千里&食)。
② 不(知其能千里)而食=~(知其能千里)&食。
に於いて、
① か、② の、どちらかでなければ、ならない。
従って、
(30)
① 不知其能千里而食。
② 不知其能千里而食。
といふ「漢文」は、
① 不(知其能千里而食)。 であるのか、
② 不(知其能千里)而食。 であるのか、が分からない。
といふ「意味」で、「非論理的(曖昧)」である。
従って、
(30)により、
(31)
① 不(知其能千里而食)=其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 不(知其能千里)而食=其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
といふ「2通りの訓読」がなされる「所以」は、「漢文の側」にあるのであって、「訓読の側」にあるわけではない。
従って、
(30)(31)により、
(32)
① 不知其能千里而食。
② 不知其能千里而食。
といふ「1通りの、漢文」に対して、
① 其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
といふ「2通りの、訓読」があるからと言って、そのことが、「漢文訓読」の「欠点」になってゐる。
といふわけではない。
(01)
― 雑説、韓愈 ―
(a)
世有伯楽、然後有千里馬。
千里馬常有、而伯楽不常有。
故雖有名馬、祇辱於奴隷人之手、
駢死於槽櫪之間、不以千里称也。
馬之千里者、一食或盡粟一石。
食馬者、不知其能千里而食也。
(b)
世有(伯楽)、然後有(千里馬)。
千里馬常有、而伯楽不(常有)。
故雖有(名馬)、祇辱於(奴隷人之手)、
駢-死(於槽櫪之間)、不〔以(千里)称〕也。
馬之千里者、一食或盡(粟一石)。
食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
(c)
世に伯楽有りて、然る後に千里の馬有り。
千里馬は常に有れども、伯楽は常には有らず。
故に名馬有りと雖も、祇だ奴隷人之手於辱かしめられ、
槽櫪之間於駢死し、千里を以て称せられ不るなり。
馬の千里なる者は、一食に或いは粟一石を盡くす。
馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
(02)
従って、
(01)(02)より、
(03)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
③ 食(馬)者、知(其能千里)而不(食)也。
に於いて、
① 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
③ 馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
のやうに、「訓読」に関しては、
① と ② は、「異なり」、
① と ③ は、「等しい」。
ものの、「意味」に関しては、「三つ」とも、「同じ」ではない。
然るに、
(04)
「結論」を先に言ふと、「中西先生の、見解」は「マチガイ」であって、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
に於いて、
① の「意味」と、
② の「意味」は、「等しい」。
(05)
(a)
1 (1)~(P&Q) A
2 (2) Q A
3(3) P A
23(4) P&Q 23&I
123(5)~(P&Q)&
(P&Q) 14&I
12 (6) ~P 35RAA
1 (7) Q→~P 26CP
(b)
1 (1) Q→~P A
2(2) P& Q A
2(3) P 2&E
2(4) Q 2&E
12(5) ~P 14MPP
12(6) P&~P 35&I
1 (7)~(P&Q) 26RAA
従って、
(05)により、
(06)
① ~(P& Q)
② Q→~P
に於いて、
①=② である。
ものの、このこと(トートロジー)を仮に、「連言の否定」といふ風に、呼ぶことにする。
然るに、
(07)
1 (1) Q A
2(2)~(P& Q) A
2(3) Q→~P 2連言の否定
12(4) ~P 13MPP
12(5) ~P& Q 14&I
然るに、
(08)
P=其の能の千里なるを知る。
Q=馬を養ふ。
従って、
(07)(08)により、
(09)
1 (1)馬を養ふ。 A
2(2)其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふことはない。 A
2(3)馬を養ふならば、其の能の千里なるを知らない。 2連言の否定
12(4) 其の能の千里なるを知らない。 13MPP
12(5)其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。 14&I
従って、
(09)により、
(10)
① 馬は養ふが、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。
② 其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(11)
① 馬は養ふが、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。
② 其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。
に於いて、
①「馬を養ふ」の「主語」は、「馬を養ふ者」である。
②「馬を養ふ」の「主語」は、「馬を養ふ者」である。
従って、
(10)(11)により、
(12)
① 馬を養う者は、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。
② 馬を養う者は、其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(13)
① 馬を養う者は、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。のだ。
② 馬を養う者は、其の能の千里なるを知らずして、馬を養ふ。のだ。
といふ「日本語」を、「漢文」に「訳す」際は、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也。
といふ風に、「訳す」ことになる。
従って、
(04)(12)(13)により、
(14)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
に於いて、
①=② である。
従って、
(02)(14)により、
(15)
① 食不レ 者、不下 知二 其能千里一 而食上 也。(本文の通りの読み方)
② 食不レ 者、不レ 知二 其能千里一 而食也。
に於いて、
①=② である。(Q.E.D)
然るに、
(16)
① Pであるか、またはQである。然るに、Qでない。故に、Pである。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
cf.
選言三段論法。
従って、
(16)により、
(17)
① Qでない。然るに、Pであるか、またはQである。故に、Pである。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(17)により、
(18)
① Qである。然るに、Pでないか、またはQでない。故に、Pでない。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
然るに、
(19)
① Pでないか、またはQでない。
② Pであって、Qである。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
cf.
ド・モルガンの法則。
従って、
(18)(19)により、
(20)
① Qである。然るに、Pであって、Qである。といふことはない。故に、Pでない。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(20)により、
(21)
「記号」で書くと、
① Q,~(P&Q)├ ~P
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(08)(21)により、
(22)
Q=馬を養ふ。
P=其の能の千里なるを知る。
であるとして、
① 馬は養ふが、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけではない。故に、馬は養ふ者は、其の能の千里なるを知らない。
といふ「推論(三段論法)」は、「妥当」である。
従って、
(22)により。
(23)
① 馬は養ふが、其の能の千里なるを知って、馬を養ふ。といふわけない。
② 馬は養ふ者は、其の能の千里なるを知らないで、馬を養ふ。
に於いて、
①=② である。
従って、
(13)(14)(23)により、
(24)
いづれにせよ、
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(25)
① Q,~(P&Q)├ ~P
② Q,(~P&Q ├ ~P
ではあるが、
① Q,~(P&Q)├ ~P
ではないし、
① ~(P&Q)
② ~P&Q
に於いて、
①=② ではない。
従って、
(24)(25)により、
(26)
① 食(馬)者、不〔知(其能千里)而食〕也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 食(馬)者、不〔知(其能千里)〕而食也=馬を食ふ者は、其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
に於いて、
①=② である。としても、
① 不〔知(其能千里)而食〕也=其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
① 不〔知(其能千里)〕而食也=其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
に於いては、
①=② ではない。
然るに、
(27)
① 不〔知(其能千里)而食〕=~(知其能千里&食)。
② 不〔知(其能千里)〕而食=~(知其能千里)&食。
に於いて、
① は、「連言」であり、
② も、「連言」である。
然るに、
(28)
任意の表述の否定は、その表述を’~( )’という空所にいれて書くことにしよう;しかし丸括弧はその内部が連言でないかぎり削除しよう。
(W.O.クワイン著、杖下隆英訳、現代論理学入門、1972年、15頁)
従って、
(27)(28)により、
(29)
クワイン先生も、述べてゐるやうに、「論理的」には、
① 不(知其能千里而食)=~(知其能千里&食)。
② 不(知其能千里)而食=~(知其能千里)&食。
に於いて、
① か、② の、どちらかでなければ、ならない。
従って、
(30)
① 不知其能千里而食。
② 不知其能千里而食。
といふ「漢文」は、
① 不(知其能千里而食)。 であるのか、
② 不(知其能千里)而食。 であるのか、が分からない。
といふ「意味」で、「非論理的(曖昧)」である。
従って、
(30)により、
(31)
① 不(知其能千里而食)=其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 不(知其能千里)而食=其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
といふ「2通りの訓読」がなされる「所以」は、「漢文の側」にあるのであって、「訓読の側」にあるわけではない。
従って、
(30)(31)により、
(32)
① 不知其能千里而食。
② 不知其能千里而食。
といふ「1通りの、漢文」に対して、
① 其の能の千里なるを知りて食はざるなり。
② 其の能の千里なるを知らずして食ふなり。
といふ「2通りの、訓読」があるからと言って、そのことが、「漢文訓読」の「欠点」になってゐる。
といふわけではない。