西光寺をあとにして次の能満寺(寿老人)へ行くわけだが、能満寺は西武池袋線の江古田駅近くにある。
「板橋七福神」の一つがなぜ練馬区にあるのかというと、もとは板橋区だった所が昭和22年に分離され
練馬区になったからなのである。
西光寺を出てすぐに「ロード大谷口」という通りに出るので、ここを右折する。
しばらくすると、板橋高校先の交差点に出る。
ここは六差路になっていて、一番右端の道を行くはずだったが直進してしまった。
すぐに地下鉄千川駅近くにある千川通り・要町三丁目交差点に出る。
実は、コースを間違えたことに気がついたのは、この交差点を横断してしばらく歩いてからだった。
本当ならば豊島高校の裏手を通るはずだったのだが、左手に見えた学校が千早高校だったからである。
コースを修正するため、千早高校前の信号を渡って右側の路地へ入り、豊島高校の塀沿いに歩いて本来のコースへ戻った。
間もなく、和菓子造り一筋に360年余の歴史を持つといわれる「両口屋是清」の敷地が右手に見えてくる。
この少し先を右折、住宅街のせまい路地を不安げに進んで行くと、右手に少し入った所に能満寺の入口があった。
かなり疲れた感じもしてきたので、時計を見たらもうすぐお昼になるところであった。
能満寺入口の一角には千川地蔵菩薩が祀られ、赤い幟がはためいていた。
山門は古めかしく、門前の案内板は積もった埃を竹箒で払っただけのような感じであった。
本堂はやや狭い場所にあったが、新築されてからさほど経っていないように見えた。
「寿老人」は、本堂手前の竹垣の門をくぐった右手の建物の中に安置されていた。