16日の日曜日は、狭山市南入曽という所に伝わる「入曽の獅子舞」を見に行った。
この日は川越まつりの2日目なのだが、本川越駅から4駅目と近いので、昼間のうちにこちらを見て、夜は川越まつりという予定を立てたのである。
前日とは打って変わった晴天の中、入曽駅から5~6分ほどの金剛院へと向かった。
こちらの獅子舞も、一人立ちの三匹獅子舞である。
予定では午後1時からというので、その時間に合わせて行ったのだが、準備中の人たちがいるものの、なかなか始まらず、イライラしながら待っていた。
結局、1時間半ほど待ち、ようやく道行が始まったのだが、時計を見たら2時少し前であった。
例によって、教育委員会の説明板を紹介するので参考にされたい。
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入曽の獅子舞(いりそのししまい) 県指定文化財 無形民俗文化財
所 在 地 狭山市南入曽四六〇-一 金剛院
六四一 入間野神社
指定年月日 昭和三十三年三月二十日
入曽の獅子舞は毎年十月十四日に金剛院で揃い獅子が行われ、翌十五日に入間野神社に奉納されます。起源については明らかでありませんが宝暦八年(一七五八)と書かれた獅子舞を描いた懸額(けんがく)が同神社に現存しています。
子の獅子舞は、天狗(はいおい)一人、棒つかい二人、花笠(ささら)四人、ほら貝一人、先獅子一人、中獅子一人、後獅子一人、笛八人、唄三人で構成されています。
舞は勇壮で、中休みをはさんで、いりは、ごろしち、さおがかり、花すい、唄、ひきは、からなる前庭(さきにわ)(前狂い・さきぐるい)と、みつばね、岡崎、唄、岡崎、けんか、ひきは、からなる後庭(あとにわ)(後狂い・あとぐるい)に分けられます。
天狗の面をかぶったはいおいの持つ軍配には「風雨和順、五穀成就」と書かれてあり、かんばつのとき雨乞いのために舞ったり、疫病が流行したときに村内各戸を舞って歩いたりしたと伝えられています。
平成三年三月
埼玉県教育委員会
狭山市教育委員会
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金剛院(御嶽山)/ 狭山市公式ウェブサイト
www.city.sayama.saitama.jp/manabu/rekishi/bukkaku/iriso_chiku/kongouin.html
入間野神社 / 狭山市公式ウェブサイト
www.city.sayama.saitama.jp/manabu/rekishi/jinjya/iriso_chiku/irumanojinjya.html
本殿から出た道行では棒使いが行手を清め、獅子が激しく舞いながら山門の所まで進み、そこから本殿前に戻って、前庭(さきにわ)という数場の舞が披露された。
花笠(ささら)はかなり大きく、ここでも大人の介添え役が支えていた。
あたかも猛獣使いのごとき天狗(はいおい)の動きに沿うように獅子たちが舞うのだが、以前見たことのある川越市石原の獅子舞とよく似ている。
「さおがかり」というのは「笹がかり」と同じようなものだが、笹竹ではなく太い孟宗竹の幹を横にして、それに絡むような舞である。
「花すい」も、よそでは「花がかり」とか「花めぐり」といわれる舞とよく似ているものである。
金剛院での舞が終わると、そこから少し離れた入間野神社へと獅子舞の一行が移動する。
入間野神社では拝殿前に丸太で囲まれた庭が設えられており、おおぜいの観客が、今か今かと待ちかまえていた。
獅子舞そのものは、金剛院で舞われたものと同じく前庭(さきにわ)という舞であった。
ここでは、休憩を挟んで後庭(あとにわ)が舞われはずなのだが、時間の関係で、前庭(さきにわ)も「さおがかり」が終わる頃に入曽駅に戻った。