じいじのひとりごと

高齢者の悲哀と愚痴を綴っています
唯一の相棒、mシュナウザーのベルが残り人生を伴走してくれます

四阪島

2014年11月06日 | 日々のこと
近くの別子銅山記念館で四阪島展をやっています。
メインは「煙害克服の歴史展」、
散歩の途中にちょいと覗いてみました。
この歴史館は企業運営で何時でも入場無料です。(月曜定休)
ラヴを待たせていたのでざっと見過ごしてきたのですが、
先人の苦闘の歴史を改めて思い知らされました。





サブ展示として、昭和30年代の島の生活写真が多数掲示されていました。
この時代と言えば、亡妻が島で生活していた時代なのです。
この島で小中学校を過ごしましてね、時々昔の想い出を聞かせてくれました。
辛かったことも多かったようですが・・・・
当時はこの小さな島に約4千人が住んでいて、
小中学校だけで一時は1000人近くの生徒数がいたといいます。(信じがたい)

妻がいたなら、写真の中に懐かしい知人友人を見つけたことでしょう。
も一度、今度はメガネ(老眼鏡)を持って・・・
子供時代の妻を探してみようかな、、、、いや詮無いことです。


二つの島を繋げてこちら側は住居区、向こう側が工場ですね。
他に二つの無人島があって、4島で四阪島
今はほとんどが廃墟の無人島、(船通勤で一部の工場が操業されているそうです)
「しさかのえんとつ、えんとつは高い、高いはナンチャラ・・・」と
子供の頃 しりとり歌にも歌われた大煙突(右奥)は昨年解体撤去されました。


上の画像は記念にもらった絵葉書 昭和50年(1975)頃




コメント (8)
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