Bicycle Wheel (Roue de bicyclette), New York 1951 (third version, after lost original of 1913).
さあ、このレディーメードの持つ新しい芸術的観念とは、いったいどんなものなのでしょう?
ここでは、バイセクル・ウィールが制作された年、1913年の2月17日から3月15日までニューヨークで開かれた「国際現代美術展」(The International Exhibition of Modern Art)から始めましょう。 この大展覧会は別名、アーモリー・ショウ(Armory Show)としてもよく知られています。
ニューヨークとシカゴで開かれたこの展覧会は、歴史に残る大イベントとなり、当時のアメリカ美術界のみならず広く一般社会にも大きな影響を与えました。 そしてアメリカ芸術のモダニズムへの動きに大きな後押しとなったのでした。
マルセル・デュシャン、(階段を降りる裸婦像No.2): Nude Descending a Staircase, No. 2, (1912). Oil on canvas. 57 7/8" x 35 1/8". Philadelphia Museum of Art.
この展覧会にデュシャンが出品したのが、1912年に制作した「階段を降りる裸婦像No.2」でした。 この作品はアーモリー・ショウで最も話題になった作品になりました。 連続写真のイメージが連想される作品で、明らかに動きを絵画の中に取り入れようとしています、その表現方法は、フォーヴィズムでもキュービズムでもありませんでした。 もう一つ重要な点は、動きを取り入れたことで時間の流れまでも絵画の中に加えられた事でしょう。
マルセル・デュシャン,(ファウンティン): Alfred Stieglitz, Fountain, photograph of sculpture by Marcel Duchamp, 1917. (photo courtesy of: arthistory.about.com)
1917年のインディペンダント展で、レディーメーズの問題作である「ファウンティン」(Fountain,日本語では「泉」)を出品します。 この作品は展示されることなく唯一アルフレッド・スティグリッツが写した写真が残っているだけです。 しかしこの作品は、多くの複製が制作されています。
陶磁器の持つスベスベした地肌、ポーセレン(porcelain)の持つ光沢のある表面と便器の機能から来る局面や形態自体の芸術性をデュシャンは、みる人の前に作り出したのです。 そして置く位置を変えることによって新しい視点、つまり新しい認識を促したのです。 利休さんの「はてな」の茶碗より分かりやすいかもしれません。
「泉」は、よく20世紀の美術界に最も影響を与えた作品の一つと言われたりします。
アートは、アーティストが手で制作したものであるという既成概念に対して、そのものの持つ固有の美を認識して指摘するだけでアート(芸術)を制作したことになると言うアイデアです。 これによりデュシャンは、絵画芸術の枠を外しアートに対しての新しい考え方を開いたのです。 このことがレディーメードの持つ新しい芸術的観念は何かの答えとなるでしょう。
マルセル・デュシャン:L.H.O.O.Q. 1919 Rectified readymade: pencil on reproduction of da Vinci's Mona Lisa (19.7 x 12.4 cm) Private collection(photo courtesy of: arthistory.about.com)
1919年、複製のモナリサに髭を付けて「L.H.O.O.Q.」と名付け、いたずらっぽく意図的に当時としては不謹慎な作品を制作しています。 私はフランス語が解らないので引用します、タイトルを続けて読むと、「彼女の尻は熱い (Elle a chaud au cul、彼女は性的に興奮している)と同じ発音(エラショオキュー)になる」そうですが、パン(pun)の好きなデュシャンらしいタイトルです。
後にアメリカ・ダダの指導的役割を果たすことになったデュシャンは、ユーモアをも現代芸術の一部として取り込もうとしていたようです。 印象派のアーティスト達が感情を表現しようとしましたが、ユーモアまでは考えていなかったでしょう。 デュシャンは、ブラック・ユーモアにも言及しています。
マルセル・デュシャン、(パリの空気50cc)、: reproduction of 50 c.c. of Paris Air (1919), in Boîte-en-Valise 1935-41 (photo courtesy of: www.toutfait.com)
ユニークな形のガラス容器、雨粒にも似た魅力的な形と機能美の立体曲面、この中に閉じ込められているのは、パリの空気です。 それがどうしたとお考えの方も多いかと思いますが、目に見えない空気が、芸術作品の素材の一部として意識的に使われたのは、この作品が初めての事だったのです。
デュシャンは、パリの空気まで芸術にしてしまったのです。
この作品の元は、彼がアトリエ近くの薬局で見つけたアンプルで、今から約100年前に制作されたレディーメードの一つです。 彼は、この作品をアメリカにいる友人の為に作ったと語っています。 何と素晴らしいギフトでしょう。 余談ですが、人が一番幸せに感じるときは、誰かのことを想っている時だそうです。
マルセル・デュシャン、「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」:The Bride Stripped Bare by Her Bachelors, Even (The Large Glass) / La mariée mise à nue par ses célibataires, même (Le Grand Verre) 1915-1923、277.5 x 175.8 cm overall, Philadelphia Museum of Art。
「ラージグラス」は、マルセル・デュシャンの代表作とされています。 この作品に関しては、多くの書物や解説があります。 しかし余り指摘されていませんが、デュシャンはこの作品に関してバックグラウンドについて語っています。 みなさんは、この作品の背景をどう思いますか? 私は大変気に入っています。
マルセル・デュシャン:Rotory Demisphere, (1925).
1914年(大正3年)7月28日から1918年11月11日までの、第一次世界大戦の影響で、パリでは美術や芸術どころではありませんでした。 デュシャンは1915年にニューヨークに移ります。 その後もデュシャンの関心は動く物やその形に関して続いていました。
マルセル・デュシャン:Design for Rotory Demisphere.
これ以外にも立体作品をいろいろ制作しています。 エロティシズムに満ちたものから不思議な感覚のものもあり、いろいろと考えさせられる作品が多いのも彼のアートの特長かもしれません。
マルセル・デュシャン:Female Fig Leaf (Feuille de vigne femelle)、1950, cast 1961
絵画芸術は、手で作り上げたもの、手で触れることが出来るものと言った意識があったのですが、デュシャンのバイセクル・ウィールを始めとする一連のレディーメードの作品によって、アート自体が目に見えなく、手に触れない観念であると言う考えを新しく開いていったことは大変有意義な事だったのです。
マルセル・デュシャン: Objet-dard (Dart-Object) 1951, cast 1962 Bronze object: 78 x 197 x 90 mm sculpture (photo courtesy of: www.tate.org.uk)
このことで絵画芸術の今まであった枠や規制がなくなり、全く新しいアイデアも受け入れられ絵画芸術の意識の上で飛躍的進歩につながったのです。
マルセル・デュシャン(フレッシュ・ウインドウ):Fresh Widow 1920, replica 1964 Mixed media object: 789 x 532 x 99 mm sculpture (photo courtesy of: www.tate.org.uk)
デュシャンは、今までにあった常識から一歩踏み込んで誰よりも深く絵画芸術を考えたアーティストと言えるかもしれません。
マルセル・デュシャン:Marcel Duchamp, (1887年7月28日 - 1968年10月2日)