《毎日新聞 記者の目》
◆ フェミニズム 先達のメッセージ
=反橋希美(大阪学芸部)
◆ 空気読むのをやめよう
「女性が輝く社会を」なんて言われなくても、“先輩”は既にそれぞれの光を放っていた。連載「たのもー!フェミ女道場」(2015年4月~今年3月に大阪本社発行版で掲載)で、取材したフェミニストのことだ。
連載の目玉は、1970年代初めのウーマンリブからわき上がったフェミニズム(女性解放の運動と思想)の波をけん引した女性のインタビュー。セクハラやドメスティックバイオレンス(DV)の概念すらない時代に、身の回りで起きる不条理は社会の仕組みのせいと、「ノー」の声を上げてきた。彼女たちから学んだ「黙らないことの大切さ」を伝えたい。
37歳の私は、シングルで2人の子を育てる。結婚や離婚、出産を経て初めて「妻」「母」の役割を求められる息苦しさや、育児と仕事の両立の壁にぶつかり、性差別の問題に関心を持つようになった。
だが、集会や女性団体に取材に行ってもパワフルな60代以上の世代ばかりが目立ち、同世代や下の世代は少ない。いまだに多様な生き方が許容されていると思えない世の中に、若い世代も怒ろうよ!そんなもどかしさが募り、先行世代からバトンを受け取るための企画をと考えた。
とはいえ、初めはフェミニストに会うのが正直怖かった。男性を嫌悪する、攻撃的、といった否定的なイメージを持つ人が少なくないが、私にも「不勉強をしかられるのでは」という先入観があったからだ。だが、恐る恐るたたいた“道場”の扉の向こうには、悩み苦しみつつ歩みを進めてきた等身大の女性がいた。
◆ 黙らないことの大切さを伝え
異なる職務でも同等の価値の仕事なら同じ賃金を支払う「同一価値労働同一賃金」を、日本で初めて裁判で認めさせた屋嘉比(やかび)ふみ子さん(68)。
京都のガス工事会社に勤めていた98年、同期入社の男性と同等の技能が求められる仕事をしているのに200万円以上も年収が低いことに怒り、会社を訴えた。
入社当初からお茶くみを拒み、経営不振を理由に解雇を言い渡された時は一人でビラをまいて撤回させた。そう聞くと、どれほどタフな人かと思うかもしれない。だが、会社の同僚から嫌がらせで車の周りにクギをまかれ、ひもをつけた磁石を引っ張って回収した日々を振り返り、「10年以上、誰にも言えなかった」と声を詰まらせた姿は忘れられない。
生きるために必要な家事はなぜ無償で、女性ばかりが担うのか。
こうした家事労働の問題を考えた経済学者で大阪市立大名誉教授の竹中恵美子さん(87)は、自身の体験が研究スタンスを決めた。悠々と遅くまで研究室に居残る男性研究者に対し、大学と子どもの預け先の往復に走り回る綱渡りの日々。
「どうしようもないから、男性より3年長生きしてやろうと自分に言い聞かせました」。柔和な笑顔の裏に、闘う研究者の原動力が垣間見え、心打たれた。周囲は「なぜマイナーな研究テーマを選んだのか」と首をかしげたが、それをものともせず、関西の女性労働運動の精神的な支柱として活躍した。
女性学研究者の田嶋陽子さん(76)にも励まされた。
テレビでは女性の権利を厳しい口調で訴える姿が印象的だが、つらい原体験が背景にある。「勉強できるのに女だから」と言われて育ち、女らしくなろうと合わないハイヒールをはき続け、「頭も体もおかしくなった」。自由に生きるための「道具」がフェミニズムだった。その思想を伝えようとテレビに出るようになったが、時には発言が切り取られ「言い負かされてだらしない」とフェミニスト仲間から批判を受けることもあった。その中で「100のうち一つでも言えればいい」と出演を積み重ねてきた情熱を尊敬する。
◆ 社会変革求める、うねりまだ一部
最近、欧米発の潮流で、フェミニズムが若い世代に見直されつつある。女性蔑視発言をした米大統領就任に反対するデモ行進「ウィメンズ・マーチ」は世界に広がり、性別や性的指向、人種、障害の有無を超えた人々が参加した。
日本でも連載を始めた2年前と比べ、性差別的なメッセージを含む企業CMがすぐに批判を浴び撤回されるなど、異議申し立ての動きが活発化している。
今年6月には若手フェミニストグループ「明日(あした)少女隊」が、「女権拡張論」などとする広辞苑のフェミニズムの語釈が誤解を招きやすいとして、「性別間の平等を求める思想」と改めてほしいとネット署名で呼びかけた。だが、こうした社会変革を求めるうねりはまだ一部だ。
取材した女性にはフェミニストと名乗る人も名乗らない人も体現していることがあった。「個人的なことは政治的なことである」。フェミニズムが主張してきた言葉で「個人的な体験で感じた疑問の背景には、社会のひずみがある。だから政治など公的な場に訴えていこう」との意味だ。
日常のしんどさを社会に訴えるのは勇気がいる。「努力が足りない?」「ワガママかも」と、自分の心の声にひるむかもしれない。そんな人に先輩たちのメッセージを贈りたい。空気を読むのをやめよう。「いい子」でなくてよし。全ては、身の回りのモヤモヤを言葉にすることから始まる。一緒に、あなたも。
『毎日新聞』(2017年8月10日)
https://mainichi.jp/articles/20170713/ddm/005/070/042000c
◆ フェミニズム 先達のメッセージ
=反橋希美(大阪学芸部)
◆ 空気読むのをやめよう
「女性が輝く社会を」なんて言われなくても、“先輩”は既にそれぞれの光を放っていた。連載「たのもー!フェミ女道場」(2015年4月~今年3月に大阪本社発行版で掲載)で、取材したフェミニストのことだ。
連載の目玉は、1970年代初めのウーマンリブからわき上がったフェミニズム(女性解放の運動と思想)の波をけん引した女性のインタビュー。セクハラやドメスティックバイオレンス(DV)の概念すらない時代に、身の回りで起きる不条理は社会の仕組みのせいと、「ノー」の声を上げてきた。彼女たちから学んだ「黙らないことの大切さ」を伝えたい。
37歳の私は、シングルで2人の子を育てる。結婚や離婚、出産を経て初めて「妻」「母」の役割を求められる息苦しさや、育児と仕事の両立の壁にぶつかり、性差別の問題に関心を持つようになった。
だが、集会や女性団体に取材に行ってもパワフルな60代以上の世代ばかりが目立ち、同世代や下の世代は少ない。いまだに多様な生き方が許容されていると思えない世の中に、若い世代も怒ろうよ!そんなもどかしさが募り、先行世代からバトンを受け取るための企画をと考えた。
とはいえ、初めはフェミニストに会うのが正直怖かった。男性を嫌悪する、攻撃的、といった否定的なイメージを持つ人が少なくないが、私にも「不勉強をしかられるのでは」という先入観があったからだ。だが、恐る恐るたたいた“道場”の扉の向こうには、悩み苦しみつつ歩みを進めてきた等身大の女性がいた。
◆ 黙らないことの大切さを伝え
異なる職務でも同等の価値の仕事なら同じ賃金を支払う「同一価値労働同一賃金」を、日本で初めて裁判で認めさせた屋嘉比(やかび)ふみ子さん(68)。
京都のガス工事会社に勤めていた98年、同期入社の男性と同等の技能が求められる仕事をしているのに200万円以上も年収が低いことに怒り、会社を訴えた。
入社当初からお茶くみを拒み、経営不振を理由に解雇を言い渡された時は一人でビラをまいて撤回させた。そう聞くと、どれほどタフな人かと思うかもしれない。だが、会社の同僚から嫌がらせで車の周りにクギをまかれ、ひもをつけた磁石を引っ張って回収した日々を振り返り、「10年以上、誰にも言えなかった」と声を詰まらせた姿は忘れられない。
生きるために必要な家事はなぜ無償で、女性ばかりが担うのか。
こうした家事労働の問題を考えた経済学者で大阪市立大名誉教授の竹中恵美子さん(87)は、自身の体験が研究スタンスを決めた。悠々と遅くまで研究室に居残る男性研究者に対し、大学と子どもの預け先の往復に走り回る綱渡りの日々。
「どうしようもないから、男性より3年長生きしてやろうと自分に言い聞かせました」。柔和な笑顔の裏に、闘う研究者の原動力が垣間見え、心打たれた。周囲は「なぜマイナーな研究テーマを選んだのか」と首をかしげたが、それをものともせず、関西の女性労働運動の精神的な支柱として活躍した。
女性学研究者の田嶋陽子さん(76)にも励まされた。
テレビでは女性の権利を厳しい口調で訴える姿が印象的だが、つらい原体験が背景にある。「勉強できるのに女だから」と言われて育ち、女らしくなろうと合わないハイヒールをはき続け、「頭も体もおかしくなった」。自由に生きるための「道具」がフェミニズムだった。その思想を伝えようとテレビに出るようになったが、時には発言が切り取られ「言い負かされてだらしない」とフェミニスト仲間から批判を受けることもあった。その中で「100のうち一つでも言えればいい」と出演を積み重ねてきた情熱を尊敬する。
◆ 社会変革求める、うねりまだ一部
最近、欧米発の潮流で、フェミニズムが若い世代に見直されつつある。女性蔑視発言をした米大統領就任に反対するデモ行進「ウィメンズ・マーチ」は世界に広がり、性別や性的指向、人種、障害の有無を超えた人々が参加した。
日本でも連載を始めた2年前と比べ、性差別的なメッセージを含む企業CMがすぐに批判を浴び撤回されるなど、異議申し立ての動きが活発化している。
今年6月には若手フェミニストグループ「明日(あした)少女隊」が、「女権拡張論」などとする広辞苑のフェミニズムの語釈が誤解を招きやすいとして、「性別間の平等を求める思想」と改めてほしいとネット署名で呼びかけた。だが、こうした社会変革を求めるうねりはまだ一部だ。
取材した女性にはフェミニストと名乗る人も名乗らない人も体現していることがあった。「個人的なことは政治的なことである」。フェミニズムが主張してきた言葉で「個人的な体験で感じた疑問の背景には、社会のひずみがある。だから政治など公的な場に訴えていこう」との意味だ。
日常のしんどさを社会に訴えるのは勇気がいる。「努力が足りない?」「ワガママかも」と、自分の心の声にひるむかもしれない。そんな人に先輩たちのメッセージを贈りたい。空気を読むのをやめよう。「いい子」でなくてよし。全ては、身の回りのモヤモヤを言葉にすることから始まる。一緒に、あなたも。
『毎日新聞』(2017年8月10日)
https://mainichi.jp/articles/20170713/ddm/005/070/042000c
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