☆ 当事者「大きな一歩」喜びの声 (週刊金曜日)
切望した公の判断、それも裁判所による判断が示された。
埼玉県南部の川口市や蕨(わらび)市に集住するクルド人を「テロリスト」「テロ支援者」と触れ回り「日本から出て行け」「たたき出せ」と排斥するヘイトデモについて、さいたま地裁(市川多美子(いちかわたみこ)裁判長)は11月21日、首謀者でレイシストの渡辺賢一(わたなべけんいち)氏=神奈川県海老名市=に対し、川口市内にあるクルド人団体「日本クルド文化協会」の事務所から半径600メートル以内でのデモを禁止する仮処分決定を出した。
野放しのまま拡大するクルド人ヘイトを巡る初の司法判断で明確に「否」が突きつけられた。
翌日の記者会見で同協会のチカン・ワッカス代表理事が開口一番漏らした安堵に実感がこもる。
「長い間、大きな不安やプレッシャーを抱え、孤独を感じることもあったが、温かい支援と励ましのおかげで素晴らしい結果を迎えられた。この決定は大きな一歩であり、未来への希望をつなぐものだ」
代理人弁護団の一人で埼玉弁護士会の金英功(キムヨンゴン)弁護士は「属性に着目して排除を煽(あお)るヘイトスピーチを裁判所が正面から違法だと認めてくれた」と評価し、師岡康子(もろおかやすこ)弁護士も「『クルド人にも原因があるのでは』『抗議をしている人もうるさい』と見る向きもあるが、どっちもどっちではないとはっきりした」と意義を強調した。
インターネット上のクルド人攻撃がエスカレートし、レイシストがデモや街宣を行なうようになったのは2023年8月から。とりわけ悪質で執拗(しつよう)なのが「日の丸街宣倶楽部」を率いる渡辺氏だった。
協会事務所を目がけて8回ものデモを仕掛け、「クルド協会はテロ支援団体だ」「テロリストを川口からたたき出せ」などとデマを用いて敵意を煽った。
生活相談に訪れる協会利用者の足が遠のき、クルド人が経営するケバブ店の客も減った。
学校で子どもが「出て行け」と差別されるようになり、クルド人をスマホで盗撮してはネット上に晒すプライバシー無視の差別行為も横行する。
川口に住み23年というクルド人男性は
「周りの見る目が変わった。『テロリストかな』と思われているのが怖い。子どもが通う幼稚園であいさつしても返事をしない人がいる」
と、地域社会に持ち込まれた分断に声を落とした。
地元自治体の無為無策が拍車をかけたのは間違いない。金弁護士は
「裁判では個別事案の判断に限られ、包括的、網羅的にヘイトデモなどを止められない。県や市町村の差別撤廃条例が必要で、自治体の長や議会は一日も早く条例制定に動いてほしい」
とも語った。
☆ 直後のヘイトデモも中止
その正しさはすぐに証明された。
渡辺氏は24日に予定していたデモを中止したが、元草加市議で政治団体「日本保守党」のレイシスト、河合悠祐(かわいゆうすけ)氏が筋違いにも協会前で仮処分決定への抗議を口実に嫌がらせの街宣を行なおうとした。
カウンター市民に押し戻されたものの、最寄りのJR蕨駅前でマイクを手にクルド人を犯罪と結びつけるヘイトスピーチを叫んだ。
渡辺氏も、仮処分の効力が及ばないJR川口駅前で街宣に立ち、違法と認定された文言を横断幕で掲げてみせた。
仮処分では足りず、強制的な規制が必要という、これ以上ない証拠を自ら示した。
だが行政の腰は依然重い。埼玉県の大野元裕(おおのもとひろ)知事は翌25日の定例会見で「現時点で頭の中に条例制定はない」と語った。
「罰則を伴った規制は県民の権利を一定程度制限することにつながり、抑制的に行なうべきだ」とも述べたが、そうではない。
県民であるクルド人住民は平穏に生活する権莉が侵害されている。地域住民を差別から守り、分断を煽る言動をなくす施策をヘイトスピーチ解消法は求めている。
事前差し止めが必要な人権侵害が起きているとの司法判断が示されてなお見て見ぬふりを続けるのは法的にも間違っている。
表現の自由の保障とマイノリティの人権擁護を両立させながら刑事罰を設けた川崎市のヘイトスピーチ規制条例にならい、住民の安全と尊厳を守る自治体の責務を果たす時だ。
石橋学・『神奈川新聞』記者
『週刊金曜日 1500号』(2024年12月6日)
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