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【僕、国歌歌わないもん】(石原慎太郎)
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東京五輪に 【国旗も国歌も必要ない】(ビートたけし)
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対米従属で「世界征服」を夢想するデマゴギー政治家安倍首相を倒そう!
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名著『中国哲学史』(岩波書店、1953年)の著者・狩野直喜(1868~1947)は、わたしの尊敬する人物です。
その狩野氏について【ウィキペディア】には次のようなことが述べてあります。
<朱子学を嫌い、考証学や徂徠学を尊んだ。後年臨終の床で、(教え子の)細川(護貞)より「なぜ日本がこのような馬鹿な負け方をしたのでしょう」と問われ、(朱子学が基にある)「水戸学のせいだ」と答えるほどであったという。>
その▲ 朱子学は中国の宋の時代に確立された儒学の一派で、「理気二元論」を基本的な世界観とします。つまり、「理」(観念的なもので「イデア」のようなものです)を先にし、「気」(物質的なもの)を後にする考え方です。
そして、江戸時代初期に徳川家康がそれを取り入れ、江戸時代の支配思想になったものです。
それが、明治以降も次第に復活し、戦前の日本の「修身科」の基本思想になりました。
それを狩野氏は批判しているわけです。
ところで、江戸時代にも朱子学を批判する学者たちはいました。
それは例えば、<伊藤仁斎>や<貝原益軒>、<安藤昌益>や<三浦梅園>、さらには<皆川淇園><鎌田柳泓><山片蟠桃>らです。
その中で、<伊藤仁斎>(1623~1705)について狩野氏は、『中国哲学史』において、「戴震」(1723~1777、中国における有名な唯物論者)を紹介する中で、次のようなことを述べています。(少し読みにくいかもしれませんがご容赦ください)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
余は疏証(戴震の『孟子字義疏証』のこと)と仁斎の語孟字義とを比較して、
其の相似の甚だしきに驚かざるを得ない。蓋(けだ)し仁斎は古義を以て宋儒を正し、
震も亦た同様なる態度なりし為め、共に同一の結果を得しものと思はれるのではあるけれども、
両者が符節を合するが如きは実に奇といふべきである。
(中略)
第四、仁斎は、仁義礼智の四者を道徳の名にして性の名にあらずとし、
『道徳は天下に於いて?(あまね)く達するを以て言う。一人の有する所に非ず也。
性は専ら己に於いて有するを以て言う。天下の該(がい)する(関係する)所に非ず也。
此の性は道徳と之を弁ずる(分ける)なり。』と云った。
・・・・而して仁斎は、震より遥か以前にあって此の如き著あるは、
我国儒林の誇となすに足るものである。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
要するに狩野は、
仁斎の古義学は、中国の戴震と同じことを言っていると述べ、それはともに「宋儒」を批判し、「仁義礼智」を「道徳の名」(渡部注:現在風に言えば「徳目」でしょうか)として重視している「宋儒」を批判している、
と述べているのです。
そうして、仁斎は戴震より遥か以前の人物であるから、「我国儒林の誇となすに足るものである」とまで述べています。
ちなみに、仁斎は朱子学の「理気二元論」を批判し、次のように「気一元論」を唱えました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
けだし天地の間は、一元気のみ。あるいは陰となり、あるいは陽となり、両(ふた)つの者
ひたすらに両間に盈虚(えいきょ)消長往来感応して、いまだかつて止息せず。
これ即ち是れ天道の全体、自然の気機(自然界における重要な変化)、万化これより出でて、
品彙(ひんい、諸種の生物)これに由って生まる。(『語孟字義』)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
また、朱子学者の言う、教条的、禁欲的な道徳を批判し、同じ書に次のように述べています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
己を持すること甚だ堅く、人を責むること甚だ深うして、肺腑に浸淫し、骨髄に透浹(とうしょう)、
卒(つい)に刻薄の流(情け容赦ない流儀)と為る。
専(もっぱ)ら理の字を主張するの弊に至る。悲しいかな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
人の外に道無く、道の外に人無し。
人を以て人の道を行う、何の知り難く行い難きことか之(これ)有らん
・・・故に道を知る者は、必ず之を近きに求む。
其の道を以て高しと為(し)、企て及ぶべからずと為(す)る者は、
皆道の本然に非(あ)らず、自ら惑うの致す所なり。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここで仁斎は、朱子学の道徳を批判し、「専(もっぱ)ら理の字を主張するの弊に至る」と述べています。
また、道というのは遠くにあるのではなく、近くにあるのだと述べています。
一般大衆の生活の中にあるという事でしょう。
少し読みにくい引用文が続きましたので、今回はここまでとします。
次回は<貝原益軒>と<安藤昌益>を取り扱いたいと思います。
(このシリーズは基本的には<三浦梅園>までです)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
★ 『卒業式ビラまき報告集会』(実行委員会主催)のお知らせ
<日時>2016年4月30日(土)18:30~21:00
<場所>阿佐ヶ谷地域区民センター、第五集会室
<内容>・卒業式ビラまきの特徴と教訓について
・今後の運動の発展について
<資料代>300円
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*********************************************************
「都教委包囲首都圏ネットワーク」のブログのアドレス
http://houinet.blogspot.jp/
「千葉高教組『日の丸・君が代』対策委員会」のホームページ
http://homepage3.nifty.com/hinokimi/
「ひのきみ全国ネット」のウェブサイト
http://hinokimi.web.fc2.com/
【僕、国歌歌わないもん】(石原慎太郎)
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東京五輪に 【国旗も国歌も必要ない】(ビートたけし)
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対米従属で「世界征服」を夢想するデマゴギー政治家安倍首相を倒そう!
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名著『中国哲学史』(岩波書店、1953年)の著者・狩野直喜(1868~1947)は、わたしの尊敬する人物です。
その狩野氏について【ウィキペディア】には次のようなことが述べてあります。
<朱子学を嫌い、考証学や徂徠学を尊んだ。後年臨終の床で、(教え子の)細川(護貞)より「なぜ日本がこのような馬鹿な負け方をしたのでしょう」と問われ、(朱子学が基にある)「水戸学のせいだ」と答えるほどであったという。>
その▲ 朱子学は中国の宋の時代に確立された儒学の一派で、「理気二元論」を基本的な世界観とします。つまり、「理」(観念的なもので「イデア」のようなものです)を先にし、「気」(物質的なもの)を後にする考え方です。
そして、江戸時代初期に徳川家康がそれを取り入れ、江戸時代の支配思想になったものです。
それが、明治以降も次第に復活し、戦前の日本の「修身科」の基本思想になりました。
それを狩野氏は批判しているわけです。
ところで、江戸時代にも朱子学を批判する学者たちはいました。
それは例えば、<伊藤仁斎>や<貝原益軒>、<安藤昌益>や<三浦梅園>、さらには<皆川淇園><鎌田柳泓><山片蟠桃>らです。
その中で、<伊藤仁斎>(1623~1705)について狩野氏は、『中国哲学史』において、「戴震」(1723~1777、中国における有名な唯物論者)を紹介する中で、次のようなことを述べています。(少し読みにくいかもしれませんがご容赦ください)
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余は疏証(戴震の『孟子字義疏証』のこと)と仁斎の語孟字義とを比較して、
其の相似の甚だしきに驚かざるを得ない。蓋(けだ)し仁斎は古義を以て宋儒を正し、
震も亦た同様なる態度なりし為め、共に同一の結果を得しものと思はれるのではあるけれども、
両者が符節を合するが如きは実に奇といふべきである。
(中略)
第四、仁斎は、仁義礼智の四者を道徳の名にして性の名にあらずとし、
『道徳は天下に於いて?(あまね)く達するを以て言う。一人の有する所に非ず也。
性は専ら己に於いて有するを以て言う。天下の該(がい)する(関係する)所に非ず也。
此の性は道徳と之を弁ずる(分ける)なり。』と云った。
・・・・而して仁斎は、震より遥か以前にあって此の如き著あるは、
我国儒林の誇となすに足るものである。」
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要するに狩野は、
仁斎の古義学は、中国の戴震と同じことを言っていると述べ、それはともに「宋儒」を批判し、「仁義礼智」を「道徳の名」(渡部注:現在風に言えば「徳目」でしょうか)として重視している「宋儒」を批判している、
と述べているのです。
そうして、仁斎は戴震より遥か以前の人物であるから、「我国儒林の誇となすに足るものである」とまで述べています。
ちなみに、仁斎は朱子学の「理気二元論」を批判し、次のように「気一元論」を唱えました。
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けだし天地の間は、一元気のみ。あるいは陰となり、あるいは陽となり、両(ふた)つの者
ひたすらに両間に盈虚(えいきょ)消長往来感応して、いまだかつて止息せず。
これ即ち是れ天道の全体、自然の気機(自然界における重要な変化)、万化これより出でて、
品彙(ひんい、諸種の生物)これに由って生まる。(『語孟字義』)
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また、朱子学者の言う、教条的、禁欲的な道徳を批判し、同じ書に次のように述べています。
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己を持すること甚だ堅く、人を責むること甚だ深うして、肺腑に浸淫し、骨髄に透浹(とうしょう)、
卒(つい)に刻薄の流(情け容赦ない流儀)と為る。
専(もっぱ)ら理の字を主張するの弊に至る。悲しいかな。
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人の外に道無く、道の外に人無し。
人を以て人の道を行う、何の知り難く行い難きことか之(これ)有らん
・・・故に道を知る者は、必ず之を近きに求む。
其の道を以て高しと為(し)、企て及ぶべからずと為(す)る者は、
皆道の本然に非(あ)らず、自ら惑うの致す所なり。
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ここで仁斎は、朱子学の道徳を批判し、「専(もっぱ)ら理の字を主張するの弊に至る」と述べています。
また、道というのは遠くにあるのではなく、近くにあるのだと述べています。
一般大衆の生活の中にあるという事でしょう。
少し読みにくい引用文が続きましたので、今回はここまでとします。
次回は<貝原益軒>と<安藤昌益>を取り扱いたいと思います。
(このシリーズは基本的には<三浦梅園>までです)
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★ 『卒業式ビラまき報告集会』(実行委員会主催)のお知らせ
<日時>2016年4月30日(土)18:30~21:00
<場所>阿佐ヶ谷地域区民センター、第五集会室
<内容>・卒業式ビラまきの特徴と教訓について
・今後の運動の発展について
<資料代>300円
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