◆ どう解決するか 「過労死ライン」突破の教職員の働き過ぎ問題 (多面体F)
今年の連休前に文科省調査で「中学教諭、6割近くが『過労死ライン』」という記事が発表され驚かされた。11年も前のことだが、新宿区の新卒・新採の小学校教諭が超勤時間月間100時間の過労とパワハラのため、わずか2か月で自死した痛ましい事件も耳にした。少し前の3月には学習指導要領の改訂発表を前にNHKの「ニュース深読み」で「いまでも教員は多忙なのに英語、道徳教育などの負担が増え、どのようにこなすか、その方策は」という問題が討論された。
7月25日内幸町プレスセンターホールで「教職員の働き方を考える―学校にも働き方改革の風を」というシンポジウムが開催された(主催 教職員の働き方改革推進プロジェクト、一般社団法人 社会応援ネットワーク 参加・約250人)。
まず教職員の働き方改革推進プロジェクト呼びかけ人代表の樋口修資(のぶもと)さんから基調報告「教員の多忙化の現状と課題について」が発表された。要旨は下記のとおり。
連合総研・教職員の働き方と労働時間の実態に関する調査(2015年12月)によると過労死基準といわれる残業時間月100時間以上(持ち帰り残業時間含む)働く教員は小学校55.1%、中学校79.8%、高等学校46.4%と、いまや過労死基準以上に働くことが学校の「常識」になっている。
週60時間以上労働では小学校72.9%、中学校86.9%に及び、医師、建設業、製造業など他の職業よりかなり長い。
OECD国際教員指導環境調査(2013年)の34か国/地域との比較で日本の教員の勤務時間は断トツに長い。
また文科省教員勤務実態調査(2006年度)で歴史的に比較すると40年前(1966年度)の調査と比べ1か月当たりの残業時間(持ち帰り業務含まず)は8時間から42時間に延び、その10年後の2016年度調査では学内勤務時間が小学校で平日43分、中学校で平日32分増加している。
連合総研調査で、生活満足度が低い教諭は労働時間が長い傾向がある。また管理職が労働時間が加重にならないよう調整している教諭のほうがそうでない教諭より労働時間は短い。
連合総研では、教員の時間外労働に、ペナルティとして割増賃金を支払うのでなく、時間調整(代替休暇)により夏季休業期間などで取得する調整休暇制度を提案している。教員の半数以上がこの制度に肯定的である。
ただ「前提となる時間数把握の方法の明確化」や「調整休暇制の社会的認知・承認」が課題だと感じている。
教員以外に専門スタッフを起用する「チーム学校」という考え方がある。
日本は教員以外のスタッフが教職員総数の18%しかおらず、アメリカ(44%)、イギリス(49%)と比較して著しく少ない。
なおイギリスでは教員は児童や親からおカネを集めなくてよいし、生徒のデータを学校の管理システムに入力しなくてよいし、議事録作成、大量のコピー取り、児童や親への定期的な便りも作成しなくてよいという国家的なアグリーメントがある。
公立学校教員にも地方公務員法や労働基準法が原則として適用されるが、勤務時間規制については給特法による特例措置が定められている。時間外勤務手当はなじまないので、教職調整額(給料月額の4%相当)を一律に支給し、時間外勤務手当、休日勤務手当は不支給とされる。
そして校外実習などの業務、修学旅行などの学校行事の業務など限定4項目以外には時間外勤務を命じられないことになっている。
しかし労働時間記録保存義務はあるのに校長は出退勤時刻の管理を適切に行わず、超勤4項目以外の業務(授業準備・教材研究、生徒指導、部活動など)が膨大となり「自発的、自主的勤務」という建前のため、現実には給特法のもと、長時間勤務が常態化し不払い労働が増大し、法制定趣旨が空洞化し、教員の多忙化が進んでいる。
続いてシンポジウムに移った。まず1人10分程度の意見発表、その後、意見交換、会場からの質問をもとにした討議という手順で進行した。
●神津里季生(こうづ・りきお)さん(日本労働組合総連合会会長)は、「働き方改革実現会議」(2016.9-17.3)の有識者議員のメンバーの1人だった。
この会議では同一労働同一賃金の実現、賃金引上げなど12のテーマを話し合ったが長時間労働の是正で、罰則付きの時間外労働の上限規制を創設できたことは労基法70年の歴史での画期だ。その他一定時間の休息時間の確保、パワハラ防止の強化にもとっかかりをつくることができた。
10回の会議のなかで節目は2月1日の第6回だった。会議の直前に時間外労働の上限の政府方針が100時間といっせいに新聞報道された。
会議もしていないのに100時間はおかしいと主張したところ、「労使でまとめるように」ということになった。そこで経団連などと話し合い3月13日に「月45時間、年360時間」を原則とし(ただしやむをえない場合の特例が4つある)、45時間以上労働したものへの健康・福祉確保措置内容を追加することと36協定締結の様式に「時間外労働削減に向けた労使の自主的な努力規定」を盛り込むことで労使合意を取り交わした。「100時間未満」かどうかより、よほど重要だ。
なおこの上限規制で公立学校教員は適用除外になっている。ただ会議で「教職員は大変な問題を抱えているのだから、ここまで踏み込まないとダメだ」ということは発言した。
●尾木直樹さん(教育評論家/法政大学特任教授)
わたしが教師になったのは1972年、私立の高校だった。もちろん組合があり、団体交渉をすると「こんなに上がってよいのか」と思うくらい給料が上がった。楽しい時代だった。
4年後公立中学の教員になった。ストもあったし時間のこともはっきりしていた。給特法で超勤4項目以外は、校長は超過勤務を命じられなかった。それ以外で勤務するときには全教員の「超勤簿」をつくり毎日退勤時間を記録することになっていた。私用で遅れるときなどに相殺簿で相殺し、毎月の記録を組合の分会長と教頭が管理していた。
教師が「自発的、自主的」に残業するという構えは致命的であり、基本的に違うと思う。
80年代になり、学年主任や教務主任をやるようになると、わたしか教頭が学校でいちばん帰るのが遅くなった。しかしいやではなかった。当時は学校が荒れ狂う『金八先生』の時代だった。家庭訪問をして夜10時過ぎになることもあった。子どもたちと心がつながり、みんな立ち直っていった。これが教師としての喜びだった。
教師にはつながりが大事で、そういうことにどれだけ時間がかかってもいやではなかった。いまの超過勤務と質が違うのではないかと思う。
2020年学習指導要領改訂はいまのままやると必ず失敗する。プログラミング教育、英語と道徳の教科化など新たな業務が加わる。教育は未来への投資なので、教員の定数を増やすべきだ。
●工藤祥子さん(全国過労死を考える家族の会 公務災害担当/神奈川過労死等を考える家族の会代表)
工藤さんは元小学校教諭。公立中学の体育科教諭だった夫を10年前に亡くした。
夫は、転任した新しい中学で生徒指導や校務分掌を18抱え、サッカー部の顧問を務め、朝6時に家を出て早くて21時に帰宅する生活を送っていた。
生徒指導という仕事上、地域との連絡も業務の一環だった。地域祭り、地区懇談会、職業体験の地域挨拶まわり、さらには前任者からの引き継ぎがなく、区役所へ行き住所を調べ手書きで書き写すということまでやっていた。
転任後、土日もなく日をまたいで仕事をすることもあり、生徒との関わりをもつ時間が取れなくなり、だんだん元気をなくしていった。
「担任学年以外の修学旅行の引率はつらい」と今まで言ったことのないことを言った。修学旅行から帰った日から具合が悪くなり、6日後にやっと休みをとって病院に行き、待合室で倒れた。くも膜下出血でその場で心肺停止、5日後に他界した。
転任後2か月で、享年40、子どもは14歳と10歳だった。先月の25日で、他界して10年になった。
その後、公務災害を申請したが「公務外」とされ、4年半後にやっと認定された。自分自身も公務災害認定の闘いと子育てで疲れて入院し、退職せざるをえなかった。そして、過労死を考える家族の会で支援をするようになり4年になる。
夫は一番好きな仕事、天職だと思っていた仕事で、なぜ死ななければならなかったのか。命を削らないとできない仕事なのか。
子どもに「生きる力」をつけたり、学校は人との関わりを学ぶ場所だと思う。そのためには先生は心身ともに余裕を持たないといけない。
給特法のせいで、教師自身も管理職にも時間管理、勤務時間を記録する観念がない。そこに聖職意識が加わり長時間労働が増える。教師は聖職であっても、聖職者ではなく労働者であることを考えないといけない。
現場の先生方は労基法、過労死防止対策等推進法、文科省の「学校現場における業務の適正化に向けて」の通知をほぼ知らない状態になっている。国レベルで周知する体制づくりをすべきだ。
●馳浩さん(衆議院議員/前文部科学大臣)
馳さんは石川県の星陵高校で国語の教員を務め、プロレスラーになったのち政治家に転身した。
先日の骨太方針のときに、「教師の長時間勤務の是正に向けた緊急提言」を提出し、来年度の予算編成に活用しようとしている。
これは「ICT等を活用した厳格な勤務時間管理や業務の効率化を促すとともに、調査業務など学校業務を精選する」「事務職員や主幹教諭の配置を拡充し、副校長・教頭のサポート体制を充実するなどマネジメント体制を強化するとともに、部活動指導員や業務アシスタントなどの外部人材の一層の充実、学校運営協議会や地域学校協働活動の積極的な推進を通じ、チーム学校を実現する」など4つのポイントを示したものだ。中長期的な対策が必要だという認識をもっている。
このあとの意見交換、フロア(参加者)からの質問をもとにした討議では、多忙化の背景、献身的教師像、多忙化の解消策、部活、教員の本来的業務、出退勤管理の記録義務付け、次期学習指導要領による一層の業務多忙、「チーム学校」による非常勤教員の激増、給特法の改善方策、部活指導について、など多くの論点が議論された。
そのなかから部活についての討論を紹介する。
尾木:部活はブラックになっているのでやめたほうがよい。教育を破壊しているような側面もある。もちろん子どもが感動し成長するし、教師にとってもやりがいになる。しかしそれは本来、授業や学級活動、生徒指導のなかでやるべきことだ。それを部活に逃げている教員がいる。部活をこんなにやっている国は、アジアを中心に、中国、台湾、日本、フィリピンなど5か国しかない。やりすぎはよくない。日本の中学をダメにしている。
馳:中体連、高体連、高野連の硬直した運営方針が横並び主義やがんじがらめに競技性を追求したのでこういう現状に至っている。本来の教育への弊害ともなっている。
これを打破するには、場所や施設は学校が提供するが、運営はNPOなどに分離して総合型地域スポーツ・文化クラブという位置づけにしたほうがよい。これは制度改正を要するので、地域スポーツ振興や生涯スポーツ振興の法案づくりに取り組んでいる。コペルニクス的転換となるはずだ。
また複数スポーツをやるのもよいと思う。たとえば季節や曜日により、テニス、ダンス、バスケをやるというようなことだ。いまは中体連がチーム編成などでがんじからめにしているので、燃尽き症候群やスポーツぎらいを作っている面もある。
神津:部活の問題は社会全体でやっていくしかない。
工藤:部活顧問を教員の9割が引き受けている。強制に近いがそれはよくない。やりすぎは生徒にも教師にもよくない。家庭の時間がなくなりワークライフバランスを崩す。また夫は体育教師で「やりたい派」だったが、自分の専門でない種目はキツい思いをしていた。サッカーはやったことがなかったので3~4年教室に通っていた。また保護者の「勝ってほしい」とか「日曜の試合を見に来てほしい」という要求も多忙に拍車をかける。
部活については、7月29日の「ニュース深読み」でも取り上げていた。部活問題対策プロジェクトの問題提起に触発された特集で、部活がブラック化し、先生も生徒もつらくなり、教師の家族の間でも「部活未亡人」という言葉が一般化している。解消するには選択肢を設けるべきだ、というものだった。
その他、わたくしが注目した発言をいくつかピックアップする。
●受持ち時間数の上限規制
馳:32年前教員になったとき月から金の5日で、古文、漢文、現代文、テスト対策など週20コマ受け持ったが結構きつかった。ひとつの上限の目安は週18時間だと思う。それを超える分は外部の専科教員に対応してもらう方法がある。
尾木:中国では第三次教育改革で上限14時間、教科主任や生徒指導担当は8時間だ。ただ問題集はすべて手作りプリントだ。生徒にツケが回る軽減はよくない。
持ち時間数減か教員の定数増をする、あるいは複数担任制にしている国もある。そうすれば保護者の理解も得られるのではないかと思う。
●次期学習指導要領による一層の業務多忙
尾木:2020年学習指導要領は理念は正しくても現場の体制が整っていない。きちんと準備しないと間に合わなくなり、時間も内容もパンクする結果となるだろう。道徳教育の評価ではもう弊害が出始めている。子どもは演技する。わざとゴミをひろわず、悪い子を演じる女生徒がいる。良いほうを演じるならまだしも、悪い子を演じる、こういう複雑な心境に子どもたちを追い込むべきではないと思う。そもそものねらいと違うかたちになるのではないかと思う。
●非常勤教員の激増
スクールカウンセラー、部活動支援員、学習支援指導員などチーム学校のスタッフは非常勤職員のるつぼだ。
また校務分掌は正規教員で回すことが多いので、非常勤が増えると負担が増える(というファシリテーター・樋口さんの意見に対し)。
尾木:かつて非常勤教員がいるのは広島、愛知、埼玉など4県しかなかった。校務分掌のかけもちが増えると多忙になるだけでなく、責任が伴わなくなる。したがってやるべきではない。
馳:プロレスラーになることが決まり、2年目から非常勤に回された。その途端机は隅に追いやられ、それまで回ってきた書類も回ってこない。つらい思いをすることを実感した。
「チーム学校」をやっていくうえで、モチベーション維持をどうするか、校長が悩むことになるだろう。また、たとえばスクールカウンセラーが子どものほうではなく、教委ばかり見ているということのないよう、生活の安定も保ってやらないといけない。
最後にファシリテーターの樋口さん(明星大学教授)が「教員の多忙化問題に、声をもっと大きくして、定数充足、支援スタッフの配置拡充、業務の精選を実効あるかたちで見直し、中長期的な課題としては給特法のあり方を見直し、教員のワークライフバランスを実現する方向で、皆さまのお知恵をお借りし、われわれのプロジェクトは解決に向け積極的に取り組んでいきたい」とシンポジウムをしめくくった。
過労死ラインまできている教員の多忙化問題は、定数の問題、給特法や校内の管理体制の問題、部活顧問の問題、教師や保護者の意識の問題が絡まっている、また切迫した問題として次期学習指導要領への取り組みがあることを理解できた。国会と文科省は真剣に、しかも迅速に対応すべきである。
解決には、それこそ「政労使」の知恵の出し合い、そして保護者も含めた国民的議論が必要である。
『多面体F』(2017年08月01日)
http://blog.goo.ne.jp/polyhedron-f/e/2d510e12e55d02279520ac5f668f5bec
今年の連休前に文科省調査で「中学教諭、6割近くが『過労死ライン』」という記事が発表され驚かされた。11年も前のことだが、新宿区の新卒・新採の小学校教諭が超勤時間月間100時間の過労とパワハラのため、わずか2か月で自死した痛ましい事件も耳にした。少し前の3月には学習指導要領の改訂発表を前にNHKの「ニュース深読み」で「いまでも教員は多忙なのに英語、道徳教育などの負担が増え、どのようにこなすか、その方策は」という問題が討論された。
7月25日内幸町プレスセンターホールで「教職員の働き方を考える―学校にも働き方改革の風を」というシンポジウムが開催された(主催 教職員の働き方改革推進プロジェクト、一般社団法人 社会応援ネットワーク 参加・約250人)。
まず教職員の働き方改革推進プロジェクト呼びかけ人代表の樋口修資(のぶもと)さんから基調報告「教員の多忙化の現状と課題について」が発表された。要旨は下記のとおり。
連合総研・教職員の働き方と労働時間の実態に関する調査(2015年12月)によると過労死基準といわれる残業時間月100時間以上(持ち帰り残業時間含む)働く教員は小学校55.1%、中学校79.8%、高等学校46.4%と、いまや過労死基準以上に働くことが学校の「常識」になっている。
週60時間以上労働では小学校72.9%、中学校86.9%に及び、医師、建設業、製造業など他の職業よりかなり長い。
OECD国際教員指導環境調査(2013年)の34か国/地域との比較で日本の教員の勤務時間は断トツに長い。
また文科省教員勤務実態調査(2006年度)で歴史的に比較すると40年前(1966年度)の調査と比べ1か月当たりの残業時間(持ち帰り業務含まず)は8時間から42時間に延び、その10年後の2016年度調査では学内勤務時間が小学校で平日43分、中学校で平日32分増加している。
連合総研調査で、生活満足度が低い教諭は労働時間が長い傾向がある。また管理職が労働時間が加重にならないよう調整している教諭のほうがそうでない教諭より労働時間は短い。
連合総研では、教員の時間外労働に、ペナルティとして割増賃金を支払うのでなく、時間調整(代替休暇)により夏季休業期間などで取得する調整休暇制度を提案している。教員の半数以上がこの制度に肯定的である。
ただ「前提となる時間数把握の方法の明確化」や「調整休暇制の社会的認知・承認」が課題だと感じている。
教員以外に専門スタッフを起用する「チーム学校」という考え方がある。
日本は教員以外のスタッフが教職員総数の18%しかおらず、アメリカ(44%)、イギリス(49%)と比較して著しく少ない。
なおイギリスでは教員は児童や親からおカネを集めなくてよいし、生徒のデータを学校の管理システムに入力しなくてよいし、議事録作成、大量のコピー取り、児童や親への定期的な便りも作成しなくてよいという国家的なアグリーメントがある。
公立学校教員にも地方公務員法や労働基準法が原則として適用されるが、勤務時間規制については給特法による特例措置が定められている。時間外勤務手当はなじまないので、教職調整額(給料月額の4%相当)を一律に支給し、時間外勤務手当、休日勤務手当は不支給とされる。
そして校外実習などの業務、修学旅行などの学校行事の業務など限定4項目以外には時間外勤務を命じられないことになっている。
しかし労働時間記録保存義務はあるのに校長は出退勤時刻の管理を適切に行わず、超勤4項目以外の業務(授業準備・教材研究、生徒指導、部活動など)が膨大となり「自発的、自主的勤務」という建前のため、現実には給特法のもと、長時間勤務が常態化し不払い労働が増大し、法制定趣旨が空洞化し、教員の多忙化が進んでいる。
続いてシンポジウムに移った。まず1人10分程度の意見発表、その後、意見交換、会場からの質問をもとにした討議という手順で進行した。
●神津里季生(こうづ・りきお)さん(日本労働組合総連合会会長)は、「働き方改革実現会議」(2016.9-17.3)の有識者議員のメンバーの1人だった。
この会議では同一労働同一賃金の実現、賃金引上げなど12のテーマを話し合ったが長時間労働の是正で、罰則付きの時間外労働の上限規制を創設できたことは労基法70年の歴史での画期だ。その他一定時間の休息時間の確保、パワハラ防止の強化にもとっかかりをつくることができた。
10回の会議のなかで節目は2月1日の第6回だった。会議の直前に時間外労働の上限の政府方針が100時間といっせいに新聞報道された。
会議もしていないのに100時間はおかしいと主張したところ、「労使でまとめるように」ということになった。そこで経団連などと話し合い3月13日に「月45時間、年360時間」を原則とし(ただしやむをえない場合の特例が4つある)、45時間以上労働したものへの健康・福祉確保措置内容を追加することと36協定締結の様式に「時間外労働削減に向けた労使の自主的な努力規定」を盛り込むことで労使合意を取り交わした。「100時間未満」かどうかより、よほど重要だ。
なおこの上限規制で公立学校教員は適用除外になっている。ただ会議で「教職員は大変な問題を抱えているのだから、ここまで踏み込まないとダメだ」ということは発言した。
●尾木直樹さん(教育評論家/法政大学特任教授)
わたしが教師になったのは1972年、私立の高校だった。もちろん組合があり、団体交渉をすると「こんなに上がってよいのか」と思うくらい給料が上がった。楽しい時代だった。
4年後公立中学の教員になった。ストもあったし時間のこともはっきりしていた。給特法で超勤4項目以外は、校長は超過勤務を命じられなかった。それ以外で勤務するときには全教員の「超勤簿」をつくり毎日退勤時間を記録することになっていた。私用で遅れるときなどに相殺簿で相殺し、毎月の記録を組合の分会長と教頭が管理していた。
教師が「自発的、自主的」に残業するという構えは致命的であり、基本的に違うと思う。
80年代になり、学年主任や教務主任をやるようになると、わたしか教頭が学校でいちばん帰るのが遅くなった。しかしいやではなかった。当時は学校が荒れ狂う『金八先生』の時代だった。家庭訪問をして夜10時過ぎになることもあった。子どもたちと心がつながり、みんな立ち直っていった。これが教師としての喜びだった。
教師にはつながりが大事で、そういうことにどれだけ時間がかかってもいやではなかった。いまの超過勤務と質が違うのではないかと思う。
2020年学習指導要領改訂はいまのままやると必ず失敗する。プログラミング教育、英語と道徳の教科化など新たな業務が加わる。教育は未来への投資なので、教員の定数を増やすべきだ。
●工藤祥子さん(全国過労死を考える家族の会 公務災害担当/神奈川過労死等を考える家族の会代表)
工藤さんは元小学校教諭。公立中学の体育科教諭だった夫を10年前に亡くした。
夫は、転任した新しい中学で生徒指導や校務分掌を18抱え、サッカー部の顧問を務め、朝6時に家を出て早くて21時に帰宅する生活を送っていた。
生徒指導という仕事上、地域との連絡も業務の一環だった。地域祭り、地区懇談会、職業体験の地域挨拶まわり、さらには前任者からの引き継ぎがなく、区役所へ行き住所を調べ手書きで書き写すということまでやっていた。
転任後、土日もなく日をまたいで仕事をすることもあり、生徒との関わりをもつ時間が取れなくなり、だんだん元気をなくしていった。
「担任学年以外の修学旅行の引率はつらい」と今まで言ったことのないことを言った。修学旅行から帰った日から具合が悪くなり、6日後にやっと休みをとって病院に行き、待合室で倒れた。くも膜下出血でその場で心肺停止、5日後に他界した。
転任後2か月で、享年40、子どもは14歳と10歳だった。先月の25日で、他界して10年になった。
その後、公務災害を申請したが「公務外」とされ、4年半後にやっと認定された。自分自身も公務災害認定の闘いと子育てで疲れて入院し、退職せざるをえなかった。そして、過労死を考える家族の会で支援をするようになり4年になる。
夫は一番好きな仕事、天職だと思っていた仕事で、なぜ死ななければならなかったのか。命を削らないとできない仕事なのか。
子どもに「生きる力」をつけたり、学校は人との関わりを学ぶ場所だと思う。そのためには先生は心身ともに余裕を持たないといけない。
給特法のせいで、教師自身も管理職にも時間管理、勤務時間を記録する観念がない。そこに聖職意識が加わり長時間労働が増える。教師は聖職であっても、聖職者ではなく労働者であることを考えないといけない。
現場の先生方は労基法、過労死防止対策等推進法、文科省の「学校現場における業務の適正化に向けて」の通知をほぼ知らない状態になっている。国レベルで周知する体制づくりをすべきだ。
●馳浩さん(衆議院議員/前文部科学大臣)
馳さんは石川県の星陵高校で国語の教員を務め、プロレスラーになったのち政治家に転身した。
先日の骨太方針のときに、「教師の長時間勤務の是正に向けた緊急提言」を提出し、来年度の予算編成に活用しようとしている。
これは「ICT等を活用した厳格な勤務時間管理や業務の効率化を促すとともに、調査業務など学校業務を精選する」「事務職員や主幹教諭の配置を拡充し、副校長・教頭のサポート体制を充実するなどマネジメント体制を強化するとともに、部活動指導員や業務アシスタントなどの外部人材の一層の充実、学校運営協議会や地域学校協働活動の積極的な推進を通じ、チーム学校を実現する」など4つのポイントを示したものだ。中長期的な対策が必要だという認識をもっている。
このあとの意見交換、フロア(参加者)からの質問をもとにした討議では、多忙化の背景、献身的教師像、多忙化の解消策、部活、教員の本来的業務、出退勤管理の記録義務付け、次期学習指導要領による一層の業務多忙、「チーム学校」による非常勤教員の激増、給特法の改善方策、部活指導について、など多くの論点が議論された。
そのなかから部活についての討論を紹介する。
尾木:部活はブラックになっているのでやめたほうがよい。教育を破壊しているような側面もある。もちろん子どもが感動し成長するし、教師にとってもやりがいになる。しかしそれは本来、授業や学級活動、生徒指導のなかでやるべきことだ。それを部活に逃げている教員がいる。部活をこんなにやっている国は、アジアを中心に、中国、台湾、日本、フィリピンなど5か国しかない。やりすぎはよくない。日本の中学をダメにしている。
馳:中体連、高体連、高野連の硬直した運営方針が横並び主義やがんじがらめに競技性を追求したのでこういう現状に至っている。本来の教育への弊害ともなっている。
これを打破するには、場所や施設は学校が提供するが、運営はNPOなどに分離して総合型地域スポーツ・文化クラブという位置づけにしたほうがよい。これは制度改正を要するので、地域スポーツ振興や生涯スポーツ振興の法案づくりに取り組んでいる。コペルニクス的転換となるはずだ。
また複数スポーツをやるのもよいと思う。たとえば季節や曜日により、テニス、ダンス、バスケをやるというようなことだ。いまは中体連がチーム編成などでがんじからめにしているので、燃尽き症候群やスポーツぎらいを作っている面もある。
神津:部活の問題は社会全体でやっていくしかない。
工藤:部活顧問を教員の9割が引き受けている。強制に近いがそれはよくない。やりすぎは生徒にも教師にもよくない。家庭の時間がなくなりワークライフバランスを崩す。また夫は体育教師で「やりたい派」だったが、自分の専門でない種目はキツい思いをしていた。サッカーはやったことがなかったので3~4年教室に通っていた。また保護者の「勝ってほしい」とか「日曜の試合を見に来てほしい」という要求も多忙に拍車をかける。
部活については、7月29日の「ニュース深読み」でも取り上げていた。部活問題対策プロジェクトの問題提起に触発された特集で、部活がブラック化し、先生も生徒もつらくなり、教師の家族の間でも「部活未亡人」という言葉が一般化している。解消するには選択肢を設けるべきだ、というものだった。
その他、わたくしが注目した発言をいくつかピックアップする。
●受持ち時間数の上限規制
馳:32年前教員になったとき月から金の5日で、古文、漢文、現代文、テスト対策など週20コマ受け持ったが結構きつかった。ひとつの上限の目安は週18時間だと思う。それを超える分は外部の専科教員に対応してもらう方法がある。
尾木:中国では第三次教育改革で上限14時間、教科主任や生徒指導担当は8時間だ。ただ問題集はすべて手作りプリントだ。生徒にツケが回る軽減はよくない。
持ち時間数減か教員の定数増をする、あるいは複数担任制にしている国もある。そうすれば保護者の理解も得られるのではないかと思う。
●次期学習指導要領による一層の業務多忙
尾木:2020年学習指導要領は理念は正しくても現場の体制が整っていない。きちんと準備しないと間に合わなくなり、時間も内容もパンクする結果となるだろう。道徳教育の評価ではもう弊害が出始めている。子どもは演技する。わざとゴミをひろわず、悪い子を演じる女生徒がいる。良いほうを演じるならまだしも、悪い子を演じる、こういう複雑な心境に子どもたちを追い込むべきではないと思う。そもそものねらいと違うかたちになるのではないかと思う。
●非常勤教員の激増
スクールカウンセラー、部活動支援員、学習支援指導員などチーム学校のスタッフは非常勤職員のるつぼだ。
また校務分掌は正規教員で回すことが多いので、非常勤が増えると負担が増える(というファシリテーター・樋口さんの意見に対し)。
尾木:かつて非常勤教員がいるのは広島、愛知、埼玉など4県しかなかった。校務分掌のかけもちが増えると多忙になるだけでなく、責任が伴わなくなる。したがってやるべきではない。
馳:プロレスラーになることが決まり、2年目から非常勤に回された。その途端机は隅に追いやられ、それまで回ってきた書類も回ってこない。つらい思いをすることを実感した。
「チーム学校」をやっていくうえで、モチベーション維持をどうするか、校長が悩むことになるだろう。また、たとえばスクールカウンセラーが子どものほうではなく、教委ばかり見ているということのないよう、生活の安定も保ってやらないといけない。
最後にファシリテーターの樋口さん(明星大学教授)が「教員の多忙化問題に、声をもっと大きくして、定数充足、支援スタッフの配置拡充、業務の精選を実効あるかたちで見直し、中長期的な課題としては給特法のあり方を見直し、教員のワークライフバランスを実現する方向で、皆さまのお知恵をお借りし、われわれのプロジェクトは解決に向け積極的に取り組んでいきたい」とシンポジウムをしめくくった。
過労死ラインまできている教員の多忙化問題は、定数の問題、給特法や校内の管理体制の問題、部活顧問の問題、教師や保護者の意識の問題が絡まっている、また切迫した問題として次期学習指導要領への取り組みがあることを理解できた。国会と文科省は真剣に、しかも迅速に対応すべきである。
解決には、それこそ「政労使」の知恵の出し合い、そして保護者も含めた国民的議論が必要である。
『多面体F』(2017年08月01日)
http://blog.goo.ne.jp/polyhedron-f/e/2d510e12e55d02279520ac5f668f5bec
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