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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

若い教員の突然死

2010年04月20日 | 暴走する都教委
 ◆ 東京の教職員現場の過酷さ
   若い教員の急死で見えてくる多忙化


 この2009年4月、夢と希望をもって着任した27歳の男性が、その年の10月5日早朝に亡くなりました。死因は解剖の結果「糖尿病による昏睡症」と管理職から話がありました。
 さて、彼が既往症をもっていることをそれほど多くの職員は知りませんでした(当然、管理職は把握していました)。日常的にインシュリンを投与していることさえ私は知りませんでした。
 彼の亡くなる数日前の様子を聞いてみると、金曜日に社会科見学が実施されたようです。したがって、その数日前は準備に追われていたでしょう。当日は、3年生の担任として市内巡りを子どもたちと行い、社会科見学終了後も学年会のため夜9時過ぎまでかかり、職場を出たのは10時過ぎだったようです。
 週末は若い仲間たちと過ごすことが多く、この日も12時ぐらいまで仲間と一緒にいたようです。その後ブログの書き込みを終え、3時頃帰宅したのではないかと見られています。
 土曜日は体調が優れなかったようです。そして、日曜日の早朝には救急車を自分で呼んでかかりつけの病院で点滴をうってもらったようです。実は体調を崩したのは今回ばかりでなく5月の連休にも同じようなことがあり、その時も点滴をうって事なきを得たと別の職員から後になって聞かされました。
 ところが今回は入院を勧められたとしても、亡くなった月曜日には授業参観・保護者会を控え、水曜日には研究授業が控えていたため、入院どころではなかったのでしょう。体調が思うようにならないまま、日曜日の夕方には同僚に相談の電話をかけたようです。同学年の方は、心配して飲み物や軽食を持ってアパートまで駆けつけました。そして、その夜のうちに教頭に翌日の休暇の願いを連絡したようです。
 月曜日になって同僚は何度となく電話で連絡をしましたが返事がなく、心配した同僚たちと校長でアパートを訪れた時には、時すでに遅く、亡くなっていたのです。
 慢性疾患があるからこそ、健康に十分注意しており、自分で病院まで行ったのでしょうが、つい無理をしてしまう(させてしまう環境)現実が今の学校現場にあります。赴任してからの退勤時刻が、夜の8時、9時が当たり前の毎日。想像するに、若いからこそ「疲れた」「つらい」と言えなかったのではないでしょうか。
 今、学校現場は本当に多忙化が進み、毎日毎日サービス残業が当たり前になっています。
 若い教員にとっては土・日のいずれかは出勤するなんて当たり前になっています。管理職は彼の死後、職員会議で週に一度ぐらいは定時に帰れるようにという話をしました。実にふざけた話です。
 現実の学校は「休憩時間」さえとることができない職場です。彼の御両親は問題にしませんでしたが、過労死と言ってもおかしくない働き方であったと考えます。
 これから私たちは、既往症を持っている職員がいても、明るく元気に働ける職場にしなくてはいけないと考えます。
 (アイム'89 北原良昌)

 『ほっととーく 88』(2010/4/10)より
 「良心・表現の自由を!」声をあげる市民の会
 〒176-0012 練馬区豊玉北5-17-7-303 サポートねりまねりま全労協気付
 郵便振替:00140-6-517545 加入者名:声をあげる市民の会

 『労働情報』(2010/3/15 787号)より転載

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1 コメント

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Unknown (けちゃ(糖尿病と昏睡))
2010-07-16 15:18:42
こんにちは。
糖尿病は疲労やストレスにより急激に悪化してしまうこともありますから、余裕のない職場・仕事ではかなり危険。
また、病気がある人はやはり同僚に知っておいてもわう必要もありますね。回りの人の助けもとても重要だと思います。
あまり病気を知られたくない、という思いもあるかもしれませんが、命に関わる病気なら、助けをかりることは、恥ずかしいことではないはずですから。
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