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2005年11月12日(土曜日) 川柳
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今日はK君より電話があった。二十年ほど前の卒業であるからもう四十歳に近いことであろう。そういえば最初のクラスの子はもう五十歳半ばである。
友人のTは墨田区のA小学校に三十年以上も勤めていたから生徒の子供が入学して来たと言っていた。孫までは来なかったと思うが。
ところでK君、相変わらずに率直にものを言う。要するにもっと全力で物事に取り組めとの説教である。担任をしていたクラスの子に年月を経て説教されるのも妙なものである。この日記が不完全燃焼であるから、しっかり書けと怒られた。
「最近はたった一行しか書いてねえじゃねえか」
「ありゃ、なんだ川柳というやつか」
「しっかり、思っていること書かんかい」と怒られたのだ。
彼は高校を卒業後、転々としてたようだ。その挙句か結果か、仏門に入って僧侶となったらしい。
僧名というのか名前まで持っている。たいしたものだ。今は巷にいてなにやら忙しく稼いでいるのか、ぼおっとしているのか正体不明である。
川柳と言われて、あれは短歌だよという自信が一瞬にして消えうせてしまった。仏僧から見れば、ありゃ川柳だ。
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2005年11月13日(日曜日) 「切断」
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川村壽子氏の「切断」という短編を読んだ。1988年の「労働文学賞」佳作作品である。
零細な印刷屋の主婦兼自営業者としての切迫した生活と労働を描いたものである。女の子4人を育てながら納期に追われてまともに寝る時間もない一人の女性の物語である。
「・・・このまま続けていかれるのかな」
「続けていけるとか行かれないという判断ができる立場じゃないってことよ。続けていくしか生きていけないんじゃない」
この夫妻の会話はこの十五年、日本の津々浦々で交わされた零細自営業者の悲痛な叫びであり、今日もまた止むことはない叫びである。
主人公はその叫びを静かに決然として夫に言う。強い女性である。
しかし、表題「切断」、状況・印刷とあれば恐ろしい結果が予測される。
私も昔、同じ常盤台で夜間の印刷のバイトをしていたことがあった。後から私の紹介で入った四国のM君が指先を切断して二人とも首になった。
「・・・状況がわからないのだ。それでも自分の顔が横向きのまま何かにピタッとくっついて・・・冷たい。ねっとりしている。あ、インクローラーなのだ。・・・長い髪をしっかりからめとって・・・」
労働現場はいつの時代にあっても恐ろしい。緊張感に満ちた短編の名作である。
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2005年11月14日(月曜日) 飄然
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「「朝日ジャーナル」は1986年暮れ、霊感商法追求キャンペーンを始めた。前年に同誌が原理運動を取り上げた際には、東京本社に1週間で4万6千本の抗議電話がかかってきた。今度は同誌の編集部員のF氏の自宅に嫌がらせ電話が1日百数十本かかった。」
これは2003年3月8日の当時を振り返っての東京新聞の記事である。
そのF氏が私の前に現れた。この5月、「統制の足音」という連載記事の取材であった。5月に載せるというのは、1987年5月3日の阪神支局襲撃事件を忘れないためである。
話しているとひょんなことから同じ高校の出身だと分った。「なんじゃい、後輩じゃねえか」「ありゃまあ・・」といった具合である。
この先輩、後輩という観念は年寄りが威張りたいために作ったものであろう。年取ったら「齢・・歳」しか自慢できるものがない。情けない話である。
この前、集会で「私は今、64歳、ファシズムの時代を4年経験した」と言ったら、皆怪訝な顔をしていた。
ところで気安さのあまりつい帰りがけに悪いことを言ってしまった。「あんたのせいで撃たれたんだよ」F氏の表情に翳が走ったように見えた。言うべきことではなかった。覚悟のある人と見えて飄然と去っていった。
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2005年11月15日(火曜日) ブラザーフッド
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11月15日は、横田めぐみさんが攫われた日である。1977年のことである。
人生には多くの陥穽と地雷が待ち受けている。落ち込むこともなく心身が破壊されることもなく生涯を全うする人は幸せである。自ら招いたわけでもなく叩き込まれた人は不幸である。この悲劇的な日に挙式する人も世の中にはいる。
21世紀をこの世で迎えた人の多くはあの世界大戦を生き延びた人々の末裔である。広島でなく東京に原爆が落とされていたら多くの人の人生が様相を異としていたことであろう。
朝鮮戦争がなかったとしたら、横田めぐみさん拉致もなかったことであろう。詮無いことではあるがもしもあの時というのはいつまでも付いて廻る。当時の級友が、「あの道の角まで一緒に行っていたら」と言うのは哀しい回想である。
スターリンの決断によって何百万もの人々が死傷する。三年余半島はローラーのように行ったり来たりして蹂躙されほぼ元の境界線で膠着した。何の為の戦争であり何の為に人々は犠牲となったのか。その悲惨さの追憶ゆえに辛うじて現在の休戦状態がある。
独裁者を生んではならない。ためには戦うしかない。となると戦いの絶える時はない。
朝鮮戦争の映画「ブラザーフッド」は、この戦争の愚劣さと不条理を余すところなく描き切った傑作である。
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2005年11月16日(水曜日) 天空
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海のよな 秋天空を 誘えしも 老いたる心 招かざりしか
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2005年11月17日(木曜日) 銀杏
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時来れば 銀杏は激しく 装えり 黄なる色こそ 魂の色
--------------------------------------------------------------------------------2005年11月18日(金曜日) 柿
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柿色に 野は一色に 染まりたり
2005年11月12日(土曜日) 川柳
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今日はK君より電話があった。二十年ほど前の卒業であるからもう四十歳に近いことであろう。そういえば最初のクラスの子はもう五十歳半ばである。
友人のTは墨田区のA小学校に三十年以上も勤めていたから生徒の子供が入学して来たと言っていた。孫までは来なかったと思うが。
ところでK君、相変わらずに率直にものを言う。要するにもっと全力で物事に取り組めとの説教である。担任をしていたクラスの子に年月を経て説教されるのも妙なものである。この日記が不完全燃焼であるから、しっかり書けと怒られた。
「最近はたった一行しか書いてねえじゃねえか」
「ありゃ、なんだ川柳というやつか」
「しっかり、思っていること書かんかい」と怒られたのだ。
彼は高校を卒業後、転々としてたようだ。その挙句か結果か、仏門に入って僧侶となったらしい。
僧名というのか名前まで持っている。たいしたものだ。今は巷にいてなにやら忙しく稼いでいるのか、ぼおっとしているのか正体不明である。
川柳と言われて、あれは短歌だよという自信が一瞬にして消えうせてしまった。仏僧から見れば、ありゃ川柳だ。
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2005年11月13日(日曜日) 「切断」
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川村壽子氏の「切断」という短編を読んだ。1988年の「労働文学賞」佳作作品である。
零細な印刷屋の主婦兼自営業者としての切迫した生活と労働を描いたものである。女の子4人を育てながら納期に追われてまともに寝る時間もない一人の女性の物語である。
「・・・このまま続けていかれるのかな」
「続けていけるとか行かれないという判断ができる立場じゃないってことよ。続けていくしか生きていけないんじゃない」
この夫妻の会話はこの十五年、日本の津々浦々で交わされた零細自営業者の悲痛な叫びであり、今日もまた止むことはない叫びである。
主人公はその叫びを静かに決然として夫に言う。強い女性である。
しかし、表題「切断」、状況・印刷とあれば恐ろしい結果が予測される。
私も昔、同じ常盤台で夜間の印刷のバイトをしていたことがあった。後から私の紹介で入った四国のM君が指先を切断して二人とも首になった。
「・・・状況がわからないのだ。それでも自分の顔が横向きのまま何かにピタッとくっついて・・・冷たい。ねっとりしている。あ、インクローラーなのだ。・・・長い髪をしっかりからめとって・・・」
労働現場はいつの時代にあっても恐ろしい。緊張感に満ちた短編の名作である。
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2005年11月14日(月曜日) 飄然
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「「朝日ジャーナル」は1986年暮れ、霊感商法追求キャンペーンを始めた。前年に同誌が原理運動を取り上げた際には、東京本社に1週間で4万6千本の抗議電話がかかってきた。今度は同誌の編集部員のF氏の自宅に嫌がらせ電話が1日百数十本かかった。」
これは2003年3月8日の当時を振り返っての東京新聞の記事である。
そのF氏が私の前に現れた。この5月、「統制の足音」という連載記事の取材であった。5月に載せるというのは、1987年5月3日の阪神支局襲撃事件を忘れないためである。
話しているとひょんなことから同じ高校の出身だと分った。「なんじゃい、後輩じゃねえか」「ありゃまあ・・」といった具合である。
この先輩、後輩という観念は年寄りが威張りたいために作ったものであろう。年取ったら「齢・・歳」しか自慢できるものがない。情けない話である。
この前、集会で「私は今、64歳、ファシズムの時代を4年経験した」と言ったら、皆怪訝な顔をしていた。
ところで気安さのあまりつい帰りがけに悪いことを言ってしまった。「あんたのせいで撃たれたんだよ」F氏の表情に翳が走ったように見えた。言うべきことではなかった。覚悟のある人と見えて飄然と去っていった。
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2005年11月15日(火曜日) ブラザーフッド
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11月15日は、横田めぐみさんが攫われた日である。1977年のことである。
人生には多くの陥穽と地雷が待ち受けている。落ち込むこともなく心身が破壊されることもなく生涯を全うする人は幸せである。自ら招いたわけでもなく叩き込まれた人は不幸である。この悲劇的な日に挙式する人も世の中にはいる。
21世紀をこの世で迎えた人の多くはあの世界大戦を生き延びた人々の末裔である。広島でなく東京に原爆が落とされていたら多くの人の人生が様相を異としていたことであろう。
朝鮮戦争がなかったとしたら、横田めぐみさん拉致もなかったことであろう。詮無いことではあるがもしもあの時というのはいつまでも付いて廻る。当時の級友が、「あの道の角まで一緒に行っていたら」と言うのは哀しい回想である。
スターリンの決断によって何百万もの人々が死傷する。三年余半島はローラーのように行ったり来たりして蹂躙されほぼ元の境界線で膠着した。何の為の戦争であり何の為に人々は犠牲となったのか。その悲惨さの追憶ゆえに辛うじて現在の休戦状態がある。
独裁者を生んではならない。ためには戦うしかない。となると戦いの絶える時はない。
朝鮮戦争の映画「ブラザーフッド」は、この戦争の愚劣さと不条理を余すところなく描き切った傑作である。
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2005年11月16日(水曜日) 天空
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海のよな 秋天空を 誘えしも 老いたる心 招かざりしか
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2005年11月17日(木曜日) 銀杏
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時来れば 銀杏は激しく 装えり 黄なる色こそ 魂の色
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柿色に 野は一色に 染まりたり
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