《月刊救援:人権とメディア 浅野健一》
◆ 大阪放火で見逃される精神医療の貧困
タリバンが権力を掌握したアフガニスタンで昨年九月一七日、「勧善懲悪省」が復活した。宗教警察が「反イスラム的」とみなした行為を取り締まるのが主な任務で、一九九六~二〇〇一年の旧タリバン政権下では、勧善懲悪省の職員が規則を破る者をその場で棍棒や鞭で叩いたりした。
日本政府には勧善懲悪省はないが、無罪を推定される権利を持つ被疑者に、社会的制裁(私刑)を日常的に加えているのが、警察とキシャクラブ(日本にしかない「記者クラブ」は海外にある press club との混同を避けるため kisha club と英訳される)である。
昨年一二月一七日、大阪市北区の「堂島北ビル」四階の「西梅田こころとからだのクリニック」(西沢弘太郎院長)で火災が発生、二五人が死亡する惨事があったが、メディアは大阪府警が放火殺人の「実行犯」と断定した患者の男性(入院中の病院で三〇日に死
)を激しく叩いている。
男性を「悪」として懲らしめ、西沢院長ら犠牲者を「善」として美化する典型的な勧善懲悪型報道である。
日本の報道界は、捜査当局が逮捕したと記者クラブで広報(「公表」ではなく、クラブ加盟社限定の便宜供与)した後に実名報道するという原則を持っている。
この事件で、府警が府警記者クラブに対し、男性患者の氏名、住所、年齢などを府警記者クラブに広報し、報道各社が一斉に男性を「◇◇◆◆容疑者(61)」と実名報道しているのは異例だ。
府警は犠牲者の氏名を記者クラブで広報する際、「遺族は匿名を希望している」と付記しているのに、報道各社は二五人全員の実名を載せた。この点については、「創」二月号に書いたので参照してほしい。
私は大阪府警広報課に
①男性と犠牲者の実名を広報した際の報道資料の開示を
②京都府警は京アニ事件で、遺族に「報道機関の実名報道を了承するか」
を尋ねたが、府警は同様の確認作業を行っているか!などを聞いた。
木田勝広報課長は二八日、「所管課の捜査一課長に確認したが、回答は控えるということだった」と電話があった。府警は記者クラブ以外には対応しないというのだ。
クラブでの広報が「公表」ではないことを自白している。
この事件では、ペンシルビルの約九〇平米の施設で、約八百人の患者が通院する精神科医療が行われているという実態が明らかになったが、クリニックの医療を問題にしたのは、映画監督の村西とおる氏だけだ。
村西氏は一九日にツイッターで、〈行けば僅か数分の診察で「とりあえず軽いお薬を出しておきましょう」となりて薬漬けの人生のはじまり、気がつけば立派なジャンキーに仕立てられ、睡眠薬や抗うつ剤を手放せず。本日も精神科の待ち合い室は調剤薬局と化して、お日柄もよろしく大入満員」〉と発信。
このツイートに激しい非難があったが、二一日にも〈患者の顔をロクに見もせずにパソコンとにらめっこの心療内科がいかに多いことか。これに警鐘を鳴らしたら「通報します」の雨霰〉などと投稿した。
『うつに非ず うつ病の真実と精神医療の罪』の著者、野田正彰・元関西学院大学教授(精神医学)は二五日、私の取材に「私は村西さんの作品に興味はないが、彼の言っていることはそのとおりで、立派な方だ」と述べた。
野田氏は「典型的な精神科クリニックの問題が出た事件だ。一方で収容所的な精神病院が変わらないままで、二八万人の患者が入院されっぱなしのままで、それを改善しないで、傍らに、全国に何万という『心のクリニック』がつくられて、外来で薬漬けになっていて、その延長にリワークがあるという象徴的な事件だ」と強調した。
「容疑者」にされている男性については「精神医療の被害者だと思う。真面目に働いていた人が、何らかのことで調子がくるって精神科に行って、薬漬けで止まらないような状態になってきて、何か大きな問題点があって、許せないと思うようになったのではないか」と指摘した。
「本来、精神科クリニックと言わなければいけないのに、心療内科とか言っている。西沢医師はもと内科医らしい。精神科の治療は、患者さんの内面に入り、どんな生活をしているかをきちんと聞いて、それに対して一緒に考えることだが、こういうクリニックの精神科医たちは、そういう訓練を全然していないと思われる」
野田氏はまた、「ほとんどの『こころのクリニック』では、米国精神医学会が作った診断シートを使い、パソコンで、睡眠はとれているか、食欲はあるかなど一〇項目の質問で○が七つあると、いい加減にうつ病だと診断し、同時に、薬漬けにしている」と話した。
「マスコミは被害者の側に立ち、特にドクターを美談にしている。男性の意識がはっきりしてくるまでにかなり時間がかかると思うので、その時に、彼がどういう思いでいたかが出てきても、その時には、もう新しい事件が起きているから、もう忘れられていて、このクリニックが素晴らしいことをやっていたという話だけが定着していくと思う」
野田氏は「ジャーナリズムは、きちんと、こうした『心のクリニック』がいんちきな診断で、向精神薬などを多剤投与している実態を報道すべきだ。だけど、このことを私が言うような視点で書いたらものすごい攻撃を受けると思う」と語った。
『月刊救援 633号』(2022年1月10日)
◆ 大阪放火で見逃される精神医療の貧困
タリバンが権力を掌握したアフガニスタンで昨年九月一七日、「勧善懲悪省」が復活した。宗教警察が「反イスラム的」とみなした行為を取り締まるのが主な任務で、一九九六~二〇〇一年の旧タリバン政権下では、勧善懲悪省の職員が規則を破る者をその場で棍棒や鞭で叩いたりした。
日本政府には勧善懲悪省はないが、無罪を推定される権利を持つ被疑者に、社会的制裁(私刑)を日常的に加えているのが、警察とキシャクラブ(日本にしかない「記者クラブ」は海外にある press club との混同を避けるため kisha club と英訳される)である。
昨年一二月一七日、大阪市北区の「堂島北ビル」四階の「西梅田こころとからだのクリニック」(西沢弘太郎院長)で火災が発生、二五人が死亡する惨事があったが、メディアは大阪府警が放火殺人の「実行犯」と断定した患者の男性(入院中の病院で三〇日に死
)を激しく叩いている。
男性を「悪」として懲らしめ、西沢院長ら犠牲者を「善」として美化する典型的な勧善懲悪型報道である。
日本の報道界は、捜査当局が逮捕したと記者クラブで広報(「公表」ではなく、クラブ加盟社限定の便宜供与)した後に実名報道するという原則を持っている。
この事件で、府警が府警記者クラブに対し、男性患者の氏名、住所、年齢などを府警記者クラブに広報し、報道各社が一斉に男性を「◇◇◆◆容疑者(61)」と実名報道しているのは異例だ。
府警は犠牲者の氏名を記者クラブで広報する際、「遺族は匿名を希望している」と付記しているのに、報道各社は二五人全員の実名を載せた。この点については、「創」二月号に書いたので参照してほしい。
私は大阪府警広報課に
①男性と犠牲者の実名を広報した際の報道資料の開示を
②京都府警は京アニ事件で、遺族に「報道機関の実名報道を了承するか」
を尋ねたが、府警は同様の確認作業を行っているか!などを聞いた。
木田勝広報課長は二八日、「所管課の捜査一課長に確認したが、回答は控えるということだった」と電話があった。府警は記者クラブ以外には対応しないというのだ。
クラブでの広報が「公表」ではないことを自白している。
この事件では、ペンシルビルの約九〇平米の施設で、約八百人の患者が通院する精神科医療が行われているという実態が明らかになったが、クリニックの医療を問題にしたのは、映画監督の村西とおる氏だけだ。
村西氏は一九日にツイッターで、〈行けば僅か数分の診察で「とりあえず軽いお薬を出しておきましょう」となりて薬漬けの人生のはじまり、気がつけば立派なジャンキーに仕立てられ、睡眠薬や抗うつ剤を手放せず。本日も精神科の待ち合い室は調剤薬局と化して、お日柄もよろしく大入満員」〉と発信。
このツイートに激しい非難があったが、二一日にも〈患者の顔をロクに見もせずにパソコンとにらめっこの心療内科がいかに多いことか。これに警鐘を鳴らしたら「通報します」の雨霰〉などと投稿した。
『うつに非ず うつ病の真実と精神医療の罪』の著者、野田正彰・元関西学院大学教授(精神医学)は二五日、私の取材に「私は村西さんの作品に興味はないが、彼の言っていることはそのとおりで、立派な方だ」と述べた。
野田氏は「典型的な精神科クリニックの問題が出た事件だ。一方で収容所的な精神病院が変わらないままで、二八万人の患者が入院されっぱなしのままで、それを改善しないで、傍らに、全国に何万という『心のクリニック』がつくられて、外来で薬漬けになっていて、その延長にリワークがあるという象徴的な事件だ」と強調した。
「容疑者」にされている男性については「精神医療の被害者だと思う。真面目に働いていた人が、何らかのことで調子がくるって精神科に行って、薬漬けで止まらないような状態になってきて、何か大きな問題点があって、許せないと思うようになったのではないか」と指摘した。
「本来、精神科クリニックと言わなければいけないのに、心療内科とか言っている。西沢医師はもと内科医らしい。精神科の治療は、患者さんの内面に入り、どんな生活をしているかをきちんと聞いて、それに対して一緒に考えることだが、こういうクリニックの精神科医たちは、そういう訓練を全然していないと思われる」
野田氏はまた、「ほとんどの『こころのクリニック』では、米国精神医学会が作った診断シートを使い、パソコンで、睡眠はとれているか、食欲はあるかなど一〇項目の質問で○が七つあると、いい加減にうつ病だと診断し、同時に、薬漬けにしている」と話した。
「マスコミは被害者の側に立ち、特にドクターを美談にしている。男性の意識がはっきりしてくるまでにかなり時間がかかると思うので、その時に、彼がどういう思いでいたかが出てきても、その時には、もう新しい事件が起きているから、もう忘れられていて、このクリニックが素晴らしいことをやっていたという話だけが定着していくと思う」
野田氏は「ジャーナリズムは、きちんと、こうした『心のクリニック』がいんちきな診断で、向精神薬などを多剤投与している実態を報道すべきだ。だけど、このことを私が言うような視点で書いたらものすごい攻撃を受けると思う」と語った。
『月刊救援 633号』(2022年1月10日)
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