2012年12月7日
● 道路公団民営化と高速道路の維持管理コストの大幅削減を主張したのは誰か
猪瀬意見には利用者の生命と安全への配慮がない
十分な検討抜きの維持管理費30%以上を削減せよ
猪瀬意見には利用者の生命と安全への配慮がない
十分な検討抜きの維持管理費30%以上を削減せよ
海渡 雄一(弁護士)
はじめに
笹子トンネルの天井崩落事故の原因は、業務要領に定められた打音検査が、省略されていたためとの推測が強まっている。
道路公団が民営化される前には実施されていたこの打音検査が、民営化がなされた2005年の検査以降省略されたことが明らかになった。
打音検査が省略されるに至った経過と民営化との関連性、民営化の前後で道路の安全性に関する投資がどのように変化したのかなどを検証し、事故原因と民営化との関連の有無を明らかにする必要がある。
1 道路関係四公団民営化推進委員会
道路関係四公団民営化推進委員会は、かつて存在した道路関係四公団の民営化を検討する機関である。
道路関係四公団民営化推進委員会は、「特殊法人等整理合理化計画」(平成13年12月19日閣議決定)に基づいて、日本道路公団、首都高速道路公団、阪神高速道路公団及び本州四国連絡橋公団に代わる民営化を前提とした新たな組織及びその採算性の確保について一体的に検討するため、2002年(平成14年)に道路関係四公団民営化推進委員会設置法により、内閣府に設置された。
2002年(平成14年)12月6日に多数決による審議結果として意見書を内閣総理大臣に提出した。2005年(平成17年)9月30日に廃止された。
委員は、内閣総理大臣が直接任命した。
今井敬(委員長)(途中委員長職辞任・欠席) - 新日本製鐵相談役名誉会長、元社長。第9代経済団体連合会会長
中村英夫(途中から欠席) - 武蔵工業大学(現東京都市大学)学長
松田昌士(途中辞任) - 東日本旅客鉄道(JR東日本)元社長・会長
田中一昭(委員長代理)(途中辞任) - 政治学者
大宅映子 - ジャーナリスト・評論家
猪瀬直樹 - ノンフィクション作家・評論家
川本裕子(途中から欠席) - 早稲田大学教授、マッキンゼー・アンド・カンパニー出身
笹子トンネルの2000年の検査では打音検査が実施されていたが、2005年の検査では打音検査が省略されたという。この間の期間がこの委員会の活動していた時期と言うこととなる。この委員会で高速道路の維持管理に関してどのようなことが議論されていたのだろうか。
2 2002年11月30日34回委員会に提出された猪瀬意見
この期間に民営化を強く推進した猪瀬直樹委員が、委員会の議論の終盤である2002年(平成14年)11月30日(土)13:00~17:10に開催された第三十四回委員会で、提案したペーパーがある。道路関係四公団民営化推進委員会議事録に全文が採録されている。
松田委員が作成した報告書案の空欄となっていた部分を、補充するためのもので、「11.ファミリー企業の改革」「13.コスト削減等」「15.民営化に向けて直ちに取り組むべき措置」などと標題がつけられている文書のパッケージとなっている。主要部分を引用してみる。
「(改革の方針)
これまで、道路本体事業における維持補修等の管理コストにかかる外注業務に関して外注元と外注先との利益が一致している場合、外注元の利益が外注先の利益よりも優先されるとは限らず、必要以上に高い外注費が支払われ外注先に不当に利益が蓄積される傾向にあることが本委員会の調査等により明らかになった。
よって、ファミリー企業の改革は、外注先の選定を厳正な競争条件を確保した上で行い、市場競争原理によってファミリー企業の淘汰・再編が図られることを基本とする。
(1)各公団は、高コスト体質の原因であるファミリー企業との不公正な癒着構造をただちに解消する。来年度以降、各公団はOB受け入れを通じて人的つながりの強い企業とは取引関係を極力もたないこととする。
(2)ただし、子会社等への外注およびインハウス化がより合理的であると会社が判断する場合はそれを妨げるものではない。子会社化等を行う場合には、「ファミリー企業」に対する国民の厳しい批判及び特殊法人改革の趣旨、現在の四公団の組織・人員規模のスリム化の必要性を踏まえ、厳正に行う。
(3)新会社は、道路本体事業にかかる原価を最小にすることで通行料金の低減化を図り利用者の利益を守る公益的な使命を担っている。このため道路本体事業にかかる維持補修等の管理コストは徹底した合理化を行い削減することが求められる。外注費を最小限に抑えるためには、新会社は、子会社・関連会社、ファミリー企業ではなく新会社と利益相反する会社に対して外注業務を発注することを基本とする。
(4) 関連事業等
道路本体事業以外の関連事業や新規事業については新会社が積極的に展開することが望ましい。国は必要な規制緩和等を、新会社発足までの移行期間にただちに実施する。
(5) 関連事業部門の子会社化
道路本体事業との区分経理を明確に行う観点から、主たる関連事業等は新会社の子会社において行うことが望ましい。このために必要な諸手続きを新会社発足までの移行期間に速やかに実施する。
(6) 関連公益法人の取扱い
主たる関連事業である道路サービス施設の建設・管理運営を担当する財団法人については、収益事業部門を株式会社化する。財団法人は所有するパーキングエリア等における建物等を現物出資して、財団法人が全株式を所有する子会社を設立する。財団法人は全株式を各公団に寄付し、新会社が発足時にその全株式を承継する。当該財団法人の収益事業部門の子会社化および各公団への全株式の寄付については、民営化までに早期に公団の責任において行う。
(7) 関連事業の収益の取扱い
関連事業の収益は会社の経営努力で得られたものであり、その利益処分については、新会社の経営判断で行うものであり、貸付料への反映、建設費への義務的な拠出、通行料金の引き下げへの強制などの形で利益処分に国が関与することは会社の自立性を阻害するため、これを禁じる。」
「13.コスト削減」
「(1)管理コストの削減
新会社は、四公団が平成14年度内に作成する役員退職金の廃止・見直しを含む総額人件費抑制計画を盛り込んだコスト削減計画を踏まえ、自らの経営判断により、人件費を含む一般管理費及び維持管理費について更に踏み込んだコスト削減計画を作成し、公表する。
(2)維持管理に係るコスト削減
民営化当初に設定する新会社の維持管理に要する費用(人件費等の一般管理費を含む。以下同じ。)は、具体的な業務の必要性に立ち返って徹底的に見直す。現在の四公団の維持管理に要する費用の合計額から概ね3割以上の縮減を目指す。新会社は上記のコスト削減計画に基づき、維持管理に要する費用の更なる削減を行うものとする。
(3)料金収受のオートメーション化
維持管理費用の大幅削減や多様な料金体系の実現を図るため、料金所のオートメーション化により無人化を早急に進める。ETC化については、車載器が高額であること、その使用に伴う割引等利用者メリットの付与が極めて不十分であることのほか、料金所のETC化も大幅に遅れる等、普及策が不適切であった。ETC化またはより適切な、利用者の立場に立った新たな料金収受システムの構築を図る。
(4)外注業務の取扱い
新会社の維持・管理業務の外注業務については、具体的な業務の必要性そのものを厳しく見直し、どうしても必要とされる業務のみを選別する。その上で発注を必要とするものについては、遅くとも2003年1月までに競争入札におけるファミリー企業に有利な排他的入札参加条件を撤廃し、競争条件の確保を徹底するとともに、更なるコスト削減を実現する。また、新規参入目標を設定・公表することにより、新規参入を促進する。
(5)管理業務のコスト削減による増益の取扱い
民営化の時点で見込まれる管理業務のコスト削減を超える新会社によるコスト削減努力は、会社の経営努力により得られた利益であり、料金引下げに強制する制度は採用しない。
(6)規格構造の見直し
現在建設中及び計画中の路線に係る規格構造は、本委員会において見直しが行われた。今後建設する高速道路の規格構造は、新会社が建設するものはもちろん、その他の主体が建設するものもこの見直しによるべきである。地方に対しては、規格構造の見直し、用地の早期取得等について、責任をもって協力することを求める。
(7)発注・契約方式の見直し
新会社が新規に建設する高速道路については、発注規模の拡大はもとより、例えばVE、DB、CM等の民間企業の技術力を最大限活用し、コスト縮減を図る契約方式や民間企業から優れた提案を引き出す新たな契約方式など、民間会社だからこそ可能となる方式を導入することにより、コスト縮減の徹底を図る。」
3 猪瀬意見には利用者の生命と安全への配慮がない
道路公団のファミリー企業に高コスト体質があったことは事実であろう。高速道路料金を引き下げるため、ここにメスを入れようとした動機にも理解はできる。しかし、猪瀬委員は道路事業における維持管理が、人の生命にかかわる重要な業務であるにもかかわらず、十分な検討抜きに「維持管理コストを30パーセント以上削減せよ。」と指示している。この30パーセントの根拠はいったい何だったのだろうか。
不要な維持管理コストは削減しても良いが、必要な維持管理費用を削減すれば、道路、トンネル、橋梁などの安全性を傷つけ、ひいては笹子トンネル崩落事故のような深刻な事故を引きおこしかねない。コスト面だけを考えるのではなく、どのような業務を整理し、どのような業務を整理してはならないのかを慎重に考えるべきであった。
もっとはっきりと言えばトンネルの「打音検査」のような業務は、目視検査には決して代替できないもので、鉄道業務になぞらえれば車両の車軸の打音検査などと同様に絶対に省略してはならないものであった。そして12月6日の各紙の報道によれば、2000年の検査で異変が見つかり補修をしたというのであるから、老朽化が進むにつれてむしろ検査頻度も短くしていかなければならなかったのである。
このような点について、思い至っていない、猪瀬意見には利用者の生命と安全への配慮が欠けていたと言わざるを得ない。
4 委員会意見に反映された猪瀬意見
最終的に2002年(平成14年)12月6日にまとめられた意見書も、次のようにこの猪瀬意見に沿ったものとなっている。
「1 維持補修等の業務
ア 新会社は、自動車道事業にかかる原価を最小にすることで通行料金の引き下げに努め利用者の利益を守る公益的な使命を担っている。このため自動車道事業にかかる維持補修、料金収受、交通管理、保全点検などに要する管理費は徹底した合理化を行い最小限にとどめることが求められる。
イ しかし従来はこれら維持補修等の外注業務を、公団本体と利害が一致するファミリー企業が独占していたため、必要以上に高い外注費が支払われファミリー企業に不自然に利益が蓄積される傾向にあることが本委員会の調査等により明らかになった。
ウ よって、維持補修等の業務の外注にあたっては、外注先の選定を厳正な競争条件を確保した上で行い、市場競争原理によってファミリー企業の淘汰・再編が図られることを基本とする。
エ 各公団は、高コスト体質の原因であるファミリー企業との不公正な癒着構造をただちに解消する。2003年度以降、各公団はOB受け入れを通じて人的つながりの強い企業とは取引関係を極力もたないよう努めることとする。
ただし、子会社等への外注及びインハウス化がより合理的であると新会社が判断する場合はそれを妨げるものではない。なお、子会社化等を行う場合には、ファミリー企業に対する国民の厳しい批判及び特殊法人改革の趣旨、現在の四公団の組織・人員規模のスリム化の必要性を踏まえ、厳正に行う。
オ 四公団は、現在外注している維持補修等の業務について、管理実績等の入札参加資格の要件を2002年度内に撤廃する。また、新規参入の目標を設定・公表し、外注業務についての新規参入を促進する。
「コスト削減計画の作成
道路関係四公団は、新会社発足までに管理費(人件費等の一般管理費を含む。)を、具体的な業務の必要性に立ち返って徹底的に見直し、概ね3割縮減することを目指す。
また、規格構造等の見直し、発注・契約方式の見直しに沿った建設コスト(人件費を含む。)の削減計画を策定する。道路関係四公団は、これらを踏まえて、役員退職金の廃止・見直しを含む総額人件費抑制計画を盛り込んだコスト削減のための計画を2002年度内に作成する。」
このように最終意見書には、前に紹介した猪瀬意見が大幅に取り入れられ、維持管理コストのギリギリまでの削減が、新会社には義務づけられることとなった。
5 2005年以降の笹子トンネルの打音検査が省略された経過の徹底した検証を
12月5日付読売新聞によれば、国土交通省の調査検討委員会が、同トンネルで中日本高速が実施した過去3回の「詳細点検」の手法を調査した結果、「2000年には、トンネル上部のボルトや付近のコンクリートの劣化を、打音検査で点検していたが、2005年と2012年9月の点検では、行っていないことがわかった。」と報道されている。これまで打音検査を実施したことはないとする当初の中日本高速の説明は事実に反するものであったといえる。
さらに、中日本高速でも、分割民営前には打音検査がなされていたのであるから、事故直後の同社幹部による「笹子トンネルの場合は(足場となる)天井板から最上部まで高さ5メートルもあり、打音が困難だった」との釈明も事実に反することが明らかになった。
6日になってからの報道では、2000年の打音検査で異常が発見され、ボルトを締めるナットに緩みが見つかったが「補修で健全な状態になった」と判断し、01年以降は打音検査をしていなかったという。補修が必要な状態だったのなら、その後の経過観察はより慎重になされる必要がある。にもかかわらず、その後の打音検査が省略されるに至ったというのであるから、その経緯は徹底的に明らかにされるべきである。
その際に、作業の担当者レベルの過失責任だけを問題とするのではなく、より構造的な一律30パーセント以上の維持管理コストの削減を求めた道路公団民営化方針が適切なものであったかどうかに遡ってきちんと政策レベルでの検証をするべきである。
そのためには、国は国土交通行政からも独立した検証委員会を立ち上げ、道路公団民営化のスキームの相当性を含めて深いレベルで検証を始めるべきである。
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