《週刊金曜日》
★ 「辺野古反対派は日当で雇われ」~今度は「島耕作」が無根拠中傷
講談社の回答“表面”謝罪の中身
本田雅和(ほんだまさかず・ジャーナリスト。)
講談社の週刊誌『モーニング』の人気漫画「島耕作シリーズ」の作者・弘兼憲史氏(77歳)が「画業50周年」記念号の巻頭作品「社外取締役 島耕作」の中で、沖縄・辺野古基地建設への反対運動を担う人たちを「日当で雇われアルバイトしている人がたくさんいる」などと描く、根拠のないデマ(虚偽)を流していた。
編集部と弘兼氏は11月14日号に連名で「お詫びとお知らせ」を発表したが、抗議している市民グループのメンバーらは納得せず「同誌を回収し、現地に行って謝罪し、学び直すべきだ」と反発している。
『モーニング』の発行部数は約7万7000部(2024年4~6月、日本雑誌協会調べ)で、講談社の看板雑誌。問題の漫画は10月31日号(17日発売)に掲載された。
同号自体が「弘兼憲史(ひろかねけんし)画業50周年」を祝う記念号で、表紙や巻頭グラビアで同氏への「特別インタビュー」を掲げ、「漫画界の鉄人」「徹底した現場取材こそリアルな作品作りの生命線」などと賞賛。現場でヘルメットをかぶった本人の写真も掲載している。
主人公の「島耕作(しまこうさく)」は同誌で1983年に「係長」の役職で読み切り作品から始まったが、好評で連載となり、単行本になるときは「課長」に昇進。「社長」「会長」などとサラリーマン社会の出世階段を昇りつめていく話だが、本人いわく「こうだったらいいな」という「男の夢が詰まってるから漫画でファンタジーだ」と巻頭インタビユーに答えている。
巻頭漫画で弘兼氏は、米軍の新基地建設現場を見晴らすレストランで、主人公の島たちがゴルフのあとの商談をしながらビールを呑み、談笑する場面を描いた。そして同席した地元女性に「抗議する側もアルバイトでやっている人がたくさんいますよ 私も一日いくらの日当で雇われたことがありました」と言わせている。
こうした米軍基地反対運動への誹謗(ひぼう)誹誘中傷は、今に始まったことではない。
2017年1月、東京MXテレビが情報番組「ニュース女子」の中で根拠なく同様の主張をして大問題となったことはあまりに有名なだけに、米軍基地に反対する地元の人々への度重なる差別言動や中傷については、同社にも当然の抗議が続いていた。
★ 確認の取れない伝聞だ?
同誌が2週間後の11月14日号(10月31日発売)で出した釈明とも言える社告は次のようなものだ。
「本作執筆にあたり作者・担当編集者が沖縄へ赴き、ストーリー制作上必要な観光業を中心とした取材活動をいたしました。その過程で、『新基地建設反対派のアルバイトがある』という話を複数の県民の方から聞き作品に反映させました。しかし、あくまでこれは当事者からは確認の取れていない伝聞でした。にもかかわらず断定的な描写で描いたこと、登場キャラクターのセリフとして言わせたこと、編集部としてそれをそのまま掲載したことは、フィクション作品とはいえ軽率な判断だったと言わざるを得ません。読者の皆さまにお詫びするとともに、編集部と作者の協議の上、単行本掲載時には内容の修正をいたします」
『モーニング』編集部と作者の連名とともに、さらにその下には「編集部より」というお知らせがあり、
「今後の漫画作品内の表現において、編集部内に限らず他部署とも一層知見を共有する体制を作り、より深い協議を作者と重ね、再発防止に努めてまいります」
との約束も読者に向けてしている。
しかし、一見誠意を示しているように見える、この回答を筆者が「ごまかし」と見る理由は以下の通りだ。
まず、同編集部は、東京・護国寺の講談社本社前での「沖縄への偏見をあおる放送をゆるさない市民有志」の川名真理(かわなまり)さんらの通告による街頭抗議活動と編集責任者への面会申し入れがあった10月21日午後には、抗議に備えてほぼ同様の告知を社内で準備。抗議の最中の同日夜には同社ウェブサイトで公表している。
その内容は題名も中身も、31日の誌面発表文とほぼ同じだ。
しかも筆者は21日、川名さんたちの抗議活動が始まる前に同社本社を訪れ、編集長または編集担当責任者に面会取材を申し入れていた。が、広報室に回され、広報室幹部からは「もうすぐ始まる抗議に備えて見解を発表するので待ってほしい」と言われ、その後、このウェブサイト見解にも納得できないことも伝えた。
しかし、広報室からは31日に「新たな見解を誌面発表する」ので「待ってほしい。それを見て再質問があれば、改めてメールで再質問してほしい」というので、改めて「待つ」ことにした。
★ 炎上商法ではなく無知?
その結果が先述の「お詫びとお知らせ」であり、筆者は「事実上の時間の引き延ばし」ではないかと考え、同編集部には11項目に及ぶ質問状を送った。さらにその「回答」要旨は以下の通りである(11月1日付)。
「10月31日付でいただいた質問は11項目にわたるが、まとめて回答する。10月21日に『モーニング』ホームページ上で発表した『お詫びとお知らせ』に加え、編集部としての対応・防止策について追記した文章を、10月31日発売『モーニング48号』誌面および同誌ホームページ上で公表した。具体的に言えば、校了前の段階で機微な表現については校閲・法務部門と協議する体制を整えた。また質間⑥で『分かったうえであえて載せた』という、御社・講談社の“炎上商法”が疑われていますが、と書いているが、指摘の事実はいっさいない。個別のメディアからのモーニング編集長や担当者への直接取材については応対いたしかねる」
「質問⑥」の内容についてはこの回答で分かると思うので再録しないが、筆者が面会取材を求める理由はジャーナリズムの原則ということもあるが、その場で再質問できない状況ではニュースメディアとしての本誌の締め切りに間に合わなくなる恐れが強いからだ。これも広報室長には重々伝えてあり、他の項目については取材拒否と受け止めざるを得ない。
先述の「ニュース女子」を巡る訴訟やBPO(放送倫理・番組向上機構)の調査などで「日当支払い」の真実性は否定されている。
『沖縄タイムス』の取材に弘兼氏は「全く悪意はない」「(訴訟などの)経緯は知らなかった」と答えたが、訴訟さえ知らなかったことには講談社広報室の幹部自身が「愕然(がくぜん)とした」と筆者に吐露している。愕然とすべき対象は、当然、担当編集者にも向けられるべきだろう。
弘兼氏は昨年6月から2年任期で防衛省の広報アドバイザーを務めている。辺野古(へのこ)新基地建設問題についても当然、意見交換しているとの情報がある。
★ 弘兼氏からも回答なし
そもそも沖縄本島北部の漁協組合員が「船長1人あたり5万円」などの「日当」を受け取って海上作業の抗議船を監視するための「警戒船」を出してきたが、海上作業が始まった14年から当初の2年間で政府がこの警戒業務に支払った日当は5億円以上になるとの試算もある。
そして弘兼氏自身、このことを同漫画の問題箇所の前振りとして描いている。「抗議する側もアルバイト」という問題表現は、このあとに続くのだ。
地元住民の米軍基地への民意についても、今回の漫画描写が広報室の言う通り炎上商法ではなく、「無知のなせる技」だとしても、無知や悪意のなさが差別や誹諦中傷の免罪符にならないことは今や常識だ。表現を商売にしている者となれば、なおさらだろう。
弘兼氏に対して筆者は、講談社広報室に同じ質問状を転送するよう依頼し、10月末から11月初めにかけて弘兼氏の東京都内の自宅と事務所を複数回訪問し、留守電に取材申し込みメッセージを複数回残し、事務所スタッフにも面会して取材意図を告げているが、11月5日現在、返答はない。
「ニュース女子」問題で番組制作会社などを相手に名誉毀損(きそん)・損害賠償請求訴訟を最高裁まで闘って勝訴した辛淑玉(シンスゴ)さんはこう話す。
「講談社は被害当事者が誰かも分かっていない。ヘイトデマを流した以上、少なくとも被害当事者にきちんと謝罪をし、デマ本を回収し、事実を掲載し、再発防止の手順を具体的に公開する必要がある。それが謝罪の一歩です」
『週刊金曜日 1497号』(2024年11月15日)
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