▼ 静岡・牧之原市議会「浜岡永久停止」決議へ
原発 富生まない
「停止中の原発を再稼働させなければ日本の経済は後退する」と野田佳彦首相は主張する。しかし原発は富を生み続けるのか。
静岡県牧之原市の議会が中部電力浜岡原発の永久停止を求める決議をすると決めた。大きな理由のひとつに自動車メーカーのスズキ(浜松市)が市内に構える工場の移転問題がある。「原発事故に備えてリスク分散をする」がスズキの方針。つまり原発の存在が地域経済に危機をもたらそうとしている。(上田千秋、小国智宏)
▼ 安全優先を地元が決議
「市民の意思に沿った行動を取れたと確信している」。台風一過で透き通るような青空が広がった二十二日、同市議会の田村兼夫議長は同原発から約十キロしか離れていない同市相良庁舎の一室でこう切り出した。
同市議会は二十一日の全員協議会で、同原発の永久停止を求める決議案を二十六日の本会議に提出することを決めた。反対は十六人中四人だけで、可決される見通しだ。
田村議長は「近くに原発がある自治体の議会として、何もしないわけにはいかなかった。議論を重ね、意見書よりも強い意思を示すことになる決議を提出することにした」と説明する。
決議文には「原子力発電は安全であるという神話が根底から崩れ去った」「浜岡原発は、確実な安全・安心が担保されない限り、永久停止にすべきである」などと厳しい文言が並ぶ。
田村議長は「事故から半年もたったのに、福島では収束に向かうどころか問題が広がっているように感じる。市民の安全・安心を最優先に考えるとこういう言い方になった。周辺にも同様の動きが広がってくれれば」と期待する。
▼ 反対を通すと、再稼働できず
市も議会と同様のスタンスだ。西原茂樹市長は「福島で事故が起きた以上、原発の近くに住んでいる者の素直な気持ちとして止めておいたままにしてほしい」と話す。
市は中部電力や国などに再稼働しないよう求めていくほか、防災計画の見直しなどにも着手。これまで原発十キロ圏内に限っていた小中学校への安定ヨウ素剤の配布を市内全域に広げるという。
中部電力は停止中の浜岡原発について、津波対策などを施した後、早ければ二年後の再稼働を目指している。しかし、再稼働には中電と安全協定を結ぶ県と地元の御前崎、牧之原、掛川、菊川の四市の同意が必要になる。牧之原市があくまでも反対すれば、再稼働はできない。
市議会や市が厳しい姿勢を見せる背景には、同市の全域が同原発から二十キロ圏内に入り、最も近い場所ではニキロしか離れていないにもかかわらず、ほとんどメリットがないことがある。
御前崎市では一般会計のおよそ四割を原発関係の収入が占めるのに対し、牧之原市はわずか1%弱にとどまる。「格差はひしひしと感じてきた」と西原市長。
ただでさえ地域経済への貢献は少ない上に、新たな問題も浮上した。大手自動車メーカーのスズキは、牧之原市にある相良工場の機能の一部を、浜岡原発から五十キロ以上離れた湖西工場(同県湖西市)に移すことを検討している。
相良工場は同社の四輪エンジンの製造拠点。浜岡原発から十一キロの地点にあり、もし原発事故が起きれば、全社的に大きな打撃を受ける。
▼ リスクの分散震災後広がる
同社の鈴木修会長兼社長は東日本大震災後、「地震、津波、原発、地盤の液状化の四重苦を抱えながら、この地域で生きていくことはできない」と危機感を強調。原発近くや海沿いの工場などを再配置する方針を表明した。相良工場の移転は、このリスク分散の一環だ。
ただ、工場の移転には多大な投資が必要だ。鈴木俊宏副社長は「今後の浜岡原発の状況を見極めて進めていきたい」と話しており、浜岡原発が再稼働されず移転の必要がなくなることに期待感も示している。
相良工場の従業員は約千八百人。地元にさまざまな経済的な恩恵をもたらしている。市商工企業課は「なんとしてでも市内に残ってほしい」と望む。
▼ 企業流出に危機感
同市では、ほかにも工場移転の動きが出てきている。六月に市内に工場のある大手企業十社に聞き取り調査をしたところ、六社が「リスクの分散を考えている」と回答したという。
同課は「具体的に移転の話が進んでいるわけではないが、このままでは空洞化してしまう」と話す。「スズキに限らず、どこの企業もいなくなっては困る。雇用の面でも税収の面でもダメージは大きい」と西原市長も危機感を募らせる。
▼ 「福島」後、茶に風評被害も
農業への影響もある。牧之原台地は、国内最大の茶の産地。福島第一原発から飛散した放射性セシウムが県産の茶からも検出され騒ぎになった。幸い牧之原産の茶からは、ごく微量しか検出されておらず、暫定規制値を大幅に下回っている。牧之原市茶業振興協議会は「健康への影響を心配するレベルではない」と安全性を強調する。
だが、風評被害は深刻だ。地元の販売業者は「例年よりも二~三割も売り上げが減っている。これから持ち直してくれればよいが…」と嘆く。「福島の事故でこの騒ぎだから、もし浜岡原発で事故が起きれば大変なことになる」。業者の中に浜周原発は再稼働しないでほしいという声も出てきているという。
▼ スズキ移転なら「町が寂れる」
市民は市議会や市の動きをどう見ているのか。マッサージ師の男性(五六)は「ここから原発が見えるわけではないし、普段はあまり意識したことはなかった」とした上で、「そこで働いている人もたくさんいるわけだし、再稼働させないというのもどうなのか。当面、津波対策をきちっとやってもらい、代替エネルギーのめどが立った段階で廃炉にすればいいのでは」と提案した。ただ、この男性のような考え方は少数派だ。
市が六~七月に実施した意識調査では、浜岡原発について「安全が確認できれば稼働した方が良い」が19・8%だったのに対し、引き続き停止や廃炉を求める声が六割を占めた。
七歳と四歳の娘を持つ女性(二四)は「今までは『安全だから大丈夫』と思ってたけど、もうそうは言えない。、子どものことを考えると、やっぱり原発があるのは不安ですね」と漏らす。主婦(七一)は「福島の映像をテレビで見て、『ここで同じことが起きたらどうなるんだろう』と思うと怖かった」と事故発生時を振り返る。さらに「ここら辺は原発で潤っていたわけでもないし、スズキが出ていったら町が寂れてしまう。永久停止に賛成ですね」と語った。
▼ 今まで国任せ「自分で判断」
西原市長は語る。「われわればこれまで、原発の問題を国任せにして避けてきた。何もなければそれで良かったかもしれないが、これからは自分たち自身で判断する必要がある。自分の土地や古里を追われることまで了解して立地を認めたわけではないのだから」
※デスクメモ
大雨、台風…次々に日本列島に災害が襲いかかる。この危うい国土で、まだ原発を動かすのだという。「安全を確保しで」と条件を付けて。そんなことが可能なら、まず福島第一が抱える問題を解決したらいい。良い原発も悪い原発もない。何のかんのと原発を存続させたい理屈にだまされてはいけない。(充)
『東京新聞』(2011/9/23【こちら特報部】)
原発 富生まない
「停止中の原発を再稼働させなければ日本の経済は後退する」と野田佳彦首相は主張する。しかし原発は富を生み続けるのか。
静岡県牧之原市の議会が中部電力浜岡原発の永久停止を求める決議をすると決めた。大きな理由のひとつに自動車メーカーのスズキ(浜松市)が市内に構える工場の移転問題がある。「原発事故に備えてリスク分散をする」がスズキの方針。つまり原発の存在が地域経済に危機をもたらそうとしている。(上田千秋、小国智宏)
▼ 安全優先を地元が決議
「市民の意思に沿った行動を取れたと確信している」。台風一過で透き通るような青空が広がった二十二日、同市議会の田村兼夫議長は同原発から約十キロしか離れていない同市相良庁舎の一室でこう切り出した。
同市議会は二十一日の全員協議会で、同原発の永久停止を求める決議案を二十六日の本会議に提出することを決めた。反対は十六人中四人だけで、可決される見通しだ。
田村議長は「近くに原発がある自治体の議会として、何もしないわけにはいかなかった。議論を重ね、意見書よりも強い意思を示すことになる決議を提出することにした」と説明する。
決議文には「原子力発電は安全であるという神話が根底から崩れ去った」「浜岡原発は、確実な安全・安心が担保されない限り、永久停止にすべきである」などと厳しい文言が並ぶ。
田村議長は「事故から半年もたったのに、福島では収束に向かうどころか問題が広がっているように感じる。市民の安全・安心を最優先に考えるとこういう言い方になった。周辺にも同様の動きが広がってくれれば」と期待する。
▼ 反対を通すと、再稼働できず
市も議会と同様のスタンスだ。西原茂樹市長は「福島で事故が起きた以上、原発の近くに住んでいる者の素直な気持ちとして止めておいたままにしてほしい」と話す。
市は中部電力や国などに再稼働しないよう求めていくほか、防災計画の見直しなどにも着手。これまで原発十キロ圏内に限っていた小中学校への安定ヨウ素剤の配布を市内全域に広げるという。
中部電力は停止中の浜岡原発について、津波対策などを施した後、早ければ二年後の再稼働を目指している。しかし、再稼働には中電と安全協定を結ぶ県と地元の御前崎、牧之原、掛川、菊川の四市の同意が必要になる。牧之原市があくまでも反対すれば、再稼働はできない。
市議会や市が厳しい姿勢を見せる背景には、同市の全域が同原発から二十キロ圏内に入り、最も近い場所ではニキロしか離れていないにもかかわらず、ほとんどメリットがないことがある。
御前崎市では一般会計のおよそ四割を原発関係の収入が占めるのに対し、牧之原市はわずか1%弱にとどまる。「格差はひしひしと感じてきた」と西原市長。
ただでさえ地域経済への貢献は少ない上に、新たな問題も浮上した。大手自動車メーカーのスズキは、牧之原市にある相良工場の機能の一部を、浜岡原発から五十キロ以上離れた湖西工場(同県湖西市)に移すことを検討している。
相良工場は同社の四輪エンジンの製造拠点。浜岡原発から十一キロの地点にあり、もし原発事故が起きれば、全社的に大きな打撃を受ける。
▼ リスクの分散震災後広がる
同社の鈴木修会長兼社長は東日本大震災後、「地震、津波、原発、地盤の液状化の四重苦を抱えながら、この地域で生きていくことはできない」と危機感を強調。原発近くや海沿いの工場などを再配置する方針を表明した。相良工場の移転は、このリスク分散の一環だ。
ただ、工場の移転には多大な投資が必要だ。鈴木俊宏副社長は「今後の浜岡原発の状況を見極めて進めていきたい」と話しており、浜岡原発が再稼働されず移転の必要がなくなることに期待感も示している。
相良工場の従業員は約千八百人。地元にさまざまな経済的な恩恵をもたらしている。市商工企業課は「なんとしてでも市内に残ってほしい」と望む。
▼ 企業流出に危機感
同市では、ほかにも工場移転の動きが出てきている。六月に市内に工場のある大手企業十社に聞き取り調査をしたところ、六社が「リスクの分散を考えている」と回答したという。
同課は「具体的に移転の話が進んでいるわけではないが、このままでは空洞化してしまう」と話す。「スズキに限らず、どこの企業もいなくなっては困る。雇用の面でも税収の面でもダメージは大きい」と西原市長も危機感を募らせる。
▼ 「福島」後、茶に風評被害も
農業への影響もある。牧之原台地は、国内最大の茶の産地。福島第一原発から飛散した放射性セシウムが県産の茶からも検出され騒ぎになった。幸い牧之原産の茶からは、ごく微量しか検出されておらず、暫定規制値を大幅に下回っている。牧之原市茶業振興協議会は「健康への影響を心配するレベルではない」と安全性を強調する。
だが、風評被害は深刻だ。地元の販売業者は「例年よりも二~三割も売り上げが減っている。これから持ち直してくれればよいが…」と嘆く。「福島の事故でこの騒ぎだから、もし浜岡原発で事故が起きれば大変なことになる」。業者の中に浜周原発は再稼働しないでほしいという声も出てきているという。
▼ スズキ移転なら「町が寂れる」
市民は市議会や市の動きをどう見ているのか。マッサージ師の男性(五六)は「ここから原発が見えるわけではないし、普段はあまり意識したことはなかった」とした上で、「そこで働いている人もたくさんいるわけだし、再稼働させないというのもどうなのか。当面、津波対策をきちっとやってもらい、代替エネルギーのめどが立った段階で廃炉にすればいいのでは」と提案した。ただ、この男性のような考え方は少数派だ。
市が六~七月に実施した意識調査では、浜岡原発について「安全が確認できれば稼働した方が良い」が19・8%だったのに対し、引き続き停止や廃炉を求める声が六割を占めた。
七歳と四歳の娘を持つ女性(二四)は「今までは『安全だから大丈夫』と思ってたけど、もうそうは言えない。、子どものことを考えると、やっぱり原発があるのは不安ですね」と漏らす。主婦(七一)は「福島の映像をテレビで見て、『ここで同じことが起きたらどうなるんだろう』と思うと怖かった」と事故発生時を振り返る。さらに「ここら辺は原発で潤っていたわけでもないし、スズキが出ていったら町が寂れてしまう。永久停止に賛成ですね」と語った。
▼ 今まで国任せ「自分で判断」
西原市長は語る。「われわればこれまで、原発の問題を国任せにして避けてきた。何もなければそれで良かったかもしれないが、これからは自分たち自身で判断する必要がある。自分の土地や古里を追われることまで了解して立地を認めたわけではないのだから」
※デスクメモ
大雨、台風…次々に日本列島に災害が襲いかかる。この危うい国土で、まだ原発を動かすのだという。「安全を確保しで」と条件を付けて。そんなことが可能なら、まず福島第一が抱える問題を解決したらいい。良い原発も悪い原発もない。何のかんのと原発を存続させたい理屈にだまされてはいけない。(充)
『東京新聞』(2011/9/23【こちら特報部】)
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