《黒風白雨・58(週刊金曜日)》
◆ 司法本来の役割を放棄した不当判決
300万円の供託金を用意できなかったために2014年の衆議院選挙に立候補できなかった男性が、立候補の自由を奪う選挙供託金制度は立候補の自由を保障した憲法15条1項や国会議員の資格は「財産又は収入によつて差別してはならない」と定めた憲法44条但書に違反するとして、国に損害賠償を求めていた選挙供託金違憲訴訟の判決言い渡しが、5月24日東京地方裁判所(杜下弘記裁判長)で行なわれた。
東京地裁判決は、300万円の供託金が「立候補しようとする者に対して無視できない萎縮的効果をもたらすものということができ、立候補の自由に対する事実上の制約となっている」ということは認めつつも、泡沫候補者や売名候補者の立候補を抑制し候補者の濫立を防止するという選挙供託金制度の立法目的は正当なものであるとし、選挙制度に関する国会の裁量権を広く認めた上で、300万円の供託金は合憲と判断して原告の訴えを棄却した。
わが国の選挙供託金制度は、1925年に成立したいわゆる「普通選挙法」から始まっている。この年に成立した法律の中には、あの悪名高き「治安維持法」がある。
普通選挙法で極めて高額な選挙供託金制度が導入された表向きの理由は、泡沫候補者または売名候補者の立候補を抑制し公正な選挙を実現するためと説明されてきたが、実際は無産政党の議会進出を抑制することが真の目的であった。
そもそも泡沫候補者や売名候補者を排除するか否かは、国民主権の民主主義国家であれば有権者の判断に委ねられるべきなのである。
訴訟提起後、弁護団が諸外国の選挙供託金制度について調査したところ、OECD(経済協力開発機構)加盟35力国中、23力国が選挙供託金制度がなく供託金ゼロで立候補できることが判明した。
また、選挙供託金制度が存在する12力国に関しても、大半の国の供託金は10万円以下であり、日本の供託金は選挙供託金制度がある国の中でも突出して高いということがわかった。
さらに、諸外国の選挙供託金制度について調査する過程で、いくつかの国の裁判所で供託金の違憲判決が出されていることもわかった。
供託金の違憲判決を出した韓国憲法裁判所、アイルランド高等法院、カナダ・アルバータ州の裁判所などの判決に共通しているのは、あるべき議会制民主主義や少数者の基本的人権保障の観点から選挙供託金制度の問題点について徹底した考察が行なわれていることである。
今回の東京地裁の判決では、選挙供託金制度の問題点についてこのようなあるべき議会制民主主義や少数者の基本的人権保障の観点からの考察がまったく行なわれていない。
国民主権の民主主義国家においては、権力の濫用を防ぎ国民・市民の権利や自由を守るために三権分立の体制がとられている。
そして三権分立体制下における司法の本来的役割は、国民・市民の基本的人権を守るという観点から立法や行政をチェックすることである。
国会の裁量権を広く認めた今回の東京地裁判決は、自ら司法本来の役割を放棄した不当判決であると言わねばならない。
『週刊金曜日 1241号』(2019年7月19日)
◆ 司法本来の役割を放棄した不当判決
宇都宮健児
300万円の供託金を用意できなかったために2014年の衆議院選挙に立候補できなかった男性が、立候補の自由を奪う選挙供託金制度は立候補の自由を保障した憲法15条1項や国会議員の資格は「財産又は収入によつて差別してはならない」と定めた憲法44条但書に違反するとして、国に損害賠償を求めていた選挙供託金違憲訴訟の判決言い渡しが、5月24日東京地方裁判所(杜下弘記裁判長)で行なわれた。
東京地裁判決は、300万円の供託金が「立候補しようとする者に対して無視できない萎縮的効果をもたらすものということができ、立候補の自由に対する事実上の制約となっている」ということは認めつつも、泡沫候補者や売名候補者の立候補を抑制し候補者の濫立を防止するという選挙供託金制度の立法目的は正当なものであるとし、選挙制度に関する国会の裁量権を広く認めた上で、300万円の供託金は合憲と判断して原告の訴えを棄却した。
わが国の選挙供託金制度は、1925年に成立したいわゆる「普通選挙法」から始まっている。この年に成立した法律の中には、あの悪名高き「治安維持法」がある。
普通選挙法で極めて高額な選挙供託金制度が導入された表向きの理由は、泡沫候補者または売名候補者の立候補を抑制し公正な選挙を実現するためと説明されてきたが、実際は無産政党の議会進出を抑制することが真の目的であった。
そもそも泡沫候補者や売名候補者を排除するか否かは、国民主権の民主主義国家であれば有権者の判断に委ねられるべきなのである。
訴訟提起後、弁護団が諸外国の選挙供託金制度について調査したところ、OECD(経済協力開発機構)加盟35力国中、23力国が選挙供託金制度がなく供託金ゼロで立候補できることが判明した。
また、選挙供託金制度が存在する12力国に関しても、大半の国の供託金は10万円以下であり、日本の供託金は選挙供託金制度がある国の中でも突出して高いということがわかった。
さらに、諸外国の選挙供託金制度について調査する過程で、いくつかの国の裁判所で供託金の違憲判決が出されていることもわかった。
供託金の違憲判決を出した韓国憲法裁判所、アイルランド高等法院、カナダ・アルバータ州の裁判所などの判決に共通しているのは、あるべき議会制民主主義や少数者の基本的人権保障の観点から選挙供託金制度の問題点について徹底した考察が行なわれていることである。
今回の東京地裁の判決では、選挙供託金制度の問題点についてこのようなあるべき議会制民主主義や少数者の基本的人権保障の観点からの考察がまったく行なわれていない。
国民主権の民主主義国家においては、権力の濫用を防ぎ国民・市民の権利や自由を守るために三権分立の体制がとられている。
そして三権分立体制下における司法の本来的役割は、国民・市民の基本的人権を守るという観点から立法や行政をチェックすることである。
国会の裁量権を広く認めた今回の東京地裁判決は、自ら司法本来の役割を放棄した不当判決であると言わねばならない。
『週刊金曜日 1241号』(2019年7月19日)
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