
2017年6月10日『朝日新聞』朝刊「声」欄
◎ 『教育勅語』は普遍性がない身分制封建道徳にすぎない。
1,教育勅語には、「殺すな」「盗むな」「嘘をつくな」「姦淫するな」の4つの徳目がない。
[事実]
この4つの徳目は、仏教の五戒と旧約聖書の十戒に共通している。(下記資料参照)
一方、教育勅語には4つのどれ一つ入っていない。(下記資料参照)
[評価]
『教育勅語』の徳目には普遍性がない。
徳目の中で何がより大切で人の道の基本かについては、様々な意見がありうるだろう。しかし五戒と十戒に共通の4徳目のいずれも入っていない『教育勅語』が、時代を超えて世界に通用するようなことは到底ありえない。
少なくとも、キリスト教徒・ムスリム・仏教徒は、騙されたり脅されたりしない限り、見向きもしないだろう。
従って『教育勅語』の徳目に、普遍性があるかのごとき、一部の人々の指摘は全く当たらない。
そのような、事実に基づかない、印象操作やレッテル貼りは止めていただきたい。
2,教育勅語には、「君への忠」の徳目がある。
[事実]
教育勅語を持ち上げる人たちはなぜか触れようとしないが、父母への孝より前に、君への忠が書いてある。君への忠は、父母への孝以降に羅列される徳目とは別格の扱いであることは、読めば分かる。
つまり「皇祖皇宗」が国を始めて「徳」をたてたので、臣民は「克ク忠ニ克ク孝ニ」美風を作り上げてきた、これこそが「国体の精華」であり「教育の淵源」だとハッキリ書いてある。「忠孝」こそが、皇祖皇宗がおたてになったあらゆる徳目の筆頭徳目なのである。
この「事実」を否定する人がいるだろうか。「君への忠」が教育勅語の徳目に入っていない、という人がいるだろうか。これは評価の問題ではなく、事実の問題である。
[評価]
教育勅語は、身分制封建道徳である。なぜなら「忠孝」が筆頭の徳目だから。
五戒でも十戒でも、一番大切な徳目は、一番最初に置かれていると言われる。
仏教の場合は、「不殺生戒」(アヒンサー)が第一戒。
キリスト教の場合は、「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない」(唯一神信仰)が最初。
教育勅語の場合は、「忠孝」が筆頭である。
「忠孝」とは、どんな価値観か。儒学好きの五代将軍綱吉が町人百姓教化のために「忠孝札」を全国に掲げさせたことなどに見られるように、身分制社会における封建道徳の典型である。これを筆頭に掲げる『教育勅語』は、紛れもない専制主義的な封建道徳である。
仮に、もしも「父母に孝」なら「君に不忠」は許されるのであろうか、また「国憲を重んじ」るためなら「君に逆らう」ことも許されるのであろうか。徳目相互に矛盾葛藤が生じた場合、何を優先させるか。その場合の第一優先順位が別格の筆頭徳目であって、『教育勅語』のそれは「天皇への絶対忠誠」なのである。
ちにみに「殺すな」「盗むな」「嘘をつくな」「姦淫するな」があったら、侵略戦争(盗むな)や日本兵の残虐行為(殺すな)や従軍慰安婦(姦淫するな)や宣戦布告なき奇襲攻撃(嘘をつくな)などが起こらなかったかどうかは、仮定の問題なので何とも言えない。
ところで、現行『教育基本法』の「教育の目的」は、身分制社会における「忠孝」ではなく、民主主義社会における個人の「人格の完成」である。
「人格の完成」が筆頭徳目なら、徳目相互の矛盾葛藤の場合の第一優先順位は、当然「君への忠」ではなく「平和で民主的な国家及び社会の形成者の育成」のために役に立つか否かになる。だから、民主主義社会と『教育勅語』は相容れない。
教育勅語は、日本の明治初期という時代背景や民族文化の制約の下に生まれた普遍的とは反対の特殊な性格の道徳である。
これを支持する人たちは、日本という狭い文化圏の中だけでしか通用しない価値観と、身分制封建道徳という過去の遺物にしがみついている、絶滅危惧の希少動物のようなものである。ただし「保護」には全く値しないが。
このような人たちは、『教育勅語』を批判する人のことを「反日」呼ばわりする。
そのような批判は全く当たらない。レッテル貼りはやめていただきたい。そのようなことは断じてない。不退転の決意で、正々堂々と、法令(憲法)に則って粛々と進めるだけだ。
≪資料≫
(番号は便宜的。五戒と十戒との共通項に★。)
※五戒(仏教)
★①不殺生(ふせっしょう) …生き物を殺さない。※十戒(旧約聖書)
★②不偸盗(ふちゅうとう) …盗みをしない。
★③不邪淫(ふじゃいん) …みだらなことをしない。
★④不妄語(ふもうご) …嘘をつかない。
⑤不飲酒(ふおんじゅ) …酒を飲まない。
①あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。※『教育勅語』の徳目
②あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。(略)
③あなたは、あなたの神、主(しゅ)の御名(みな)を、みだりに唱(とな)えてはならない。(略)
④安息日(あんそくにち)を覚えて、これを聖(せい)なる日とせよ。 (略)
(ここまで4つは神に関わる宗教的戒律。)
⑤あなたの父と母を敬(うやま)え。(略)
★⑥殺してはならない。
★⑦姦淫(かんいん)してはならない。
★⑧盗んではならない。
★⑨あなたの隣人(りんじん)に対し、偽(いつわ)りの証言をしてはならない。
⑩あなたの隣人(りんじん)の家を欲しがってはならない。(略)
(残り6つは人間の生活の中での道徳的戒律。)
『勅語』原文に、芥川賞作家の高橋源一郎氏による現代語訳を付した。
(1番目だけは長い文章なのでエッセンスだけ抽出引用してある。)
①我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ・・・教育のノ淵源亦實ニ此ニ存ス。
(臣下としては主君に忠誠を尽くし、子どもとしては親に孝行をしてきたわけです・・・そういうわけですから、教育の原理もそこに置かなきゃなりません。)
②父母ニ孝ニ
(父母を敬い)
③兄弟ニ友ニ
(兄弟は仲良くし)
④夫婦相和シ
(夫婦は喧嘩しないこと)
⑤朋友相信シ
(友だちは信じ合い、)
⑥恭倹己レヲ持シ
(何をするにも慎み深く、)
⑦博愛衆ニ及ホシ
(博愛精神を持ち、)
⑧学ヲ修メ業ヲ習ヒ
(勉強し、仕事のやり方を習い、)
⑨以テ智能ヲ啓発シ
(そのことによって智能をさらに上の段階に押し上げ、)
⑩徳器ヲ成就シ
(徳と才能をさらに立派なものにし、)
⑪進テ公益ヲ広メ世務ヲ開キ
(なにより、公共の利益と社会の為になることを第一に考えるような人間にならなくちゃなりません)
⑫常ニ国憲ヲ重シ国法ニ遵ヒ
(ぼくが制定した憲法を大切にして、法律をやぶるようなことは絶対しちゃいけません。よろしいですか。)
⑬一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ
(さて、その上で、いったん何かが起こったら、いや、はっきりいうと、戦争が起こったりしたら、勇気を持ち、公のために奉仕してください。というか、永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください。それが正義であり「人としての正しい道」なんです。)
若杉倫(元高校倫理教員)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます