《子どもと教科書全国ネット21ニュース》
★ 中学校新教科書の採択をふりかえって
糀谷陽子(こうじやようこ・子どもと教科書全国ネット21事務局長)
★ 育鵬社からの採択替えが目立つ
今年は、これまでの育鵬社、自由社に加え、令和書籍(令書)の『国史教科書』が検定を通過して採択の対象になりました。各地で、「戦争賛美と憲法改悪推進の“危ない教科書”の採択を許すな」と旺盛なとりくみが行われました。
上の表は、公立学校での育鵬社、自由社の採択状況です。
石川県金沢市(歴史)、大阪府泉佐野市(公民)、山口県下関市(歴史)、沖縄県八重山地区(公民)と千葉の県立中学校(歴史・公民)、福岡の県立中学校(公民)で、育鵬社の採択がなくなりました。
それぞれの地区の地域ネットはじめ多くの市民による、ねばり強いとりくみの結果だと思います。
八重山地区では、1頁に紹介されているように、採択地区協議会の調査員(現場の教員)が育鵬社について、他社と比較して多くの問題があるとして最低の評価をしていたことが、採択関連資料の開示請求によってあきらかになっています。
一方、新たな採択は、茨城県常陸大宮市の自由社(歴史・公民)、石川県小松市の育鵬社(公民)のみで、公立での令書の採択はありませんでした。
私立学校の採択状況は、まだ集約中ですが、大阪府の清風中学校が育鵬社(歴史・公民)を採択せず、岡山県の岡山学芸館清秀中学校が令書(歴史。公民はこれまで通り自由社)を採択したとのことです。
★ 政治的な力による採択への介入
このように、全体として“危ない教科書”は採択を減らしていますが、採択されなかった地区からも、
「展示会での意見の中に令書や自由社を推すものが散見された」
「採択審議会からの報告書で、育鵬社が2位にあがっていた」
「採択の審議会や教育委員会で育鵬社を支持する委員が複数いた」
「無記名投票で、育鵬社に1~2票入っていた」
ことなどが、いくつか報告されています。
こうした状況の背景として、今回、教科書採択に対する強い政治的圧力があったことを指摘したいと思います。
1つは、議会質問の中でその地域で使用されている歴史・公民の教科書の内容を攻撃し、「日本の建国を正しく教え、愛国心を育てる教科書を採択してほしい」と教育委員会に迫り、展示会に行って「自由社を採択してほしい」などと書いてくることをよびかけていたという、参政党など保守勢力の動きです。
もう1つは、7頁に詳しく報告されていますが、常陸大宮市で、「新しい歴史教科書をつくる会」教科書を推す首長の意向によって、共同採択地区からはずれて単独地区となり、自由社が採択されたことです。
「つくる会」の藤岡信勝氏は、このような採択の仕方がこれからの「モデルケースになる」とコメント(2024年9月4日付茨城新聞)しています。
こうしたかたちで、政治的な力によって教科書の採択を決めてしまおうとする動きが今後も強まり、広がっていくことが危倶されます。
子どもたちに一番近いところにいて、子どもと一緒に教科書を使う教職員や保護者、市民の意見に基づいた採択を求める声をいっそう大きくしていくことが重要です。
★ 教科書採択の過程を公開せよ
次に、各地の教科書採択がどのように行われ、それがどのように公開されたのかを見ていきます。
〈傍聴不可、9月まで結果を発表しない〉
全国の採択状況を集計してみると、採択を決める教育委員会の傍聴をさせない採択地区が少なくありませんでした。
それどころか、採択結果を9月になるまで明らかにしない地区もあります。市民がそれらの理由を尋ねると、「県でそう決まっているから」という回答。それは県で決めることではないはずですが、実際には県全体が同じような状況になっている、という報告が寄せられています。
今後、採択を決める教育委員会の傍聴可否と結果の公表日について各地区の状況を集約し、会議の公開を求めるとりくみを強めていきたいと思います。
〈傍聴者への配慮〉
教育委員会の傍聴ができた地区でも、課題は山積です。
まず人数制限があります。定員10人などという地区もあります。定員より多くの傍聴希望があった場合、全員の傍聴を認めた地区、抽選で外れてしまったら全く傍聴できなかった地区、別室でオンライン視聴、音声のみなど、さまざまでした。
また、これまでは同じ部屋で傍聴できたのに、今回は別室でオンライン傍聴になってしまった地区や、マイク不使用のため、「教育委員の発言が聞き取りにくく、改善を要求しても聞き入れてもらえなかった」という地区もありました。
資料については、
市民の意見や選定審議会等の報告書、学校意見などを全部印制したものが渡され、持ち帰ることができた地区、
傍聴時のみの閲覧で持ち帰り不可の地区、
資料がほとんど配付されなかった地区、
教科書や報告書などを大型スクリーンに映し出して説明した地区、
傍聴者が審議中に教科書を見られるよう用意されていた地区
もありました。傍聴者への配慮がある地区の多くが、改善要求を続けた結果であり、こうしたとりくみは重要です。
〈審議の進め方〉
東京都教育委員会は無記名投票だけで、教育委員の審議はありませんでしたが、それ以外の地区はみな、投票や挙手による多数決で決める前に一定の審議を行っています。
投票や多数決は行わず、話し合いによる合意で採択する教科書を決めていた地区もありました。
しかし、問題は審議の内容です。
「シナリオを読んでいるみたいだった」
「誰が何を言うか、あらかじめ決まっていたようだ」
「事前に練習していた節がある」
「先に打ち合わせがあったようで、みんなが同じ教科書を推していた」
などの報告が多数寄せられています。
教育委員会は単なるセレモニーで、実質的な審議は、傍聴のできない、その前の段階で行われている、ということです。これでは、採択経過を公開したことにはなりません。
そうすると、(単独採択地区では)教育委員会の前の選定審議会等の公開、(共同採択地区では)合同の採択協議会の公開が重要な課題となってきます。
その点で、埼玉県に採択協議会が公開されている地区があり、千葉県で採択協議会の議事録のWEB公開が進んでいることは重要な前進だと思います。
★ 教職員と保護者、市民の意見に基づく採択を
同時に重要なことは、数人の教育委員だけで採択するのではなく、教職員と保護者、市民の意見に基づいた採択になっているか、ということです。
選定審議会や採択協議会に資料を提出する調査部会等に、学校で実際に授業をしている教員が入っているか、各学校から提出する報告書や展示会での市民の意見が採択のための正式な資料として活用されているか、などいくつかのポイントがあります。
大阪府吹田市では、各教科担当の教員が全校からへ集まって新教科書の検討をする時間が設けられ、そいの検討をもとに調査報告書を作成するとりくみが続いています。
4年前、育鵬社の採択を覆した東京都大田区や神奈川県藤沢市では、各学校から採択したい教科書を明示することができます。
「『学校意見を尊重した』という発言が多かった」(大田区)、「冒頭、『基本的に先生方や保護者の意見を大切に考えなければならない』という発言があり、理科以外は学校からの調査書で多かった教科書を採択」(藤沢中)とのことです。
各学校が推す教科書の一覧が配付され、それにもとついて採択する地区もあります。また、
「冊子にされた市民の意見を読んでいることがわかる発言があった」(福岡県北九州市)、
「市民アンケートと事務局からの現場報告で、『○○の歴史は使いにくい』という声が多かったことから、『○○は替えないといけない』という意見がでて、他社に戻った」(広島県福山市)という報告がありました。
中学生にアンケートをとり、その結果が示された(東京都三鷹市・多摩市)地区もありました。
しかし多くの地区では、「市民意見への言及がない」「尊重したという発言はあったが、具体的には紹介されていない」状況です。
学校からの報告書や市民意見を明らかにして採択結果と突き合わせ、民主的な採択制度への改善を求めるとりくみを広げていきたいと思います。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 158号』(2024年10月25日)
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