◆ 勧告は相次ぎ拒否
人権問題では自己弁護 (東京新聞【こちら特報部】)
国連が批判にさらされている。ロシアによるウクライナ侵攻に対し、有効な手だてを示せないからだ。そんな中で岸田政権は国連改革に意欲を示す。しかしこれまで、国連機関から出た数々の勧告に耳を貸さなかったのが日本政府だ。
その一方、自らの訴えを支える「お墨付き」は持ち上げてきた。改革の旗手を担うならまず、過去のご都合主義をただすべきではないか。(宮畑譲、木原育子)
「今ある国連をどう機能させるかに政府として重点を置きたい」。十四日、自民党の佐藤正久外交部会長から国連改革を求める提言書を受け取った岸田文雄首相はこう応じたという。
確かに今の国連はロシアの暴挙に対し、有効な手だてがないようにみえる。
ロシアのウクライナ侵攻後、国連総会は即時停戦などを求める決議を二度採択したが、攻撃は継続された。
七日には、人権理事会からロシアを追放する決議を採択。
この時、賛成は九十三力国に対し、反対と棄権が計八十ニカ国、無投票が十八力国に上った。
米欧への反発やロシアに配慮する国も少なくなく、国連の分断も懸念される。
そんな中、国連改革に意欲を見せる岸田首相。しかし日本政府が改革の旗振り役を担えるのかと言えば心もとない。国連軽視とみられても仕方がない振る舞いを過去にしてきたからだ。
例えば人権理事会からの勧告拒否。
二〇一八年、各国が求めた死刑廃止要求や核兵器禁止条約(TPNW)の署名、朝鮮学校の無償化などを日本は拒否した。
拒否の理由や言い分はこうだ。
「特別に議論する場所を設けることは現在のところ考えていない」(死刑廃止)、
「アプローチの異なる条約に署名できない」(TPNW署名)、
「法令に基づき公正に判断しており、朝鮮学校を差別するものではない」。
外務省人権人道課の担当者は「対話と協力を前提にしている。勧告に強制力はなく、どうするかは各国に任せられている」と話す。
ただ、甲南大の笹倉香奈教授(刑事訴訟法)は「日本は人権を強化する方向の指摘を受け入れない。死刑はその最たるもの。国外では廃止が進むのに、議論せず何となく存置されている」と批判する。
勧告が響かない例は枚挙にいとまがない。
◆ 過去には「黙れ」発言も
その拷問禁止委では世界の感覚とのズレがあらわになった。一三年のことだ。
アフリカ・モーリシャス共和国の委員から代用監獄制度など日本の刑事司法が「中世のようだ」と指摘されると、外務省の大使が「日本は人権先進国」と反論。
会場の失笑に「シャラップ(黙れ)」と叫んだ。
日弁連の代表団の一員として一部始終を肝撃したのが小池振一郎弁護士。
国際連盟が満州国を認めないことを不服として識場から退出した日本政府の代表、松岡洋右を思い起こした。
「日本は国際社会と連携して人権擁護、平和を求める発想が弱い。特に支配層の間で他国からの批判を無視ないし軽視するのが歴史的伝統なのかと思ってしまう」
◆ 世界遺産では自己顕示
~政治利用の疑い
耳の痛い「諫言(かんげん)」を拒む日本だが、国連の関連機関が出す「お墨付き」はありがたがる節がある。
代表例は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産だ。
今から八年前の二〇一四年、「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)の世界文化遺産登録が決まった瞬間、中東力夕ール・ドーハの会場で見守っていた大沢正明知事(当時)は喜びを爆発させた。議長が「お祝いは議場の外で」と促すほどの喜びよう。
一九年の「百舌鳥・古市古墳群」(大阪府)の登録決定の際も歓喜の輪ができ、政治家も官僚もここぞとばかりに喜んだ。
それだけではない。政府与党を見渡すと、政治利用かと疑いたくなる様相も。
記憶に新しいのは、「佐渡島の金山」(新潟県)の登録に向けた動きだ。
政府が提出した推薦書では、戦時中の朝鮮人強制労働の史実が一切触れられていなかったことで、韓国が反発し外交問題に発展。
対抗するかのように、安倍晋三元首相ら自民党有志が議員連盟を発足させた。参院選を前にした右派系の支持者固めとともに、岸田政権を揺さぶる狙いが見え隠れした。
政治利用の疑いは日本だけにとどまらない。近年は、登録に向けたロビー活動が各国で激化している。
九州大アジア・オセアニア研究教育機構の田中俊徳准教授(環境政策学)は「登録できれば観光地として経済活性化でき、政治家としての実績にもなると考える人もいる」と話す。
その結果「人類共通の遺産」という当初の目的とかけ離れ、世界遺産の政治化が起きているというのだ。
◆ 「ご都合主義」原発事故報告に「身内」も参加
お墨付きをありがたがる例は他にもある。
東京電力福島第一原発事故で言えば、世界保健機関(WHO)の専門機関「国際がん研究機関(IARC)」が一八年に公表した報告書、そして国連科学委員会(アンスケア)の二〇年報告書だ。
これらは、復興庁がサイト上で被ばくによる健康被害を否定したり、国会議員が甲状腺がんの検査見直しを主張する際に論拠として持ち出されてきた。
ただ、二つの報告に関しては首をかしげたくなる動きが取られていた。
IARCの報告作成には、環境省が約四千万円を資金援助した。
アンスケアの方は、文部科学省が所管する放射線医学総合研究所やその上部組織から専門家が報告の取りまとめ作業に参加している。
これで「第三者的な判断」がなされるのだろうか。
甲状腺被ばくの取材を続けてきたインターネット放送局「OurPlanet(アワープラネット)-TV」代表の白石草(はじめ)さんは、政府が重視するアンスケアに触れ「論文の選び方が恣意的で、被ばくの影響を過少に抑えることが念頭に置かれてきた」と批判。
「科学的な意見を戦わせている感じはなく、政策を誘導するための報告書。仲間うちで作成しているように見える」と疑問視する。
諫言に耳を貸さない一方、お墨付きをありがたがる。
そんな「ご都合主義」でいいはずがない。
さらに今、外交の姿勢白体が危うくなっている。
駒沢大の山崎望教授(現代政治理論)は「日本は一貫して米国中心の外交を行ってきた。ウクライナ危機をきつかけに軍拡路線に追随するのではないか」と語り、、「国連を舞台にした外交は手薄だ」と指摘する。
そんな状況を踏まえ、山崎さんは提一言する。
「アジアなどへの日本のODA(政府開発援助)は相当な実績がある。そこで得た信頼関係をプラスに、環境問題や少子高齢化、移民の問題など国内問題と適動させた形で、国運改革をするなどのバランス感覚が必要だ」
※ デスクメモ
日本政府の問題はご都合主義だけではない。曲解もだ。国連科学委の報告をよく読むと、福島の事故に伴う被ばくでがんが生じる可能性を認めるのに、政府は報告を引用しながら「将来的な影響は見られそうにない」と伝える。これでは世界から見放されないか。さすがに心配になる。(榊)
『東京新聞【こちら特報部」】』(2022年4月16日)
人権問題では自己弁護 (東京新聞【こちら特報部】)
国連が批判にさらされている。ロシアによるウクライナ侵攻に対し、有効な手だてを示せないからだ。そんな中で岸田政権は国連改革に意欲を示す。しかしこれまで、国連機関から出た数々の勧告に耳を貸さなかったのが日本政府だ。
その一方、自らの訴えを支える「お墨付き」は持ち上げてきた。改革の旗手を担うならまず、過去のご都合主義をただすべきではないか。(宮畑譲、木原育子)
「今ある国連をどう機能させるかに政府として重点を置きたい」。十四日、自民党の佐藤正久外交部会長から国連改革を求める提言書を受け取った岸田文雄首相はこう応じたという。
確かに今の国連はロシアの暴挙に対し、有効な手だてがないようにみえる。
ロシアのウクライナ侵攻後、国連総会は即時停戦などを求める決議を二度採択したが、攻撃は継続された。
七日には、人権理事会からロシアを追放する決議を採択。
この時、賛成は九十三力国に対し、反対と棄権が計八十ニカ国、無投票が十八力国に上った。
米欧への反発やロシアに配慮する国も少なくなく、国連の分断も懸念される。
そんな中、国連改革に意欲を見せる岸田首相。しかし日本政府が改革の旗振り役を担えるのかと言えば心もとない。国連軽視とみられても仕方がない振る舞いを過去にしてきたからだ。
例えば人権理事会からの勧告拒否。
二〇一八年、各国が求めた死刑廃止要求や核兵器禁止条約(TPNW)の署名、朝鮮学校の無償化などを日本は拒否した。
拒否の理由や言い分はこうだ。
「特別に議論する場所を設けることは現在のところ考えていない」(死刑廃止)、
「アプローチの異なる条約に署名できない」(TPNW署名)、
「法令に基づき公正に判断しており、朝鮮学校を差別するものではない」。
外務省人権人道課の担当者は「対話と協力を前提にしている。勧告に強制力はなく、どうするかは各国に任せられている」と話す。
ただ、甲南大の笹倉香奈教授(刑事訴訟法)は「日本は人権を強化する方向の指摘を受け入れない。死刑はその最たるもの。国外では廃止が進むのに、議論せず何となく存置されている」と批判する。
勧告が響かない例は枚挙にいとまがない。
女性差別撤廃委員会からは、女性が生来の姓を維持できるよう再三、勧告を受けたが、実現に至っていない。
人種差別撤廃委員会から旧日本軍の従軍慰安婦問題で持続的な解決を図るよう勧告を受けると、「必要な対応は取っている」と抗弁した。
拷問禁止委員会からは、犯罪容疑者を拘置所の代わりに警察の留置場で長時間取り調べる代用監獄制度の改善を求められたが、今も続いている。
◆ 過去には「黙れ」発言も
その拷問禁止委では世界の感覚とのズレがあらわになった。一三年のことだ。
アフリカ・モーリシャス共和国の委員から代用監獄制度など日本の刑事司法が「中世のようだ」と指摘されると、外務省の大使が「日本は人権先進国」と反論。
会場の失笑に「シャラップ(黙れ)」と叫んだ。
日弁連の代表団の一員として一部始終を肝撃したのが小池振一郎弁護士。
国際連盟が満州国を認めないことを不服として識場から退出した日本政府の代表、松岡洋右を思い起こした。
「日本は国際社会と連携して人権擁護、平和を求める発想が弱い。特に支配層の間で他国からの批判を無視ないし軽視するのが歴史的伝統なのかと思ってしまう」
◆ 世界遺産では自己顕示
~政治利用の疑い
耳の痛い「諫言(かんげん)」を拒む日本だが、国連の関連機関が出す「お墨付き」はありがたがる節がある。
代表例は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産だ。
今から八年前の二〇一四年、「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)の世界文化遺産登録が決まった瞬間、中東力夕ール・ドーハの会場で見守っていた大沢正明知事(当時)は喜びを爆発させた。議長が「お祝いは議場の外で」と促すほどの喜びよう。
一九年の「百舌鳥・古市古墳群」(大阪府)の登録決定の際も歓喜の輪ができ、政治家も官僚もここぞとばかりに喜んだ。
それだけではない。政府与党を見渡すと、政治利用かと疑いたくなる様相も。
記憶に新しいのは、「佐渡島の金山」(新潟県)の登録に向けた動きだ。
政府が提出した推薦書では、戦時中の朝鮮人強制労働の史実が一切触れられていなかったことで、韓国が反発し外交問題に発展。
対抗するかのように、安倍晋三元首相ら自民党有志が議員連盟を発足させた。参院選を前にした右派系の支持者固めとともに、岸田政権を揺さぶる狙いが見え隠れした。
政治利用の疑いは日本だけにとどまらない。近年は、登録に向けたロビー活動が各国で激化している。
九州大アジア・オセアニア研究教育機構の田中俊徳准教授(環境政策学)は「登録できれば観光地として経済活性化でき、政治家としての実績にもなると考える人もいる」と話す。
その結果「人類共通の遺産」という当初の目的とかけ離れ、世界遺産の政治化が起きているというのだ。
◆ 「ご都合主義」原発事故報告に「身内」も参加
お墨付きをありがたがる例は他にもある。
東京電力福島第一原発事故で言えば、世界保健機関(WHO)の専門機関「国際がん研究機関(IARC)」が一八年に公表した報告書、そして国連科学委員会(アンスケア)の二〇年報告書だ。
これらは、復興庁がサイト上で被ばくによる健康被害を否定したり、国会議員が甲状腺がんの検査見直しを主張する際に論拠として持ち出されてきた。
ただ、二つの報告に関しては首をかしげたくなる動きが取られていた。
IARCの報告作成には、環境省が約四千万円を資金援助した。
アンスケアの方は、文部科学省が所管する放射線医学総合研究所やその上部組織から専門家が報告の取りまとめ作業に参加している。
これで「第三者的な判断」がなされるのだろうか。
甲状腺被ばくの取材を続けてきたインターネット放送局「OurPlanet(アワープラネット)-TV」代表の白石草(はじめ)さんは、政府が重視するアンスケアに触れ「論文の選び方が恣意的で、被ばくの影響を過少に抑えることが念頭に置かれてきた」と批判。
「科学的な意見を戦わせている感じはなく、政策を誘導するための報告書。仲間うちで作成しているように見える」と疑問視する。
諫言に耳を貸さない一方、お墨付きをありがたがる。
そんな「ご都合主義」でいいはずがない。
さらに今、外交の姿勢白体が危うくなっている。
駒沢大の山崎望教授(現代政治理論)は「日本は一貫して米国中心の外交を行ってきた。ウクライナ危機をきつかけに軍拡路線に追随するのではないか」と語り、、「国連を舞台にした外交は手薄だ」と指摘する。
そんな状況を踏まえ、山崎さんは提一言する。
「アジアなどへの日本のODA(政府開発援助)は相当な実績がある。そこで得た信頼関係をプラスに、環境問題や少子高齢化、移民の問題など国内問題と適動させた形で、国運改革をするなどのバランス感覚が必要だ」
※ デスクメモ
日本政府の問題はご都合主義だけではない。曲解もだ。国連科学委の報告をよく読むと、福島の事故に伴う被ばくでがんが生じる可能性を認めるのに、政府は報告を引用しながら「将来的な影響は見られそうにない」と伝える。これでは世界から見放されないか。さすがに心配になる。(榊)
『東京新聞【こちら特報部」】』(2022年4月16日)
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