◆ 給料上がらない日本と上がった韓国は何が違うか
高い外需依存の課題あるが経済成長を遂げた隣国 (東洋経済オンライン)
2000年頃以降、日本は円安政策をとった。その結果、企業の利益が増えて株価も上昇したが、GDP(国内総生産)は増えず、賃金(給料)も上がらなかった。
他方、韓国は、通貨安を求めず、品質の向上を図った。その結果、輸出が増えただけでなく、貿易黒字が増え、GDPが増えて、賃金が上がった。
韓国の今後の課題は、高い外需依存から脱却して、産業構造の情報化を進めることだ。昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第58回。
図1<日本と韓国の実質実効為替レート>
◆ さまざまな指標で韓国が日本を上回る
韓国の賃金が日本を抜いた。
OECDが公表しているデータによって2020年のデータを見ると、日本は3万8515ドルだ。
それに対して、韓国は4万1960ドルである。
こうなるのは、日本経済が長期にわたって停滞を続けているのに対して、韓国経済が高成長を続けているからだ。
2020年の1人当たり名目GDPを2000年と比べると、韓国は285.2%増だ(つまり、3.85倍になった)。
それに対して日本は、わずか2.9%の増加でしかない。
比較にならないほどの違いがある。
さまざまな指標で見て、韓国が日本を抜きつつある。
ジュネーブにある国際経営開発研究所が作成する「世界競争力年鑑2021」によると、2021年の順位は、韓国が23位で、日本は31位だ。
「デジタル技術」では、韓国が8位で、日本が27位だ。
国連が発表した電子政府ランキングによると、2020年において、日本は14位だ。それに対して韓国は世界第2位だ。
◆ 日本は自国通貨安を求めた
なぜこのようなことになったのか?
それを解く鍵が、図1<日本と韓国の実質実効為替レート>(最上部)にある。
これは実質為替レートの推移を示したものだ。実質為替レートとは、購買力平価に対する実際の為替レートの比率だ。基準年を100とした指数で示される。
この指数が100未満であることは、規準年に比べて為替レートが割安であること(購買力が低下していること)を意味する。
日本の場合、2000年以降、この指数が低下している。これは、2000年頃から円安政策がとられたためだ。
アベノミクスでは、金融緩和で金利を低下させたため、顕著な円安が進行した。
円安政策がとられたのは、円高になると企業の利益が圧迫されるという声が産業界からあがったからだ。
円安になれば、現地価格が変わらなくても、円表示の売上高が増えるので、利益が増える。
現地販売価格を若干切り下げても、円表示の売り上げは前より増える。
つまり、日本企業は、安売りで輸出を増やし、利益をあげてきたわけだ。
◆ 韓国は通貨安を求めなかった
韓国では、「漢江の奇跡」と言われたように、1970年代から輸出主導型の成長が続いてきた。
このため、外需に対する依存度がきわめて高い。
GDPに対する輸出の比率は、日本では10%程度だが、韓国では40%程度の値になっていた。
これからすると、ウォン安政策が取られてもおかしくない。しかし、韓国はそれを行わなかった。
図1で見るように、1990年代末のアジア通貨危機で一時的にウォン安になったが、すぐに回復している。
そして、2006~2007年頃には、通貨危機以前よりも高くなった。
その後、リーマンショックで低下したが、すぐに回復している。
2013年頃からは顕著に上昇している。この時期に、日本ではアベノミクスによって低下したのと対照的だ。
通貨高になると、現地価格がそれまでのままでは、自国通貨建ての売り上げが減少する。
売り上げを一定に保つためには、現地通貨建ての価格を引き上げなければならない。
それでも売り上げが減少しないようにするためには、品質を高める必要がある。韓国では、そのための努力が行われた。
◆ 日本ではGDPが成長しなかった
この結果何が生じたか?
日本の場合、円安が実現して、2000年頃から輸出は大幅に増大した(図2<日本と韓国の財輸出額>参照)。
しかし一方で、円ベースの輸入額も増えた(図には示していない)。
この結果、財貿易の黒字は増大しなかった。図3<日本と韓国の財貿易収支>がそれを表している。
財貿易黒字は、1990年代の中頃までは増加していたのだが、それ以降は増加しなくなった。
つまり、経済を成長させる力を失った。
2013年頃以降は、財の貿易収支が赤字になっている。
つまり、GDPを減少させる方向に働くようになった。
だから、輸出企業の利益が増え、株価も上がったのだが、経済成長は停滞した。
そして賃金も上がらなかったのだ。
しかも、企業が円安効果に依存するようになったため、技術開発とビジネスモデルの革新を行わなくなり、日本の輸出競争力は低下していった。
◆ 韓国では成長につながった
それに際して韓国の場合には、通貨が増価したにもかかわらず、輸出が拡大した。
輸出額は、2000年頃には、日本の半分程度だったが、2008年頃には、財輸出額で日本と大差がないまでになった(図2参照)。
人口が日本の約半分以下の韓国が、輸出で日本と同じくらいになったのだから、輸出依存度がいかに高いかがわかる。
そして、貿易黒字も増大した。
図3に示す財貿易の収支差で見ると、1990年代中頃までは、収支差はほとんどゼロだった。
しかし、1998年頃から増加し、経済を牽引する役割を果たすようになっている。
さらに、2010年以降には、黒字が大きくなっている。
韓国では外需依存度が高いので、これがGDPの成長に大きく寄与したと考えられる。
韓国の成長率が高い大きな原因がここにある。
そして、1人当たりGDPや賃金を上昇させた原因もここにある。
◆ 20年以上ゼロ成長では賃金が上がるはずがない
賃金を引き上げるため、日本政府は企業に賃上げを要請するとしている。
あるいは、賃上げをした企業の法人税を減税するという。
しかし、こんなことをしたところで、賃金が上がるはずがない。なぜなら、元手がないからだ。
賃金と企業所得の分配率は、技術によって決まる面が大きい。
政府が介入しても、変えられるものではない。
実際、時系列データを見ると、分配率は長期にわたってほぼ安定しており、大きな変動はない。
賃金を引き上げるには、就業者1人当たりの付加価値(生産性)を増やす必要がある。これが増えない限り、賃金は上がらない。
ところが、日本の1人当たりGDPは、1980年代までは顕著に増加したが、1990年代の中頃に頭打ちとなり、その後は、冒頭に述べたように、現在に至るまでほとんど変化していない。
20年以上にわたって、1人当たりGDPが停滞しているのだ。
このために、賃金が上昇しない。
この状態から脱却しない限り、賃金が上がるはずがない。
◆ 韓国経済は、産業の情報化に成功するか?
韓国の外需依存型経済に危うさが残っているのは、事実である。
米中貿易戦争の影響もあるし、新興国の追い上げもある。
実際、この1~2年、韓国の輸出も貿易黒字も、そして成長率も頭打ちになっている。
製造業の比率を下げ、経済構造の情報化を進めていくことが、韓国経済の今後に向けての課題だ
その際にモデルとなるのはアメリカだ。
2020年の1人当たり名目GDPを2000年と比べると、アメリカは2.2倍になっている。
冒頭で述べた韓国の数字に比べれば低いとはいうものの、顕著な成功ということができるだろう。
アメリカは、この期間に、IT革命に成功した。そして、産業構造が情報処理型のものに大きく変わった。データ資本主義という新しい形の経済構造が実現している。シリコンバレーの巨大IT企業群が、その典型だ。
就業者数で見た製造業の比率は10.7%にすぎない(2019年)。
このような変化があったために、経済が停滞せず成長を続けているのだ。
一方、韓国では、就業者数で見た製造業の比率は16.3%だ。アメリカに比べてかなり高い。
また、輸出のGDPに対する比率は、35.3%と高い(2017年)。アメリカの7.9%と大きな違いがある。
韓国は、現在のこのような産業構造を、アメリカのような構造に向けて転換することができるか?
それが、今後の韓国経済のパフォーマンスを決めることになるだろう。
※ 前回記事:日本と米国「物価上昇の歴然たる開き」を解くカギ(11月28日配信)
https://toyokeizai.net/articles/-/469598
『東洋経済オンライン』(2021/12/12)
https://toyokeizai.net/articles/-/473254
高い外需依存の課題あるが経済成長を遂げた隣国 (東洋経済オンライン)
野口 悠紀雄(一橋大学名誉教授)
2000年頃以降、日本は円安政策をとった。その結果、企業の利益が増えて株価も上昇したが、GDP(国内総生産)は増えず、賃金(給料)も上がらなかった。
他方、韓国は、通貨安を求めず、品質の向上を図った。その結果、輸出が増えただけでなく、貿易黒字が増え、GDPが増えて、賃金が上がった。
韓国の今後の課題は、高い外需依存から脱却して、産業構造の情報化を進めることだ。昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第58回。
図1<日本と韓国の実質実効為替レート>
◆ さまざまな指標で韓国が日本を上回る
韓国の賃金が日本を抜いた。
OECDが公表しているデータによって2020年のデータを見ると、日本は3万8515ドルだ。
それに対して、韓国は4万1960ドルである。
こうなるのは、日本経済が長期にわたって停滞を続けているのに対して、韓国経済が高成長を続けているからだ。
2020年の1人当たり名目GDPを2000年と比べると、韓国は285.2%増だ(つまり、3.85倍になった)。
それに対して日本は、わずか2.9%の増加でしかない。
比較にならないほどの違いがある。
さまざまな指標で見て、韓国が日本を抜きつつある。
ジュネーブにある国際経営開発研究所が作成する「世界競争力年鑑2021」によると、2021年の順位は、韓国が23位で、日本は31位だ。
「デジタル技術」では、韓国が8位で、日本が27位だ。
国連が発表した電子政府ランキングによると、2020年において、日本は14位だ。それに対して韓国は世界第2位だ。
◆ 日本は自国通貨安を求めた
なぜこのようなことになったのか?
それを解く鍵が、図1<日本と韓国の実質実効為替レート>(最上部)にある。
これは実質為替レートの推移を示したものだ。実質為替レートとは、購買力平価に対する実際の為替レートの比率だ。基準年を100とした指数で示される。
この指数が100未満であることは、規準年に比べて為替レートが割安であること(購買力が低下していること)を意味する。
日本の場合、2000年以降、この指数が低下している。これは、2000年頃から円安政策がとられたためだ。
アベノミクスでは、金融緩和で金利を低下させたため、顕著な円安が進行した。
円安政策がとられたのは、円高になると企業の利益が圧迫されるという声が産業界からあがったからだ。
円安になれば、現地価格が変わらなくても、円表示の売上高が増えるので、利益が増える。
現地販売価格を若干切り下げても、円表示の売り上げは前より増える。
つまり、日本企業は、安売りで輸出を増やし、利益をあげてきたわけだ。
◆ 韓国は通貨安を求めなかった
韓国では、「漢江の奇跡」と言われたように、1970年代から輸出主導型の成長が続いてきた。
このため、外需に対する依存度がきわめて高い。
GDPに対する輸出の比率は、日本では10%程度だが、韓国では40%程度の値になっていた。
これからすると、ウォン安政策が取られてもおかしくない。しかし、韓国はそれを行わなかった。
図1で見るように、1990年代末のアジア通貨危機で一時的にウォン安になったが、すぐに回復している。
そして、2006~2007年頃には、通貨危機以前よりも高くなった。
その後、リーマンショックで低下したが、すぐに回復している。
2013年頃からは顕著に上昇している。この時期に、日本ではアベノミクスによって低下したのと対照的だ。
通貨高になると、現地価格がそれまでのままでは、自国通貨建ての売り上げが減少する。
売り上げを一定に保つためには、現地通貨建ての価格を引き上げなければならない。
それでも売り上げが減少しないようにするためには、品質を高める必要がある。韓国では、そのための努力が行われた。
◆ 日本ではGDPが成長しなかった
この結果何が生じたか?
日本の場合、円安が実現して、2000年頃から輸出は大幅に増大した(図2<日本と韓国の財輸出額>参照)。
しかし一方で、円ベースの輸入額も増えた(図には示していない)。
この結果、財貿易の黒字は増大しなかった。図3<日本と韓国の財貿易収支>がそれを表している。
財貿易黒字は、1990年代の中頃までは増加していたのだが、それ以降は増加しなくなった。
つまり、経済を成長させる力を失った。
2013年頃以降は、財の貿易収支が赤字になっている。
つまり、GDPを減少させる方向に働くようになった。
だから、輸出企業の利益が増え、株価も上がったのだが、経済成長は停滞した。
そして賃金も上がらなかったのだ。
しかも、企業が円安効果に依存するようになったため、技術開発とビジネスモデルの革新を行わなくなり、日本の輸出競争力は低下していった。
◆ 韓国では成長につながった
それに際して韓国の場合には、通貨が増価したにもかかわらず、輸出が拡大した。
輸出額は、2000年頃には、日本の半分程度だったが、2008年頃には、財輸出額で日本と大差がないまでになった(図2参照)。
人口が日本の約半分以下の韓国が、輸出で日本と同じくらいになったのだから、輸出依存度がいかに高いかがわかる。
そして、貿易黒字も増大した。
図3に示す財貿易の収支差で見ると、1990年代中頃までは、収支差はほとんどゼロだった。
しかし、1998年頃から増加し、経済を牽引する役割を果たすようになっている。
さらに、2010年以降には、黒字が大きくなっている。
韓国では外需依存度が高いので、これがGDPの成長に大きく寄与したと考えられる。
韓国の成長率が高い大きな原因がここにある。
そして、1人当たりGDPや賃金を上昇させた原因もここにある。
◆ 20年以上ゼロ成長では賃金が上がるはずがない
賃金を引き上げるため、日本政府は企業に賃上げを要請するとしている。
あるいは、賃上げをした企業の法人税を減税するという。
しかし、こんなことをしたところで、賃金が上がるはずがない。なぜなら、元手がないからだ。
賃金と企業所得の分配率は、技術によって決まる面が大きい。
政府が介入しても、変えられるものではない。
実際、時系列データを見ると、分配率は長期にわたってほぼ安定しており、大きな変動はない。
賃金を引き上げるには、就業者1人当たりの付加価値(生産性)を増やす必要がある。これが増えない限り、賃金は上がらない。
ところが、日本の1人当たりGDPは、1980年代までは顕著に増加したが、1990年代の中頃に頭打ちとなり、その後は、冒頭に述べたように、現在に至るまでほとんど変化していない。
20年以上にわたって、1人当たりGDPが停滞しているのだ。
このために、賃金が上昇しない。
この状態から脱却しない限り、賃金が上がるはずがない。
◆ 韓国経済は、産業の情報化に成功するか?
韓国の外需依存型経済に危うさが残っているのは、事実である。
米中貿易戦争の影響もあるし、新興国の追い上げもある。
実際、この1~2年、韓国の輸出も貿易黒字も、そして成長率も頭打ちになっている。
製造業の比率を下げ、経済構造の情報化を進めていくことが、韓国経済の今後に向けての課題だ
その際にモデルとなるのはアメリカだ。
2020年の1人当たり名目GDPを2000年と比べると、アメリカは2.2倍になっている。
冒頭で述べた韓国の数字に比べれば低いとはいうものの、顕著な成功ということができるだろう。
アメリカは、この期間に、IT革命に成功した。そして、産業構造が情報処理型のものに大きく変わった。データ資本主義という新しい形の経済構造が実現している。シリコンバレーの巨大IT企業群が、その典型だ。
就業者数で見た製造業の比率は10.7%にすぎない(2019年)。
このような変化があったために、経済が停滞せず成長を続けているのだ。
一方、韓国では、就業者数で見た製造業の比率は16.3%だ。アメリカに比べてかなり高い。
また、輸出のGDPに対する比率は、35.3%と高い(2017年)。アメリカの7.9%と大きな違いがある。
韓国は、現在のこのような産業構造を、アメリカのような構造に向けて転換することができるか?
それが、今後の韓国経済のパフォーマンスを決めることになるだろう。
※ 前回記事:日本と米国「物価上昇の歴然たる開き」を解くカギ(11月28日配信)
https://toyokeizai.net/articles/-/469598
『東洋経済オンライン』(2021/12/12)
https://toyokeizai.net/articles/-/473254
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