当時公開された刑場の「執行室」。奥が「立会室」/(提供)法務省
☆ 法務省はほぼ情報公開せず…死刑執行や死刑囚の実態など「秘密のベール」は分厚い
日本の死刑制度が揺らいでいる。1966年に起きた静岡県一家4人殺害事件の犯人とされ、死刑が確定した袴田巌さん(88)の裁判をやり直す再審で、静岡地裁は26日に判決を言い渡す。戦後、死刑事件の再審判決は4件あるが、その全てに無罪が言い渡されており、袴田さんも無罪となる公算が大きい。
NPO「クライムインフォ」によると、1945年以降に日本では718人に死刑が執行された。今年9月現在で、刑事施設に収容されている死刑囚は107人にのぼる。
しかし、死刑執行や死刑囚の実態が伝えられることはほとんどない。法務省は死刑に関する情報をほとんど公開せず、厚い「秘密のベール」に包んでいる。このことが、日本で死刑に関する議論を阻んでいることは明らかだ。
今年7月、民主党政権下で法相を務めた千葉景子氏に死刑制度についてインタビューした。千葉氏は法相在任中の2010年7月、死刑囚2人の執行命令にサインしたが、執行に自ら立ち会い、その後に刑場をメディアに公開するという異例の対応を取った。
千葉氏の話の中で驚かされたのは、執行する死刑囚の順番をどう決めているか法務官僚に質問しても、具体的な基準や経緯については明らかにされず、「よくわからなかった」と述べたことだった。死刑執行に至るプロセスを法相に十分説明しないまま、執行命令のサインを求めているのであれば、実質的に法務官僚が死刑囚の生殺与奪の権を握っていることになる。
就任前から死刑廃止の立場を取っていた千葉氏が、批判を覚悟しながらも執行を決断したのは、情報を公開して議論を進めたいとの思いがあったからだ。だが、法務省内に設置した死刑制度に関する勉強会は、存廃両論併記の報告書をまとめたのみで終結した。刑場公開後も、法務省は情報公開に後ろ向きな姿勢をとり続け、国会での議論も進んでいない。
死刑が執行されると、法相が臨時記者会見を開き、処刑された死刑囚の名前などを公表する。しかし、その死刑囚を選んだ理由や執行の状況などについて質問が及ぶと、法相は「死刑囚の心情の安定に差し障りがある」「お答えを差し控える」と繰り返すだけで、回答はゼロに等しい。それは死刑という究極の公権力を行使した責任者として、極めて不誠実かつ不適切だ。
法務省や国会議員は、議論を喚起しようとした千葉氏の思いに、いま一度向き合うべきではないだろうか。 (つづく)
『日刊ゲンダイ』(2024/09/25)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/360966
☆ “異端児”日本に向けられる視線…OECD加盟国で執行を続ける唯一の国
日本が死刑制度を維持し、死刑執行を続けていることについて、特に厳しい視線を投げかけているのが欧州の国々だ。日本ではあまり知られていないが、欧州連合(EU)は憲法に当たる基本権憲章で「何人も死刑に処されてはならない」と規定し、死刑廃止が加盟条件となっている。EUを離脱した英国も死刑を廃止しており、欧州で死刑を続けているのは、ルカシェンコ大統領が独裁的な政権統治を続けるベラルーシだけになっている。
駐日英国大使を務めるジュリア・ロングボトム氏に、死刑制度についての考えを聞いたことがある。外交官として過去に2回の日本勤務を経験し、日本語も堪能で、英国外務省きっての「日本通」として知られるロングボトム氏は、私にはっきりとこう述べた。
「英国と日本は非常に親しい友人であり、多くの価値観を共有しています。しかし、考え方の異なる重要な問題があります。それが死刑制度です」
日本に死刑があることに英国人の多くは衝撃を受けるとし、死刑を廃止すれば「英国と日本の関係はさらによくなる」と言い切った。
天皇・皇后の英国訪問もあり、日英関係は極めて良好と思っている人は多いだろう。それは、決して間違いではない。しかし、日本が死刑を続けていることが、日英の間に影を落としているのも事実なのだ。
☆ 加藤智大死刑囚の死刑執行を非難
2022年7月に、東京・秋葉原で無差別殺傷事件を起こした加藤智大死刑囚の死刑が執行された際には、駐日EU代表部や欧州の各国大使らが非難の声明を発表した。
この前日、日本とEUなどの外相らは、ミャンマーで民主活動家ら4人の死刑が執行されたことについて非難する共同声明を出したばかりだった。
日本は他国の死刑についてEUと共に反対しながらも、自国の死刑ではEUから批判されるという、なんとも皮肉な事態に陥ってしまった。
米国では2020年の大統領選で、バイデン氏が死刑廃止を公約に掲げた。州によって死刑の存廃は分かれるが、2021年7月から連邦レベルでの死刑執行を停止した。
韓国も1998年以降、死刑は執行していない。
経済協力開発機構(OECD)に加盟する38カ国のうち、死刑制度があるのは日米韓の3カ国だが、国として執行を続けているのは日本だけになっている。
その現実から目を背けていれば、国際社会との溝は深まるばかりだろう。 (つづく)
『日刊ゲンダイ』(2024/09/26)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/361028
☆ 犯罪被害者遺族の感情は決して一様ではないことを忘れてはならない
死刑制度を考える上で避けて通れないのは、犯罪被害者遺族の感情だ。日本の刑法上では殺人以外でも死刑となり得る犯罪があるが、実際に適用されたことはなく、死刑判決は故意に誰かを死に至らしめた事件に関して下されている。
事件には被害者がおり、被害者の多くには家族や親類などの遺族がいる。大切な人の命を突然奪われ、残された人が加害者に怒りを覚えるのは当然だろう。
☆ 「死をもって償うべき」
2019年に内閣府が実施した世論調査では、死刑制度について約8割が「やむを得ない」と回答した。そのうちの6割近くが、理由として「被害を受けた人やその家族の気持ちがおさまらない」ことを挙げている。「犯人は死をもって償うべき」という遺族の声が、死刑制度を支える柱の一つになっているのは間違いない。
今年7月、法曹関係者や国会議員らが参加し、筆者も委員を務める「日本の死刑制度について考える懇話会」の会合で、被害者遺族の意見を聞く機会があった。
2007年に起きた闇サイト事件で、当時31歳の長女を殺害された磯谷富美子さん(73)は、殺害の経緯を詳しく述べた上で「ご自分の娘や息子の命、愛する家族の命を奪った加害者に対しても、死刑反対と言えますか」と、集まった委員に問いかけた。
殺害される様子はあまりにむごく、磯谷さんの話に言葉を失った。「残された遺族が前を向いて生きていくためにも、死刑は必要なのです」という訴えは重い。
☆ 「同じような被害者を出さないで」
だが、被害者の考えは決して一様ではないことも事実だ。1997年に8歳の息子をひき逃げ事故で亡くした片山徒有さん(67)は、死刑には反対の立場をとっている。懇話会の委員も務める片山さんは、7月の会合で「求められるのは厳罰ではなく、同じような被害者を出さないこと」と述べ、罪を犯した人の更生が重要と強調した。
片山さんは「犯罪は社会の痛みそのもの」とし、加害者が罪と向き合い、過ちを繰り返さないようにすることを考えるべきと話す。
どちらが正しいというわけではない。ただ、被害者の感情は決して一様ではないということは忘れてはならない。被害者感情を理由に世論が死刑を続けるのは、一方的な決めつけとも言える。さまざまな被害者遺族の声を聞き、どういった支援が必要かを議論することが重要で、その取り組みは極めて不十分なのが現状だ。
(佐藤大介/共同通信編集委員兼論説委員)
『日刊ゲンダイ』(2024/09/27)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/361090
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