《反射鏡:論説委員・岸本正人》
◆ 「大義なき戦争」に向き合えぬ日本政治の貧困
ブッシュ前米大統領が、今年4月の日経新聞「私の履歴書」の中で、イラク戦争(03年3月開戦)を回顧している。
「二つの過ちを犯した」「(その一つが)WMD(大量破壊兵器)を巡る情報が間違っていたことだ」。イラクのフセイン政権によるWMD(核、生物、化学兵器)の開発・保有こそ、イラク侵攻の根拠だった。
その情報が誤りだったというのだから、侵攻への反省の弁かと思いきや、正反対だった。
「今もフセイン(元イラク大統領)が生きていたら相変わらず国連の目を欺き、実際にWMDを保有していることだろう」「だから、私は自ら下した決断を今でも強く支持している」
回顧録「決断のとき」でも同様の考えを表明している。大義が失われても戦争は正しかった、と言い張る前大統領には返す言葉が見つからない。
「9・11」から、まもなく10年。米同時多発テロは「ブッシュの戦争」の出発点だった。アフガニスタン戦争は米国の自衛権の発動とされたが、イラク戦争はブッシュ政権が打ち出した先制攻撃論の実践である。
当時の小泉純一郎首相は米英軍のイラク侵攻にいち早く支持を表明した。その行動をいまだに検証できない日本政治は、ブッシュ氏のイラク戦争肯定論をどう受け止めるのだろうか。
開戦前の大統領発言を追うと侵攻に四つの理由・目的を挙げている。フセイン政権によるWMD開発・保有、アルカイダなど国際テロ組織への同政権の援助、中東民主化の橋頭堡(きょうとうほ)づくり、イラク国民の解放である。
ブッシュ政権を支えていたネオコン(新保守主義者)の本音が「中東民主化」にあったにしても、米政権が国際社会に提示した戦争の大義は「WMD」だった。結局、そのWMDの証拠は発見されず、米大統領自ら事前情報の誤りを認め、アルカイダなどとの関係も証明できない--戦争の「目的」は存在しなかった、ということである。
ブッシュ政権が開戦で国連のお墨付きを得るのに失敗した経緯は詳述するまでもない。米政府自身が、イラクにWMD廃棄と査察受け入れを求める国連安保理決議1441(02年11月)だけでは侵攻に無理があると考え、10年以上も前の湾岸戦争時に武力行使を容認した同678(90年11月)、WMD廃棄を命じた同687(91年4月)を加えて攻撃を正当化しようとしたことを指摘すれば十分だろう。
「目的」を失い、国際社会の同意という「手続き」に瑕疵(かし)がある戦争は「正義の戦争」とは言い難い。ブッシュ氏の主張は、米国こそが各国と世界の運命を決めるという思い上がりと、根拠を失っても行動は正しかったと強弁する非論理に支えられた、自己弁護に過ぎない。
米国とともに戦端を開いた英国は09年7月、独立の調査委員会を発足させ、戦争の検証を進めている。ブレア元首相やブラウン前首相らの喚問を行い、今秋にも報告書をまとめる。
日本と同様、攻撃に「政治的支持」を表明し、復興支援に部隊を派遣したオランダでは、独立調査委が昨年1月、報告書を発表。支持に至る経緯と背景を分析し、イラク侵攻に国際法上の根拠はないと結論付けた。
調査委は、英国では開戦時と同じ労働党政権、オランダでは同じ首相の下で設置された。
翻って日本はどうか。国会議員の一部に検証を求める声があるものの、当時与党だった自民、公明両党だけでなく、小泉政権を批判した民主党にも動きはない。昨年3月に岡田克也外相が、今年2月に前原誠司外相が国会答弁で「総括」や「検証」に言及したが、それきりである。
先制攻撃支持に政府内でどんな議論があったのか。米国と軌を一にした国連決議の解釈は今も正しいのか。
「まず日米同盟ありき」ではなかったか。
北朝鮮の脅威への対応で米国の協力を得るのを優先したのか。WMD情報の把握は。フランスやドイツなどの査察継続・戦争反対の主張は検討されたのか。陸上自衛隊の復興支援活動、米軍の行動と密接な関係にあった航空自衛隊の活動の総括は--。
検証すべきテーマは多々ある。
開戦前、国連演説でイラクのWMD保有を明言したパウエル米国務長官(当時)は後に、演説は「人生の汚点」と語った。
日本の外交・安全保障政策の基盤が*日米同盟であることは間違いない。しかし、それを言い訳に、「大義なき戦争」を擁護し、あるいは、その政策決定の検証から目を背け続けるなら、日本政治の貧困さを映し出す「汚点」になるだけだ。
『毎日新聞』(2011年8月28日 東京朝刊)
http://mainichi.jp/select/opinion/hansya/news/20110828ddm004070014000c.html
『今 言論・表現の自由があぶない!』
http://blogs.yahoo.co.jp/jrfs20040729/21222033.html
◆ 「大義なき戦争」に向き合えぬ日本政治の貧困
ブッシュ前米大統領が、今年4月の日経新聞「私の履歴書」の中で、イラク戦争(03年3月開戦)を回顧している。
「二つの過ちを犯した」「(その一つが)WMD(大量破壊兵器)を巡る情報が間違っていたことだ」。イラクのフセイン政権によるWMD(核、生物、化学兵器)の開発・保有こそ、イラク侵攻の根拠だった。
その情報が誤りだったというのだから、侵攻への反省の弁かと思いきや、正反対だった。
「今もフセイン(元イラク大統領)が生きていたら相変わらず国連の目を欺き、実際にWMDを保有していることだろう」「だから、私は自ら下した決断を今でも強く支持している」
回顧録「決断のとき」でも同様の考えを表明している。大義が失われても戦争は正しかった、と言い張る前大統領には返す言葉が見つからない。
「9・11」から、まもなく10年。米同時多発テロは「ブッシュの戦争」の出発点だった。アフガニスタン戦争は米国の自衛権の発動とされたが、イラク戦争はブッシュ政権が打ち出した先制攻撃論の実践である。
当時の小泉純一郎首相は米英軍のイラク侵攻にいち早く支持を表明した。その行動をいまだに検証できない日本政治は、ブッシュ氏のイラク戦争肯定論をどう受け止めるのだろうか。
開戦前の大統領発言を追うと侵攻に四つの理由・目的を挙げている。フセイン政権によるWMD開発・保有、アルカイダなど国際テロ組織への同政権の援助、中東民主化の橋頭堡(きょうとうほ)づくり、イラク国民の解放である。
ブッシュ政権を支えていたネオコン(新保守主義者)の本音が「中東民主化」にあったにしても、米政権が国際社会に提示した戦争の大義は「WMD」だった。結局、そのWMDの証拠は発見されず、米大統領自ら事前情報の誤りを認め、アルカイダなどとの関係も証明できない--戦争の「目的」は存在しなかった、ということである。
ブッシュ政権が開戦で国連のお墨付きを得るのに失敗した経緯は詳述するまでもない。米政府自身が、イラクにWMD廃棄と査察受け入れを求める国連安保理決議1441(02年11月)だけでは侵攻に無理があると考え、10年以上も前の湾岸戦争時に武力行使を容認した同678(90年11月)、WMD廃棄を命じた同687(91年4月)を加えて攻撃を正当化しようとしたことを指摘すれば十分だろう。
「目的」を失い、国際社会の同意という「手続き」に瑕疵(かし)がある戦争は「正義の戦争」とは言い難い。ブッシュ氏の主張は、米国こそが各国と世界の運命を決めるという思い上がりと、根拠を失っても行動は正しかったと強弁する非論理に支えられた、自己弁護に過ぎない。
米国とともに戦端を開いた英国は09年7月、独立の調査委員会を発足させ、戦争の検証を進めている。ブレア元首相やブラウン前首相らの喚問を行い、今秋にも報告書をまとめる。
日本と同様、攻撃に「政治的支持」を表明し、復興支援に部隊を派遣したオランダでは、独立調査委が昨年1月、報告書を発表。支持に至る経緯と背景を分析し、イラク侵攻に国際法上の根拠はないと結論付けた。
調査委は、英国では開戦時と同じ労働党政権、オランダでは同じ首相の下で設置された。
翻って日本はどうか。国会議員の一部に検証を求める声があるものの、当時与党だった自民、公明両党だけでなく、小泉政権を批判した民主党にも動きはない。昨年3月に岡田克也外相が、今年2月に前原誠司外相が国会答弁で「総括」や「検証」に言及したが、それきりである。
先制攻撃支持に政府内でどんな議論があったのか。米国と軌を一にした国連決議の解釈は今も正しいのか。
「まず日米同盟ありき」ではなかったか。
北朝鮮の脅威への対応で米国の協力を得るのを優先したのか。WMD情報の把握は。フランスやドイツなどの査察継続・戦争反対の主張は検討されたのか。陸上自衛隊の復興支援活動、米軍の行動と密接な関係にあった航空自衛隊の活動の総括は--。
検証すべきテーマは多々ある。
開戦前、国連演説でイラクのWMD保有を明言したパウエル米国務長官(当時)は後に、演説は「人生の汚点」と語った。
日本の外交・安全保障政策の基盤が*日米同盟であることは間違いない。しかし、それを言い訳に、「大義なき戦争」を擁護し、あるいは、その政策決定の検証から目を背け続けるなら、日本政治の貧困さを映し出す「汚点」になるだけだ。
『毎日新聞』(2011年8月28日 東京朝刊)
http://mainichi.jp/select/opinion/hansya/news/20110828ddm004070014000c.html
『今 言論・表現の自由があぶない!』
http://blogs.yahoo.co.jp/jrfs20040729/21222033.html
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