★ 評価システムの廃止か、支援システムへの転換か
-- 教育行政による反動的統制下で、支援システムへの転換は可能か
-会員A-
「4.23新勤評学習交流会」講演における杉浦氏の評価・育成システムに対する主張点は、「評価結果の給与反映の廃止」を前提とする「評価・育成システムから支援・育成システムへの転換」です。
杉浦氏は
「私の主張はシステムの廃止ではなく、給与反映の廃止です。そうして評価・育成から支援・育成に再構築すれば、システムの役割は全く別のものに転換できます」、
「教員支援育成システムになったからといってやること自体は大きく変わらないし、評価が不要なわけでもない」、
ただその目的は大きく異なり、「評定」ではなく、「教員のこれからの成長・発達のための形成的評価であるアセスメント(現状認識)である」
と述べています。
私には杉浦氏が、"給与反映を廃止すれば、支援システムへの転換が可能になる、評定からアセスメントへの転換が可能になる"と考えておられるように思われました。
この問題に関して講演会で行なわれた議論を紹介し、考えてみたいと思います。
1,「支援システムへの転換」に関する議論
参加者からは、給与反映の廃止では一致するものの、管理職の支配下での「支援への転換」は可能なのかとの疑問が出されました。
現在の文科省・教育委員会・管理職による反動的統制下における教職員評価システムは、支配層が教員と教育を統制・支配する重要な手段となっています。現在の社会体制とその統制システムの変革なしに、評価による支援システムへの転換を問題にすることが現実的なのでしょうか。
他の参加者からも「評価・育成システム」と一体となった日の丸・君が代強制等の政治的な「排除」の構造、教育行政による教員と教育の統制・支配構造の変革の必要性が述べられました。
これらに対し、杉浦氏も「評価システムの教育内容を統制する機能についてはアプローチをしていません」と研究課題が限定されたものであることを認めています。
例え「給与への反映」を廃止したとしても、文科省・教委による反動的統制下での評価システムは、よい評価を得るために教員を競争させることにより教育と教員を統制し支配するシステムであることには変わりありません。
必要なのは
①教育行政による教員支配構造の要となっている給与への反映を含めた「評価・育成」システムの廃止、
②管理職による「支援・育成」ではなく同僚間の協働のシステムの構築、
③教育委員会から独立した第三者の教育研究機関による支援・協力
ではないでしょうか。
2,教員の有用感に働きかける「支援システム」に関する心理学的観点からの議論
心理学者である杉浦氏の見解では、支援システムへの転換を可能とする心理学的根拠として、評価と報酬により有能感を高める効果による「内発的動機づけ」をあげています。
杉浦氏は先ず、心理学的観点からの評価・育成システムが教職員の意欲を奪う要因の一つとして
「教育活動が報酬を得るための手段にすり替わってしまい、さらに報酬が得られないことで行動する理由が失われてしまって意欲が失われる内発的動機づけのアンダーマイニング現象」(「自己決定理論」註1)
をあげています。更に
「評価・育成システム及びそれに伴う給与反映によって意欲・資質能力の向上を見せる者も存在する。これは評価及び報酬が自己決定を妨げて内発的動機づけを削り取る割合よりも、それらが有能感に対する情報として働くことによって内発的動機づけを高めているからであると思われる」(「認知的評価理論」註2)
としています。
その上で、よい評価と報酬が得られることが教員としての有能感を高め、意欲・資質能力を向上させる効果を「これからの評価システムにおいて是非とも生かしたい」と述べており、「認知的評価理論」が杉浦氏の『支援システムへの転換」の心理学的根拠となっていると思われます。
これに対して、参加者から
「『評価や報酬が有能感に働きかけることにより内発的動機づけを高める』というのは正しいのか。外から教員をコントロールすることにより内発的動機づけを損なうのではないか」
という質問がありました。
杉浦氏は
「褒め言葉も含めて報酬というのは、その人をコントロールする側面と有能感に情報として与える側面がある。だから情報の側面が強ければやる気を出す後押しをすることになる。そういう意味での支援はあってもいいのではないか」
と答えています。
私は、「教育活動が報酬を得るための手段にすり替わ」ることこそが、子どもの発達に役立ちたいという教員としての内発的動機づけを決定的に損なうと考えます。
評価し、報酬を与えることによって得られる「やる気」は、にんじんを鼻先にぶら下げることにより働かせようとする外発的動機づけであり、人間を外からコントロールしようとする非人間的なものだと考えるからです(アルフィ・コーン 註3)。
例えば、よい評価を得るために学力テストの点数を上げるための教育を行なうことが、子どものために役立ちたいという教員自身の教育観をゆがめ、資質を損なうことにならないでしょうか。成果を上げ有能感を高めるための"支援"が教員の「やる気」を後押しするからといって、はたして教員としての成長を促し、資質を高めるものになるのでしょうか。
アルフィ・コーンは評価そのものが人を外からコントロールしようとするものであり、内発的動機づけを損なうとしており、評価・支援により有能感を促して内発的動機づけを高めるとする杉浦氏の「支援・育成システム」への転換の考え方とは異なっています。
繰り返しになりますが、私は、例え「給与への反映」を廃止したとしても、文科省・教委による反動的統制下での評価システムは、よい評価を得るために競争させることにより教員を分断し支配するシステムであり、必要なのは同僚と対等に協力・共同する教育システムだと考えます。
これは私個人の考えであり、異論がある方は投稿をお願いします。
(註1)
①「アンダーマイニング現象」とは
報酬という外発的動機づけが、課題そのものに対する興味・関心などの「内発的動機づけ」を阻害する現象を「アンダーマイニング現象」といいます。
②「内発的動機づけ」とは
「内発的動機づけ」の考えは、心理学で1940~60年代の行動主義心理学(人間の行動は動物と同様、報酬により外発的に動機づけされるとする)に反論するかたちで、デシ等によって提示されたものです。
人は報酬という外発的動機づけがなくとも、内なる心理的欲求に駆られて自立的に行動するもので、課題それ自体に喜びや満足をもって取り組むものだと批判しました。このような課題遂行にともなう「自己決定」や、課題に取り組むこと自体に興味・関心を持つように動機づけることを、「内発的動機づけ(intrinsic motivation)」といいます。
「内発的動機づけ」が人に質の高い行動をもたらすとする考えが「自己決定理論(SDT:self-determination theory)」です(Deci & Ryan, 1985, 2011; Ryan & Deci, 2000)。
(註2)杉浦氏の考えは、「自己決定理論」のうち、外発的要因によっても有能感を促進する場合、内発的動機づけを高めるという「認知的評価理論(cognitive evaluation theory)」に基づいていると考えられます。
・「認知的評価理論」とは、
外発的動機(報酬や罰)は、内発的動機を高める場合と低める場合があるとするもので、受け止め方(認知的評価)次第で、外部要因が個人の内発的動機づけを促進したり抑制したりするとする理論です。
報酬などの外部要因は時として、個人の課題に対する内なる欲求を阻害し、やらされ感を強め、自律性や有能感(自身の力によって内的・外的環境と効果的にやりとりしたいという心理的欲求)を低下させ、内発的動機づけを低下させます。しかし、同じ外部要因でも、自由選択や自己主導の機会としてとらえる場合や、励ましを受け楽しいと感じる場合など、認知的な評価によっては自律性や有能感を促進し、結果として内発的動機づけが高まる場合があるとする考えです。
(註3)評価・報酬による「外発的動機づけ」は「内発的動機づけ」を損なう
---アルフィ・コーンによる「報償主義」批判
アルフィ・コーンは評価そのものが人を外からコントロールしようとするもので内発的動機づけを損なうとしており、杉浦氏の評価・支援により有能感を促し、内発的動機づけを高める「支援育成システム」に転換するとの「認知的評価理論」に基づく考えとは異なっています。
アルフィ・コーン*は、行動主義心理学者ワトソンやスキナー**の理論は人間の行動は動物の訓練と同様に報酬と罰という外界の要因によって完全に決定されるというもので、にんじんを鼻先にぶら下げて思うように行動させるという人間を外からコントロールしようとする非人間的なものであり、行動そのものに対する興味・関心等の内的動機づけを失わせると批判しています。
報酬や競争は人間関係を破壊するとして、競争と協力について次の様に言っています。
競争とは「他の人が失敗した場合にのみ、ある人が成功を収めるというもの」であり、「自分の成功が他人の失敗にかかっている」のに対し、協力とは「自分の成功が他人の成功につながるよう協働すること」であるとしています。報酬や競争は人間関係を破壊するものであり、非競争的な協力こそが質を高める前提条件であるとしているのです。
評価そのものに関しても、「評価されると考えると、内発的動機づけが損なわれる」、「特に創造性が必要とされる仕事の場合がそうである」としています。褒めたり、励ましたりする「言語的報酬」も相手の行動をコントロールしようとするものであり、行動そのものへの興味・関心からではなく、褒められるために行なうことになり、自己決定と内発的動機づけを損なうとしています。
評価・報酬が得られる場合は内発的動機づけが高められ、得られない場合は損なわれる考えに対し、評価や報酬による外発的動機づけは、よい評価・報酬が得られようが得られまいが内発的動機づけを損なうという考えです。
*アルフィ・コーン(Alfie Kohn)
1987年に著書「競争社会をこえて(ノーコンテストの時代)」(法政大学出版局)でアメリカ心理学会賞を受賞。他に「報償主義をこえて」(同)がある。
** スキナー Skiner,B.F 1904-1990 米国の心理学者。
現代の進歩的行動主義の代表者。スキナー箱を提案して、オペラント条件づけ(行動の後に報酬をあたえる=「強化」)による行動形成の蓄積が発達であると考える。この研究で得た原理を応用したのがティーチング・マシンとプログラム学習である。行動主義は刺激-反応(S-R;stimulus-response)心理学とも呼ばれる。
・スキナー箱とは
箱にネズミ入れて、ブザーが鳴ったときレバーを押すとエサがもらえるようにしておくと、やがて、ネズミはブザーの音に反応してレバーを押すようになる。これをオペラント条件づけ(道具を使用する学習づけ)と呼ぶ。これら反応・結果の刺激によって、人の行動が強化されるとする。
『教職員評価システムを考える』(2023-05-11)
https://blog.goo.ne.jp/shinkinpyouhantai2019/e/fd73ae6f14f6deb4f1ccb61bf205445b
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