ぴらにあの写真館 in 伊豆大島→都会へ(新・日記帳)

8年間の伊豆大島生活から都会へ移住しました…
旧日記帳(ODNまいぺーじの思い出)は、BOOK MARKよりどうぞ!

卒業旅行で台湾一周、金門島にも行っちゃうぞの旅!(10日目・最終回)

2024-12-23 11:05:44 | おでかけ(海外)
*台北のホテル~台北松山空港~羽田空港~家・・・の巻!

 ぴら奥さんとは職場(部署は全く違います)で知り合いました。しかし、1年ほど一緒に働いてもどんな人なのか全くワカリマセン。そんな2月の連休に、同僚の数人で静岡のイチゴ狩りドライブに行ったんですよね。ぴら奥さんは助手席でも現地でも食事の時もほとんど話さず、「楽しいのかな?」とぴらにあは思ってました。で、イチゴ狩りですよ。3連休の中日はそんなに甘くありませんでした、無情にも「本日、予約した人以外お断り!」って全てのイチゴ園に看板が。しょうがなく、オミヤゲ用のパック詰めイチゴを人数分買って、強風吹きすさぶ海岸でイチゴを食べることに。「え~、洗ってないじゃん!」とか言ってゴネるかと思ったんですけど、中宮寺の弥勒菩薩のような薄笑いを浮かべたぴら奥さんが、「もしゃ~、もしゃ~・・・(「もしゃ~」はイチゴを食べる時のオノマトペとしてぴら家で使用されています)」とひたすら息もつかず1パック食い切ったのを見て、「この人とならずっと一緒に生活できるかも?」と不思議な感覚に陥りました。ぴらにあは食いっぷりのいい人が好きです・・・(その後、S宿Tカノフルーツパーラーの1,500円のイチゴジュースで意識を失ったり、よほどイチゴが好きらしいです)

 ぴら奥さんは相変わらず謎の不思議チャンでしたが、トントンと話は進んでイチゴ狩りから1年目にT芝桟橋のホテル(最初から伊豆大島行きの伏線?)で結婚式をやりました。しかし、やはり強敵が出現しました。「アンタ、あんな気が利かない娘のどこがいいのよ!」と母親、そりゃ気が利くか利かないかと問われたら利かない方に1票ですけどね、私の結婚相手を母親にとやかく言われる筋合いはありませぬ。もうデジャブですが、ケチを付けられたらぴらにあのハートには火がつきます。結婚してしばらくして、母親はシャアシャアとこんなコトを言いました。「アンタ、見る目あるわね。あの娘、一緒にいても全然気兼ねしなくていいのよね。嫁って感じじゃ無くて、まるで前からウチにいたみたいなのよ・・・」だそうですが、ぴら奥さんはハナから自然体の人なのですよ。ちなみに弟くんの奥さん(気が利くタイプの人?)と一緒にいると緊張して疲れるそうですが、そんなママはどんだけ気が利くタイプなのでしょうか。Y田ク~ン、母親の口を留めるステープラ大量に持ってきて~!(完)


【4泊(2泊+2泊)お世話になったホテルともお別れです。コチラのコインランドリーは10元コインを8枚入れて使うシステムですが、これは1回分の料金では無くてタイマーです。だんだん常連っぽくなってくると、フロントのお姉さんが「8枚入れなくても大丈夫ですよ!」的なささやきを・・・】


【雙連駅の近くに気になる水餃子屋さんがあったんですが、いつも大混雑でなかなか入れませんでした。この日はガラガラだったので勇気を持って、お客さんがたった一人かと思ったらオバちゃんが餃子を包んでました・・・】


【メニューはニラ入り水餃子(70元)と酸辣湯(35元)のみ、小皿のオカズはどれも35元です・・・】


【後でわかったのですが、午前中と夕方からと営業しているお店が違って(メニューは同じ)、午後からの店の方が断然に美味しいんだそうです。だから夕方からだと大混雑なんですね・・・(朝の店もまぁまぁ美味しかった)】


【さて、ホテルの親切なフロントのお姉さん(日本語ペラペラ)とお別れして、タクシーで空港までやって来ました。ラス飯は香港的なローストご飯に惹かれてしまいましたが、どうして空港の食堂って高いだけで・・・】


【コンビニのマスコットキャラOPENちゃん一味ともしばしお別れです。リーダー(右から3匹目)は7月11日に台湾にやって来た宇宙犬だそうです・・・】


【スゴイ雨が降ってきましたね・・・】


【「もしかしたらご飯出せないかも?」的なアナウンスで、グラグラ揺れながら上昇していきます。エルロンで微調整しているのがカッコイイです・・・】


【無事にご飯は出ましたので、S玉県の反乱分子がW歌山県のリゾート海岸を取り戻すという、とんでもなくくだらない映画を見ながら食ってます。この映画は前作も含めてぴらにあは好きです・・・】


【羽田空港名物RWY16アプローチは面白いですが、関東平野をグルリと遊覧飛行で30分は余計に掛かりますよね。船の科学館にクイーンエリザベス(9万トン)が入港してました。日本周遊&韓国の旅10日間の途中で、広島から来て青森に行くみたいです・・・】
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卒業旅行で台湾一周、金門島にも行っちゃうぞの旅!(9日目)

2024-12-17 15:34:48 | おでかけ(海外)
*台北のホテル~台北駅~礁渓駅~礁渓温泉散策~礁渓駅~台北駅~台北のホテル・・・の巻!

 頭の中が食い物のコトでいっぱいのぴらにあ(中学生)は高校進学の興味が全く湧きませんでした。当時は偏差値教育の真っ只中&理不尽な生徒指導「腐ったミカンの方程式(かとうまさる~!)」の世界でしたからね。つまり、勉強が出来て先生の言うことをハイハイと聞く生徒の製造工場、ぴらにあは不良品としてゴミ箱へポイの一歩手前ですよ。で、高校に行く意味というのは、少しでもレベルの高い学校に入ることのみ一筋。今と違って「将来、ナニをやりたいの?」なんて聞かれもせず、「オマエの偏差値は〇〇だから××高校だな!」とパズルの一コマのようにはめ込まれるという感じ。そんなぴらにあがいくら「食品添加物ってなんぞや!」とほざいても担任には全く相手にされず、「もう高校には行かない!」と本気で考えていました。でも、やっぱり高校は出ておかないと将来困るだろうと。その頃、巷には朝7時から夜中の11時まで営業しているという小さなスーパーが出現し始めたので(当時は夜中までやっている商店は衝撃的でした)、その店で働きながら(お金があれば好きな食べ物が買える!)定時制高校に通おうと決めてました・・・

 しかし、運命の日が訪れます。ちょっとイジワルな同級生のS君が、高校の一覧が載っている黄色い本(KロKロコミックみたいな大きさのヤツ)を見せてくれました。ぴらにあが「高校には行かない!」とほざいているので、少し揶揄ってやろうと思ったのでしょう。その本には名門私立からフツーの私立、とんでもない私立(金次第で誰でも入れる)、学区毎の都立の普通科(当時の普通科は指定された地区の学校にしか進学できませんでした)が全て偏差値の高い順に、そして後ろの方に職業高校も載っていました。いわゆる工業高校や商業高校みたいなヤツです。その最後にN業高校が見開きで6校載ってました(完全に泡沫扱い)。「ふ~ん・・・」みたいな感じでしたが、ちょっと面白そうだなと思いました。N業といえば土にまみれて畑を耕すというイメージでしたが、その本には「食品」を専門的に学ぶ学科もあると書いてあります。食品が学べる?・・・、手に汗がべっとりと滲んできました。その中の記述に「食品添加物についても・・・」と、え~!、公立高校で食品添加物が勉強できるんですか~!(フテ腐れる前によく調べましょう)

 もうN業高校に行くと2秒で決めて、家に帰って親に宣言しました。父親は無言でした。たぶん、賛成も反対もしていなくて、ぴらにあの思った通りにすればよいと考えていたのでしょう(ある意味見放されていた)。母親は大反対しました。「N業の勉強をやりたいのなら大学に行ってからにしなさい、高校はフツーの学校に行きなさい!」だそうです。フツーの学校・・・、そうたぶんN業高校はフツーではありません。しかし、この「フツーの学校に行け!」という一言がぴらにあのハートに火を付けました。「絶対にイカレタN業高校に行ってやる!」と。確かにN業高校はフツーではありませんでした。個性豊かな先生たちのイカレタ熱意はハンパなかったのです。でも、義務教育(特に中学校)の生徒をひとつの部品として扱っていた感覚とは違って、N業高校の先生たちは生徒を「生き物」として見てくれていました。自分の受け持ちの生徒がナニを考えて、ナニを求めて、どうやって生きていきたいのかを考えてくれているのがよくわかりました。色々と厳しかったのは事実ですが、決して理不尽ではありませんでした。ぴらにあは相変わらず学校は苦手でしたが、本当にN業高校に入ってよかったと思いました・・・

 さて、N業高校進学に大反対していた母親ですが、ぴらにあが入学してしばらく経った頃にこう言いました。「アンタ、ホントにいい学校に入ったわね、先生たちもみんな熱心でステキよ!」だそうです。あの時にもしR天市場があったら、「母親の口を留める専用ステープラ(絶対外れないヤツ)」を大量購入していたに違いありません。その母親は今どうしているのかといえば、食品添加物たっぷりのポテチを自分で買ってきてポリポリ食ってます。「子供の頃に買ってくれなかったろ!」と突っ込んだら、「アタシがそんなこと言った?」だそうです。今ならステープラ売ってますかね・・・


【本日のモーニングも街角飯糰でございます。どれにしようか悩んだら、招牌(オススメ!)と書いてあるのを選べばいいのですが、だいたい一番高いです。「玉子焼き入れる?、美味しいよ!」とオバちゃんが勧めるのでサービスだと思ったら、しっかり10元取られました・・・】


【台北駅から旧型の自強号(E1000型)に乗って礁渓温泉まで日帰りでGO!。E1000型は前後に電気機関車が付いていて、客車が挟まれているプッシュ・プル(PP)型です・・・】


【客車の中はちょっと古い感じですが、足元は高雄から乗ってきた電車タイプよりずっと広くて快適です。しかしガラガラですね・・・】


【台北から礁渓までは2時間弱、田んぼが広がって昔の内房線みたいな景色が続きます・・・】


【E1000型は見た目からナマズ車とか猪車とか、PP猪とか。機関車は南アフリカ製、客車は韓国製だそうです・・・】


【礁渓駅のホームに下りると、次の列車は時刻表に乗ってない便名だったので少し待ってましたら、ちょっと珍しい客車列車がやってきました・・・】


【「環島」って書いてありますけど、台北発台北行き、台湾グルリと右回り観光列車みたいです。う~ん、乗ってみたいス・・・】


【客車の方は「ありの~、あしは~、6本なのよ~!」的なキャラクターふんだんに、小娘さんが喜びそうです・・・】


【礁渓駅舎は近代的な感じです・・・】


【謎のオブジェの向こうが温泉街ですかね。駅前にはミニバスは入ってきますが、台北とかから来る長距離バスのターミナルは別の所みたいです・・・】


【礁渓駅から少し坂を上ってくると温泉キャラクターの二人がお出迎え、シャオくんとジーちゃんですかね・・・(礁渓はシャオジーと読むそうです)】


【コチラ、地図で見ると玉石共同浴場という無料のお風呂らしいんですが・・・】


【勇気を出して中に入ると中途半端な深さの日向水系?、とても入浴できそうな雰囲気と温度ではありません。でも、「入るな!」とか、「やってません!」とも書いてません。それよりもビックリしたのが、Hームレスみたいな人が写真の右の方でヒザを抱えてスマホいじってました・・・】


【もう1軒、ちゃんとした無料の共同浴場もありましたが、例によっておじぃさんの芋洗い状態で諦めました。とりあえず、街角ジャックフルーツです・・・】


【コチラは公園の中にある有料の温泉(80元)です。カギのかかるロッカーもあって、お湯の温度も43℃で気持ちよかったです・・・】


【ドクターフィッシュは50元です、くすぐったくて苦手なのでやりませんでした・・・】


【無料の足湯公園もありますが、所々渡し板が壊れていたりするので気をつけましょう。ここのお湯も温度が高めで気持ちいいです・・・】


【ランチはファストフード的なローカル麺店で炸醤麺、パクチーサラダの湯葉巻、ワラビのおひたしでハオチーです・・・】


【もう、こういう一膳飯屋的なのがぴらにあ大好きです。もっと色々と食べ買ったのですが、一皿の盛りが多いのでムリですね。また来ましょう・・・】


【台湾は山菜系の料理が多いのでいいですよね・・・】


【食堂の隣はステキなお寺がありました・・・】


【さて、帰りも自強号ですが料金が行きの列車より少しだけ安いんです。時刻表を見ると「柴油」って書いてありますが・・・】


【やった~、ディーゼル特急でした~!。トイレも旧式ですがキレイでステキです・・・】


【DR3100型の基本編成は「先頭車-中間車-先頭車」の3両編成ですが、それが3セット連結でなんと9両編成です。この車両は日本製です・・・】


【あのですね、運転席の隣のスペースにいわゆるオタ席(ほぼ個室)があるんですよ。いかにも台鉄分が多そうなお兄さんが一人で座ってました・・・】


【台湾の優等列車はそれぞれ編成が長いので、停止位置はよく調べてから行かないと歩くことになりますからご注意を・・・】


【ディナーは前日に続いてホテル近くの自助餐へ、お肉系に比べてお魚系のオカズは高い(2倍くらい)というのを知りました。なお、スープだと思って取ったら甘々のお汁粉でした~!(美味しかったですけど)】
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卒業旅行で台湾一周、金門島にも行っちゃうぞの旅!(8日目)

2024-11-26 21:15:05 | おでかけ(海外)
*金門島の民宿~金城バスターミナル~古寧頭村(北山古洋楼)~金城民防坑道~金門空港~台北松山空港~中山散策~台北のホテル・・・の巻!

 ぴらにあの前職は食べ物に関わる仕事だったんですけど、きっかけは幼少時の体験が大きく影響していると思われます。ぴらにあは物心ついた頃から「美味しいお菓子をお腹いっぱい食べたい!」というのが夢でした(単なる食いしん坊?)。就職希望も「和菓子屋」でしたからね、練り切り職人になりたくて小学校1年生の時に担任の先生に話したら無視されました。どうしてそこまで美味しいお菓子に執着したのかといえば、母親(現おばぁ)が買ってくれるお菓子が、正直言ってマズかったからです。母親は自然派の加工食品を取り扱う団体に所属していて、そこで売っているお菓子はとにかく美味しくなかったんですね。ポテトチップなんて単に油で揚げた油っこい湿気たイモという感じで、パリもサクも芳しい香りもしなかった。でも、友達の家で食べさせてもらうお菓子は「ビビビッ!」とナニかが脳天に刺さるくらい美味しかったんです(ある種のエクスタシー)。当時、新しいお菓子が次々と発売されていて、特にスナック菓子というヤツが食べたくて食べたくて。でも、母親に強請っても「身体に悪いからダメ!」の一点張り。ナニがどうして身体に悪いのか説明もしてくれないし、スナック菓子に気持ちは傾いていくばかり・・・

 小学校3年生のある日、そのマズイお菓子をトラックで運んでくる団体のお兄さんに、弟のTくんと一緒に配達の手伝いに誘われました。コンプライアンス遵守の今じゃ考えられないことですが、ぴら家へ配達した後、残りの配達に一緒に連れて行ってくれて、またぴら家へ送ってくれるという夢のドライブです。お兄さんは時々ハンドルから手を放して、助手席のぴらにあやTくんにハンドル操作をさせたりして(たぶんぴらにあの妄想です)。配達が全て終わった後、お兄さんは小さなお菓子屋にトラックを付けて円筒形のロールケーキを買ってくれました。配達したまんま洗ってない汚い手でセロハンをベロリと剥いて、ロールケーキは無造作に3分割されました。「ホラ食えよ!」とぴらにあと弟のTくんに両端を渡し、一番美味しそうな中心部をお兄さんが取りました。で、衝撃的な一言を発しました。「このロールケーキはな、オレが運んでいるお菓子と違って、添加物がたっぷり入っているから美味いぞ!」と。「添加物が」、「入っているから」、「美味い!」???。確かに美味しかった、初めて食べた安っぽいロールケーキはふんわりしていて湿気てないし、クリームもべたつかず、かといって濃厚で、家で食べるお菓子とは全く違いました。つまり、「団体のお菓子は添加物が入ってないからマズイんだよ!」とお兄さんは白状し、全くその通りだったワケです・・・

 添、添、添加物、ブツブツ・・・♪、それからぴらにあの頭の中は添加物に占領されました。添加物は食べ物を美味しくするために使われているけど、どうやら身体には悪いらしいと小学校低学年の頭で理解しました。じゃぁ、「身体に悪くない添加物を作って、食べ物に入れればいいんじゃん!」という完全無欠の論法が。もうね、学校に行っても国語も算数も理科も社会も頭に入りませんよ。どこか「食べ物」って授業で「食品添加物」の勉強をする学校はありませんか~!(強く転校を希望します)

※当時(昭和50年代くらい)は食品添加物は今のように安全が担保されていないモノが使用されている場合があったため、美味しさを優先するか(添加物を使用)、安全性を優先するか(無添加)、という二択を迫られていた状況がありました。おばぁは子供の健やかな成長を願って団体の食品を購入していたことと、配達のお兄さんは自分が運んでいる食品を否定したわけではないことを書き加えておきます・・・


【まずはおなじみの金城バスターミナルへ。案内係のおじさん(黄色いビブスの人)に「北山に行くにはどのバス?」と聞きましたら、「北山に行くならどうして昨日のツアーで行かなかったの?」と聞かれてしまいました。だって、ツアーってばアツすぎて疲れちゃうんだもん・・・】


【「北山に行ったら、必ず帰りのバスの時間を確認してから見学してね!」とおじさんにアドバイスされました。金城から10番のバスに乗って20分ほど、小さい湖の畔の古寧頭村という所に到着しました。カワウソ横断注意につき徐行だそうです・・・】


【う~ん、確かに金門島のバス便は難しいですね。だいたいの路線が往復では無くてグルリ一周コースになっていて、時間によって周り方が逆になったりして。つまり、降りたバス停からまた乗って戻るとエライ遠回りだったりして・・・】


【古寧頭村は古い町並みが残る地区として保全されています。集落の雰囲気は中国本土より、沖縄の田舎の景色に似てますよね・・・】


【路地を歩いていたら、いきなりネジネジかりんとう(麻花捲)屋さんに出ました。ここのかりんとうは有名で台湾本土からも買いに来る人がいるそうです・・・】


【古寧頭村に隣接する双鯉湖は水鳥やカワウソが多く生息していて、名前の由来は湖の形がデッカイ鯉が二匹並んでいるようだからだそうです。確かに衛星画像で見ると、大きな鯉の後ろから小さな鯉が食いついているように見えますね・・・】


【古寧頭村は国民党軍と共産党軍が熾烈な地上戦を行った場所で、北山古洋楼はその爪痕を残しています。この建物だけでも20名くらいの人が亡くなったそうです・・・】


【近くによると焼けただれた跡や・・・】


【機関銃で開いた穴なんかも確認出来ます。で、この建物は今どうなっているのかと言うと、信じられませんが民宿として活用されちゃってます。スキマ風とか吹かないんですかね・・・】


【無事に金城バスターミナルに戻って参りました。ランチは飯糰(60TWD)を買ってみましたが、台湾のおにぎり(黒米バージョン)です。日本のと違って餅米を使っていて、ラップで包んで握ってくれますが激熱なので要注意です。かなり大きくて1個でお腹いっぱいです・・・】


【さて、バスターミナルの2階には民防坑道という戦時中の防空壕の展示施設があるらしく・・・】


【階段を上っていくとカウンターにお兄さんが2人座っておりまして、「申し訳ありませんが、今日は入れません!」だそうですけど、「入れる」ってどこへですか?】


【ぴらにあは作られた展示施設だと思っていましたが、実際に使われいてた防空壕を1Kmばかり歩けちゃうみたいです。「昨日の大雨でトンネルが水没しました!」だって。一応、トンネル内ライブカメラで現状は見られますが・・・】


【うわ~、残念無念。諦めて帰ろうとしていると、昨日のバスツアー(Aコース)のガイドのお姉さん(観光協会所属)登場~!。「チョット待って、せっかく日本から来たんだから行けるところまで行きましょう!」と涙がチョチョ切れるお誘い・・・】


【「途中までだからヘルメットは要らないよ!」とカギを開けてくれてスタスタと階段を下りていくお姉さん、一緒に水没ヶ所まで連れて行ってくれました。「ココでジャーニーくんで写真撮って!」ってお姉さんはジャーニー先生のファンです・・・(もう1匹連れてきてたらプレゼントしたかった!)】


【民防坑道は金城市街の地下に網の目のように走っていて、水没してなかったらぴらにあの泊まっている民宿の近くまで行けるそうです。このタピオカミルクティー屋さん、台湾中にたくさんありますけど美味いッスよ・・・】


【さて、民宿の青いバンに揺られて空港まで送ってもらいましたら、初日の小金門ツアーで一緒だった高校生のお姉さん親子と再会しました。もうね、4日間色々な所で知り合いが出来ましたよ、まさに離島の旅って感じですね。金門島は華僑の皆さんが作った町がたくさん、タイ、ベトナム、シンガポール、インド、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、神戸、長崎、横浜、順不同・・・】


【帰りも立栄航空のA321、金門島で一番大きなシーサー先生がお見送りです・・・】


【コレがね、すこぶるラッキーでした。行きの飛行機の説明でも書きましたが、立栄航空のジェット機はエバー航空の国際線仕様(CY2クラス)を使ってます。でも、立栄航空はエコノミークラスしか設定がありませんので、1列目か2列目を予約できればエコノミー料金でビジネスクラス座席に乗れちゃうとゆ~コト。ハハハ・・・】


【1時間チョイで台北に戻ってきちゃいました、もっと長く乗っていたかったなぁ。空港からタクシーで雙連のホテルに戻ると、「お帰りなさい~!」とフロントのお姉さんが迎えてくれました。もちろんお部屋は変更されていたので南京虫チェックを念入りに・・・(今回も生息の痕跡はなくて一安心)】


【中山の三越の裏をブラブラしていたら、ぴらにあのお気に入りの芋圓スイーツ店(日本にもいくつか支店アリ)を見つけちゃいました。これね、日本のお店では乗っかってない黒糖タピオカ餅みたいなヤツ、メッチャ美味いッスよ。トッピングも日本のに比べて格段に量多し・・・】
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卒業旅行で台湾一周、金門島にも行っちゃうぞの旅!(7日目)

2024-11-18 10:41:09 | おでかけ(海外)
*金門島の民宿~金城バスターミナル~水頭翟山バスツアー(A線)~北山播音墻(巨大スピーカー)~雷雨でビショ濡れ~金城市街散策~金門島の民宿・・・の巻!

夢から覚めて・・・
 9年前の冬、世田谷支店に勤務していたときに「伊豆大島に行かない?」という話が出た。
 伊豆大島・・・別に島は嫌いじゃないけれど、長男も生まれたばかりでまだ歩けないし、親子3人で全く知らない土地で暮らしていけるんだろうか。家に帰って奥さんと相談すると、「確かに不安だけど、滅多に経験できない生活をするチャンスかも」と「行けばどうにかなるさ」という結論で島行きが決定。ジェットフォイル(時々クジラと仲良くなるカラフルな水中翼船)で伊豆大島へ向かう。
 島の暮らしはゆったりしていたけど、何から何までとにかく不便で、家から一番近い小さい商店まで約2Km、アイス1個買うのに車で走る。自宅のH港から伊豆大島支店のあるM町までは片道16Kmもあるのに信号はたった3つ。ほとんどの店は夕方6時で閉まり、島で最も遅くまで営業しているスーパー(らしき店)でも9時閉店だった。コンビニもファミレスもハンバーガー店も1軒もなし。いっぺん、テレビCMでやっていた「月見バーガー」とやらを食いたい、とダダをこねる息子を熱海駅前のMバーガー(ここが家から一番近い)に連れて行ったら、船賃だけで往復7千円もかかって笑っちゃった(息子はタダ)。羽田から乗った全日空機のエンジンが上空で2つとも止まって、CAさんの熱血指導で緊急着陸の練習をしたけれど、幸いにもエンジンが1つ復活して無事に大島空港に着陸したり。台風の日に同僚のTさん、Sさんと海岸に高波を見学に行って、車が水没してもう少しで殉職しそうになったり。8年間、色々な事がありました(もちろん楽しいこともたくさんありました)。
 そんな島の暮らしにどっぷり浸かっていた自分が、今は地下鉄に乗って亀有支店に通っている。夜中にふと目が覚めて、これが都会の現実なのか、まだ島の夢を見ているのか、ときどきわからなくなる。しかし、T代田線の駅名をスラスラ言えるようになったのだから現実なんだろうな。日曜日に仕事を片付けに来て、職場の隣の公園で息子と娘が自転車に乗って遊んでいる。まさか、去年の今頃は下町の公園で遊ぶなんて夢にも思っていなかった。黒光りするD51を見ながら屋台のタコ焼きを頬張る。まぁ、こんな夢もアリなのかなと。
亀有支店の1年目に「ナニか面白い話!」と言われて書いた文章(2013年3月)より一部修正

 ぴらにあを可愛がってくれた下田営業所のオバちゃんがよく言ってましたが、「特急に乗って東京駅に着くと、人の流れで目眩がするからイヤだ!」と。その時(世田谷支店勤務時)は「ンなアホな!」と思ってましたけど、島から東京に戻ってくると東京駅どころか地元K駅前でさえクラクラしました。バスと電車をいくつか乗り継いで職場まで片道1時間半、1ヶ月目にぶっ倒れて熱が10日間下がりませんでした。都会は恐ろしい所です・・・


【金門島の民宿は食事は作ってくれませんが、モーニングはお粥の有名店のテイクアウトをお姉さんが買ってきてくれます。この日は豚肉入りのスープと油條で朝からお腹いっぱいです・・・(前日は早朝発でバスツアーに行ったので食べられず、帰ってきてから泣く泣く処分させていただきました)】


【もうお馴染みの金城バスターミナルまでは徒歩10分、まだ出会ってないユーラシアカワウソくん(ガッツリ野生)がお出迎えです。バスターミナルの案内係のおじさんとも仲良くなりました・・・】


【一昨日、昨日とバスツアーに2回ほど参加しましたが、紙のチケット(250TWD)を持っているのはぴらにあだけで、他の人はカードでピピピみたいな感じだったんですよね。ガ~ン、電子マネー支払いだと半額(125TWD)だったんですか。600円×2損してました・・・(電子マネー支払いだと記念のカードは貰えません)】


【3回目のツアーは島の南西部を回ります、まずは莒光楼というタワーに来ました。ここは城跡かと思いましたが、金門砲戦の戦勝記念に作られた施設で、今は金門の歴史とか文化とかの展示があります。3階からの厦門の景色が最高です・・・】


【水頭集落は最もリッチな華僑の人たちが作った村で、今も残る町並みがとってもステキです。「水頭のように豊かになっても、水頭のような美しい家を建てることはできない」と言われていたそうです・・・】


【得月樓はお金持ちの人が作った塔ですが、海賊が攻めてきたときに一刻も早く見つけられるようにだそうです。金門島は華僑の人たちが大陸からアジア各地に出て行くときの基地になっていました・・・】


【金門島で一番立派な小学校は華僑の暮らしを紹介する展示があります。これは薬屋さんですかね・・・】


【豪商の館のご馳走です・・・】


【で、たくさん来ている小学生の社会科見学が優先です・・・】


【金門城北門は400年ほど前に金門島の中心だった町のゲートですが、車両は通行禁止では無くて大型バスもフツーに通っちゃいます・・・】


【金門城北門の外に続く明遺老街は、今でも金門城が栄えていたときの雰囲気を残しています・・・】


【で、必ず出会う巨大シーサー師匠。バスツアーには有名シーサーのみを巡るコースもあります・・・】


【コチラは金門城南門近くにある文臺寶塔です、14世紀に作られた金門島最古の塔で戦争でも壊されなかったそうです。しかし、この辺りは不思議なカオリが漂っており・・・】


【う~ん、謎の工場あり。高粱酒って書いてありますけど・・・】


【残念ながら高粱酒工場は見学場所に入ってませんでしたが、お隣にある高粱酒卵は有名だそうで皆さん群がってお買い求めです。ツアーで仲良くなった日本語が堪能なおじさん(お寿司が大好き)が「何個食う?」って買ってくれました・・・】


【「1個でいいッス」と言ったら、「え~1個?、遠慮するなよ~!」的な(皆さん10個ずつくらい買ってました)。バスの中で高粱酒卵(独特のお味でなんとも言えない)を頂戴しながら、島の最南端にある翟山坑道に来ました、ここは海軍の船を砲撃から待避させる坑道がある場所です・・・】


【この坑道は突貫工事で作ったため、工事の途中で多くの犠牲者が出たそうです。もう、本当にぴらにあは戦争の無い時代に生まれて幸せだったと思います・・・】


【坑道の内部はVの字になっていて、かなり大きな船舶も入れるようになっています。ほとんど照明が無いので鳥目のぴらにあには怖いです・・・】


【午前のツアーが終了しまして、高粱酒卵のおじさんに「ランチ行かない?」と誘われましたが一人になりたくて。バスターミナルすぐ近くの気になってたお店で、乾麺(牛肉のそぼろが乗っている平麺)と、豚肉入りの捲餅(ブリトーみたいなヤツ)を。対面にはクワの実ジュースのおじいさん(お客さんではありません)が座っており・・・】


【さて、島の北海岸に大陸向けプロパガンダ放送用の巨大スピーカー(北山播音墻)があるらしく、そこへ行ってみたいんですが路線バスはどれに乗ればよいのでしょう。「午後のツアー(B線)に参加すればいいんじゃね?」とバスターミナルのおじさんは言いますが・・・】


【ちょっとね、ツアーは疲れました(面白いけどとにかく忙しない)。で、ネットの地図を片手にバスに乗って来ましたが、一番近いバス停から1Kmほど歩かなくちゃいけないようですね。「オラ~、オマエ美味そうだな!」と道端のモ~さんが語りかけてきますが、「後ろからもっと美味しいのが来るよ!」とはぐらかして・・・】


【高粱畑の向こうにナニやら見えてきました・・・】


【先ほど見えた施設は放送局(北山播音墻)で、このロケットランチャーみたいなのがスピーカー群です、48個のスピーカーが並んでます。ここから歌姫とかの語りかけで、「台湾いいとこ一度はおいで~!」とか流したり、生活必需品(石けんとか歯ブラシとかあると便利的な)も海に流していたみたいです・・・】


【耳をすませば大陸の音が聞こえる?】


【いや~、北山播音墻を離れた途端にとんでもない雷雨になりましたよ。雨宿りする場所も無く、ズブ濡れでやっと見つけたバス停にはいつバスが来るかも知れず。やっと金城に戻ってきて、ヤケで巨大芋泥かき氷食ってます・・・】


【もう靴の中までビショビショ、10日間の日程だからと予備の靴を持ってきてよかったです。民宿に戻って着替えて洗濯して金城の食堂でディナーです。台湾のソーセージは超甘いんですけど、これは台湾では昔から他の地域に比べて砂糖がふんだんに使えたので、ソーセージに限らず「台湾スゲーだろ、甘いんだぞ!」という理由だそうです・・・(ぴらにあの研究による)】


【そうそう、貢糖というおこし的なお菓子が金門島の名物だそうです。お店のオバちゃんに「2つじゃなくて3つにしなよ!」と勧められてサービスして貰えるのかと思ったら、ピッタリ3個分のお会計でしたとさ・・・】


【「高粱酒もどう?」と盛んに営業モードですが、重たいしぴらにあ飲めないので遠慮しておきます(ちょっと興味はあったけど瓶デカイし)。ここのオバちゃんはネットの評判がすこぶる悪いのですが、ぴらにあは面白い人だと思います・・・(バラの貢糖をたくさんくれました)】


【昨日、チョイとだけ見た清金門鎮総兵署に再訪問です。地下に潜ったら牢屋がありまして「オレは無実なんだ、出してくれ~!」だそうです・・・】


【ご親切に刑罰の種類やら、拷問の上手なやり方らや、手枷足枷首っ枷。これにていっけんらくちゃく・・・】
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卒業旅行で台湾一周、金門島にも行っちゃうぞの旅!(6日目)

2024-11-12 18:58:59 | おでかけ(海外)
*金門島の民宿~山外バスターミナル~獅山民族村バスツアー(C線)~水頭港フェリーターミナル~慈湖落日観海平台~清金門鎮総兵署~金門島の民宿・・・の巻!

「あおブン」に乗って
 親子3人で東京から伊豆大島に移住して半年が経った。大島~東京は船(高速船ならたった1時間45分)で渡る方が安いけど、A■Aだと午前中に東京につけるので、よく利用している。この半年で羽田~大島の搭乗回数は15回。2才になる長男は、バスや電車を利用するより、飛行機に乗る回数の方が多い。すっかりA■Aの青い尾翼のファンになり、見るたびに「あおブンだ~!」と喜んでいる。長男はまだタダ乗りだけど、プレゼントのおもちゃ(ミニプラモデルが大好き)もマイレージも貯まる一方だ。
 羽田から大島へは1日2往復、午前中はジェット機のB737が飛んでくる。エンジンにイルカのマークがあるので、長男曰く「いるかブン」。午後便は尾翼につばきのマークが描いてあるダッシュ8(プロペラ機)だから「おはなブン」だ。飛行距離はたった73マイル。日本で一番短いジェット機路線だから、離陸したらすぐに着陸態勢に入る。トイレに行きたければ、ベルトサインが消えてすぐに行かないと本当にマズイ。東京からたった30分の南の島、空港周辺にはヤシの木が立ち、野生のリスも道路にチョロチョロしている。三原山の絶景温泉(長男お薦め)やダイビング、名物のアシタバやくさやもうまい伊豆大島。皆さんもあおブンに乗って、ぜひお越しください。
翼のO国(あおブン機内誌)、2005年1月号掲載より一部修正

 あおブンの中でこの記事を読んだ島民の皆さんや、空港カウンターのお兄さん(長身のSさん)から「観光協会からいくら貰ったの?」と聞かれましたが、残念ながら貰ってません・・・(少しくれてもよかった?)


【前日の天気予報は当たりましたね。朝からとんでもない雨でどうしようか悩みましたが、民宿のお姉さんから「傘が玄関にあるので使ってネ!」とメールが入ってました。本日は大金門島の北東エリアのツアーに参加するべく、山外バスターミナル(島の東側)まで路線バスで移動です・・・】


【本日のツアーC線の参加者は20名くらいですかね、まずは沙美という集落にやって来ました。皆さんはカンペキに雨対策をしていますが、「いつか止むさ!」とタカをくくっているインバウンドのぴらにあタダ一人・・・(せっかくの傘はバスに置き去り)】


【いや~、台湾の雨をナメてはいけません。どんどんひどくなる一方ですが、同行の皆さんが代わる代わる傘に入れてくれて助かりました。そういや、昨日からやたらシーサーさんを見かけますが・・・(後で知ったのですが、福建や金門島の辺りがシーサーの本拠地だそうです)】


【沙美の建物はレンガや土壁で出来ているので、「台湾のモロッコ」と呼ばれているそうです。でも、KルーセルM紀さんは来たことがないと思います・・・】


【金門島の最北端、馬山海岸は戦役中は最もヤバい最前線でした。「今は大陸からゴミばかり流れてくるんだよ~!」とお怒りのツアコンのおじさん、ぴらにあも日本海に行くと謎のポカリスエットのペットボトルとか拾って遊んでますけど・・・】


【馬山観測所は大陸に向けてプロパガンダ放送(巨大スピーカーで)を流していた場所です・・・】


【実際にここから歌姫さんとかがパーソナリティで放送をやってました。懐かしいテープがたくさん並んでます・・・】


【昨日もトーチカでしたけど、今日もトーチカです。本当に最前線です・・・】


【本日のバスはハイデッカーで眺めはよいですが、参加者の皆さんは高齢の方が多いので乗り降りが大変です。でも、ツアコンの人がサポートするとかは一切ありません。自分の意思で参加したからには全て自己責任みたいです・・・】


【山后古民家集落という所に来ました。観光目的で作られた町並みかと思ったら、昔(150年くらい前)の新興住宅地として実際に使われていた村だそうです・・・】


【民家の保存状態はとてもよくて、今でもフツーに住めそうです。この部屋はお嫁さんの寝室で、並びに姑さんの部屋もあります。作りは同じですが、なんとなくお嫁さんと姑さんという感じでした・・・】


【ジャッキーさんは自転車で走ってきませんよ。でも、香港の華僑村(映画のロケ地)にも行ったことがありますが、やはり雰囲気は似てますよね・・・】


【山后民族文化村からほど近い獅山砲陣地にやって来ました。ここはテーマパークではなくて、マジで大陸に向かって大砲をぶっ放していた所です。そして、とんでもない上り坂のトンネルを抜けていくと・・・】


【高台に出ると海の向こうに大陸の町並みがよく見えます。ここから対岸まで15,000公尺(約5Km)です・・・】


【1,958年8月23日のいわゆる823砲戦で使用された8インチ榴砲です。ペタペタ触っても大丈夫ですが、ここから大砲をぶっ放していたということは、5Km先の対岸からも撃ってくるとゆ~コトで・・・】


【1時間に1回、砲撃のパフォーマンスがありまして盛り上がってます。演じているのは兵隊さんではなくて役者さんだと思いますが、結構マジで迫力あります。ドカ~ン!も大音量です・・・】


【コチラは陽翟老街という映画のオープンセット村で、ホンモノの映画館もあったりします。軍中楽園という台湾では有名な映画のロケに使われたそうですが、シニアの皆さんには「町並みが懐かしい!」と人気の場所だそうです。軍中楽園はちょっと学校の映画鑑賞会では見せられない大人向きの内容みたいです・・・】


【陽翟老街はツアーのコースには含まれてなくて、ツアコンさんのご厚意か時間調整だったみたいです。最後の見学地は迎賓館という白亜の施設で、戦時中に偉い人が泊まったホテルですが、キケンなので宿泊する部屋は地下に作られているそうです・・・】


【今はほとんど歌姫さんの展示館と化しています。日本では歌姫さんのイメージは温厚な感じですが、台湾での活動を見るとそれとは違う彼女の姿があります。命を賭けて台湾を支援していたのは間違いありません・・・】


【敵が上陸できないように、地雷を埋めよう、リュウゼツランを植えよう、だそうです・・・】


【さて、山外バスターミナルに戻ってきまして皆さんとはお別れですが、「午後のツアーには行かないの?」とだいぶ誘われました。でもね~、かなり疲れちゃったのでリ~ム~。ターミナルのすぐ隣のサンドイッチ店でランチをしてみましたが、なんとこの店の☆の数は4.6です。昼時なのにガラガラでしたが美味しかったです・・・】


【いっぺん金城バスターミナルに戻りましたが、先ほど分かれたツアーの皆さんと再会しました。「やっぱ午後も参加?」じゃなくて、チョイと水頭港に行ってみるんですよ。ここからは厦門に行くフェリーが出てると思うんですが・・・】


【う~ん、次々と中国本土行きの船が頻繁に出てますよね、買い出しの物品をたくさん担いだ人民の皆さんで賑わってますよ。乗りたいな~。しかし、ウッカリ渡ってしまって「ビザが無いから入れん!」ならいいんですけど、「ちょっと裏の部屋に来い!」と呼ばれて帰れなくなったら・・・】


【やっぱ見るだけで止めておきましょうね、昨日ツアコンのおばちゃんに聞いたら「日本人も行けるよ!」と言ってましたけど、信じるか信じないかはアナタ次第状態。ちなみに小金門島へのフェリーも出ていたみたいですけど、金門大橋が完成して廃止されてしまったんでしょうか・・・】


【いつ来るかわからないバスを待って金城へ戻ってきました。炒飯が食べたくて探した食堂ですが、入り口にデカいワンちゃんが寝ていて入りにくいなぁ。でも、シンプルな炒飯も魚ニソスープも美味しかったです・・・】


【またありましたよ、アコギなクレーンゲームですよ。その時が来るまで絶対に取れないんですけど(あと何回で取れるかカウンターが付いている)、結構皆さんやってるんですよね。だいたい市価300円くらいの洗剤は、千円くらいで取れるように設定されているらしいッス・・・】


【厦門の夜景が見たくてタクシーで金門大橋の近くの海岸までやって来ましたが、戦車が並んでいて物々しい雰囲気です。もしタクシーが帰っちゃったらどうしようかと思いましたが、1時間もあったら歩いて民宿に帰れますかね・・・(金門島はバス便が結構不便)】


【う~ん、霧が深くて金門大橋がやっと、とても厦門の夜景は見えそうにありません。でも、な~んかドコドコ太鼓みたいな音が聞こえるんですけど、「あれは厦門の野外ディスコの音だよ!」とタクシーの運転手さんが教えてくれました。運転手さんにチップを払おうと思ったら、「要らないヨ!」と笑顔で走り去っていきましたとさ・・・】


【民宿に戻る前に金城の旧市街を散歩していましたら、清金門鎮総兵署(浯江新荘)という建物に出ました。ここは県庁と警察署と裁判所が一緒になったような行政施設跡で、なんと1,682年から1,995年まで使われていたんだそうです・・・】


【民宿で洗濯機が使えなかった時のために調べておいたコインランドリー前がイルミネーションでキレイでした。なお、民宿では自由に洗濯機を使わせてもらえましたが、給水が遅くて1回の洗濯に1時間くらいかかる~・・・(乾燥はお部屋のエアコンで)】
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卒業旅行で台湾一周、金門島にも行っちゃうぞの旅!(5日目)

2024-11-07 18:03:44 | おでかけ(海外)
*台北のホテル~台北松山空港~金門空港~小金門バスツアー(F線)~金城老街~金門島の民宿・・・の巻!

 ぴら奥さんと若旦那と3人で始まった島暮らしは色々と大変なこともありましたけど、一番よかったのは飛行機にたくさん乗れたことですかね。東京都内とはいえ島ですからね、どこかに行くにはとにかく船か飛行機に乗らないとどうしようもありません。料金や便数で言うと船の方が便利ですが、飛行機の方が早く内地に着けるのと、やっぱりぴらにあの飛行機好きで乗る機会が多かったんですよね。新中央航空なら伊豆大島を離陸してから30分で調布飛行場に着陸して、そこからタクシーで30分以内でぴら家へ到着しますからね。つまり、島を出てから1時間以内に家へ帰れると(ホントです)。これは、島の反対側へ車で走るより時間的には近いのかも・・・

 まぁ、飛行機に乗ることがあまりにも日常的になって、ドキドキワクワク感が無くなるという残念な点もありましたけどね。確か、土曜日の朝便(イルカちゃんブン)で羽田に行こうという時に、若旦那の親友のHちゃん一家も同じ飛行機だったんですよね。Hちゃんとお兄ちゃんはサンダル履きで、朝ご飯のおにぎりを食べながらX線検査を受けてましたよ。で、ガラガラの飛行機はほぼ自由席で、若旦那とHちゃんとお兄ちゃんは3人並んで座って、ギャーギャー言いながら羽田へ向かいました。モノレールと山手線を乗り継いで東京駅へ、ぴら家は中央線に乗り換え、Hちゃん一家は上野方面へと向かいました。で、島に戻った週明け、若旦那とHちゃんが東京に行った話で盛り上がっています。「山手線、楽しかったねぇ~!」だって、飛行機の思い出じゃないんか~い!(電車は飛行機よりランクが上という島民アルアル)

※伊豆諸島民にとって、羽田空港、竹芝桟橋、浜松町駅、熱海駅~港、調布飛行場周辺は「島内」という感覚で、まだ島じゃないのに「帰ってきた」という気持ちになります・・・


【う~ん、これから金門島に行くんですけど、結構な雨雲が近づいてきているみたいです。まぁ、でも金門島は中国大陸の気候に近いハズですからね、どうなることやら・・・】


【ホテルの無料朝食サービスは終了してしまいましたが、いつでも食べられるカップ麺が用意されています。市場で買ってきた小さい肉まんと一緒に・・・】


【さて、タクシーで松山空港にやって来まして立栄(ユニー)航空のA321で金門島へ向かいます。ユニーはエバー航空の子会社で、ジェット機の機材はエバーのを使ってます・・・】


【台北から金門島へは約1時間のフライトです。台北を離陸してほぼ真西に飛べば金門島に最短距離ですが、な~んでか真南に飛んで玉山(いわるゆニイタカヤマ)の辺りで右旋回、嘉義の上空を越えて・・・】


【やっと海に出て澎湖諸島の上空です。この澎湖諸島は若旦那がやたらオススメしてくれましたが、「金門島も面白そうじゃね?」と反論すると、「そうだけど~!」だそうです。歴史好きの若旦那らしいです・・・】


【結局、かなり遠回りの「逆くの字」飛行で金門島へ(中国への配慮?)、空がだんだん灰色になってくると中国大陸が近いです。西側からの進入で左手に小金門島、その向こうに厦門(アモイ)の町並みが見えます。近いです・・・】


【やっぱ離島便はプロペラ機(ATR)が多いですね。前に台湾に来たときは確か空港は撮影禁止(もう建前って感じ)でしたけど、今回は「空港を上空からは撮らないでください!」というアナウンスになってました・・・】


【ネットで予約した民宿からは「電話番号を教えよ!」とSMSで指示がありましたが、ぴらにあは台湾の電話番号を持っていません。と伝えると、「じゃぁ、どうやって迎えに行ったらいいんだ!」とSMSに怒りのメールが。結局、「青いバンで、ナンバーは****です!」がお迎えに来てくれました・・・】


【なんだかんだ言って親切なんですよ(ネット翻訳はどうしても表現が乱暴になりがち?)。お部屋も「どれがいい?」と聞いてくださって、洗濯物が干しやすそうな棚があるこのラブラブなお部屋をチョイスしました。昭和の水森亜土タン風です・・・】


【シャワーとトイレはね、やっぱり仕切りの無いタイプでしたね。しかもトイレのが奥とゆ~、どう考えたらこうなるのでしょう・・・】


【民宿は市街の中心(バスターミナル)から歩いて10分ぐらいの所ですが、大通りに面しているのでバスも使えて便利です。すぐ近くには銀行もスーパーもあります・・・】


【民宿のお姉さんに「これからどうします?」と聞かれまして、特に決めてなかったんですけど「バスツアーに参加しようかと・・・」と答えますと、「それが一番いいです!」とアドバイスを頂きました・・・】


【まずは、土日しか運行していない小金門島へ行くツアー(Fコース)に参加してみましょう。金門島バスツアーは7コースありまして、午前と午後に半日単位でグルグルです。料金は半日券(1回乗車)で250NTD、1日券(2回乗車)で400NTD、2日券(4回まで乗車可)で700NTDです・・・】


【ミニバスに参加者は10人足らず。大金門島(空港がある島)と小金門島を結ぶ金門大橋(ゴールデンゲートブリッジ?)は2,022年10月に開通しまして、総延長は5.4Kmで台湾で一番長い橋です。根性があれば歩いても渡れるみたいです・・・】


【金門島は国共内戦の激戦地で、小金門島は金門砲戦の最前線だったそうです。と言うワケで、Fコースの見学場所は戦跡がメインです。まずは地雷館ですが、ガイドのオバちゃんがぴらにあのタブレットを使ってナニやら翻訳を求めてきましたが・・・】


【なんか、よくわからない訳語が出てきて理解できません。同行の大学生のお兄ちゃんや高校生のお姉さんが一生懸命に伝えてくれようとしますが、全く要領を得ません。通路には対人地雷が埋まってます、ヤバイです・・・】


【ホンモノのトーチカの中を歩いてツアーは進んでいきます、リアルすぎてちょっと怖いです。「つまり地雷の展示館でしょ!」とぴらにあが筆談でオバちゃんに伝えると、「アンタ、漢字読めるの?」だって。「日本人なんだから読めるでしょ!」と大学生のお兄ちゃんが大爆笑してました・・・】


【ツアコンのオバちゃんはアツく地雷の除去方法を説明しています・・・】


【戦車あり・・・】


【高射砲あり・・・】


【歌姫の勇姿あり・・・(ここからプロパガンダ放送をやってたみたい)】


【対岸の中国本土(アモイ)まで最短2Kmです・・・】


【ここからは対岸までの公衆電話が引かれていたそうで、恒例の皆さんは懐かしそうに受話器を取ってました・・・】


【烈嶼郷は小金門の行政区分で、「I LOVE 烈嶼」みたいな撮影スポットです・・・】


【砂浜に下りると敵が上陸しにくいようにどこの海岸にも杭が立っていて、なんとも言えない雰囲気の景色です。リュウゼツランも葉っぱがギザギザしているので、わざと植えたんだそうです・・・】


【金門大橋がよく見える山の上の展望台にやって来ましたが、かなり高齢で平らなところを歩くのがやっとの皆さんもお目こぼし無しです。このツアーは面白いですが、とにかく歩きっぱなしで汗だくです・・・(ほぼ休憩無し)】


【さて、ツアコンのオバちゃん(とにかく親切でした)と、参加者の皆さんと涙の別れをしまして、金城老街(旧市街の真ん中)にやって来ました。ここは模範街といういい感じのレンガ街です・・・】


「金門島は牡蠣が名物で、コチラは牡蠣のかき揚げ(シャレではありません)のお店です。揚げたてのアツアツを紙に包んで渡してくれますが、ちょっとキケンです。衣がちょっと硬いので、そのまま食べるより立ち食いそばに乗せた方が美味しそうです・・・】


【この立派な門は牡蠣の天ぷら屋さんの前にあって、昔々海賊をやっつけて世の中を平和にしたグレートなママさんを称えて作ったんだそうです・・・】


【ディナーは牡蠣そばの店(天ぷら屋のすぐ近く)でキマリ。このおそばは小さい牡蠣が大量に入っていて、食べても食べても牡蠣が無くなりません。この牡蠣は剥くのが大変だろうな~と・・・】
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卒業旅行で台湾一周、金門島にも行っちゃうぞの旅!(4日目)

2024-10-26 21:25:54 | おでかけ(海外)
*台北のホテル~雙連の豆漿店~陽明山(ハイキング&温泉)~忠孝復興の豆花店~寧夏夜市~台北のホテル・・・の巻!

 新規採用から15年間勤めた府中支店から世田谷支店に転勤した直後に若旦那が産まれました。ラッキーにも転勤前に昇任試験に合格したおかげで仕事の内容がガラリと変わったこともあり、色々と重なって今考えると精神的にちょっと病んでました(ぴらにあは環境の変化にすこぶる弱い)。で、アーバンな世田谷支店勤務が辛くてどうしようもなかったのです。その時の救いが下田営業所への出張でした。ぴらにあの所属していた部署では下田出張の苦手な人が多くて、結果的に新人のぴらにあが行くことが多かった(いわゆる押し付け)のが幸いでした。下田は空と海が青くて、行き帰りのドライブが楽しくて、魚が美味しくて、営業所のオバちゃんが面白くて、もう「下田営業所に常勤したい!」とさえ思ってました。全く仕事とは関係なく遊びで行ったのも含めると、2年間で10回以上通ったんですかねぇ・・・

 仕事の合間に下田の浜で海を眺めていると、目の前に伊豆大島がデーンと浮かんでいます。「あぁ、あんな島でぴら奥さんとちぴら(若旦那)と3人で暮らせたらどんなに幸せなんだろうか・・・」と叶わぬ妄想は膨らみ、しかし神様(信じてませんが)は聞いておられました。まさか2年も経たずに伊豆大島支店への転勤命令が出るなんて。でも、まだヨチヨチも歩けない若旦那(とんでもない高倍率の選考を経て地元M市の保育園に入ったばかり)を連れて、誰の助けも借りられずに離れ小島で暮らしていけるんだろうかと。結局、「いや、飛び込んでしまえばどうにかなるさ!」と、ナンの根拠もない理屈を支えに海を渡ったのであります。で、その1歳8ヶ月でまだ二足自律歩行が出来なかった若旦那が、なんと伊豆大島に行って1ヶ月で歩けるようになりました。というのも、東京の家は住めば都の激狭2DK40平米のボロ団地に住まい、若旦那は寝返りとハイハイで全ての欲求が満たされていた状態。移住先の伊豆大島の社宅は広々2LDK90平米なので、オモチャを取りに行くにも歩かないとドウしようもないワケで。能ある鷹は爪を出し惜しみしていたのか、やらないでも済むことはやらないで済ませる面倒くさがり屋なのか、当時からやらなきゃいけなくなると本気が出るタイプとお見受けしまして。成人した現在でも若旦那は類い希なる能力を隠しつつ、天の邪鬼モード全開で生きております・・・


【前に泊まった時は朝食無料サービス付きでしたが、コロナで朝食なしになってしまったようです。で、ホテルからほど近くのMRT雙連駅近くの豆漿店でモーニングを。豆漿(豆乳)は日本でもお馴染みのプレーンタイプや甘いのもありますが、塩味の豆漿を注文してみました。豆乳ベースのスープでちょっとラー油で辛いです・・・】


【油條(揚げパン)と蛋餅(薄焼きのオムレツ、ベトナムのバインセオみたいなヤツ)が定番でございます。他にも大根餅とか美味そうでしたが、一人じゃ食べきれませんからね・・・】


【注文はメニューを指さすか、オーダーシートに書き込んでもOKです。親切に日本語で書いてあるメニューもありましたが、ぴらにあには出してくれませんでした。まぁ、そんなモンよ・・・(MRTの駅とかで現地語でいきなり道を聞かれるタイプ)】


【さて、外国に来るとお風呂(湯船)が懐かしくて。台北市街の北側に陽明山という観光地がありまして、そこには温泉が湧いているらしいのです。MRT劍潭駅からバスに乗って行けるっぽいので・・・】


【劍潭駅に到着するとバス乗り場はリュックを背負った人で長蛇の列、そうか今日は土曜日でしたよね。列に並んでいたお姉さんに「陽明山に行きますか?」と筆談で聞くと、「アッチのバスで行けば?」的なお答えを。お姉さんの並んでいた激混みローカルバス(料金が安い)よりも、紅5の直行バス(料金が少し高い)の方が空いているみたい・・・(座れました)】


【例によってフラれフラれて30分で陽明山のバスターミナルに到着しました。ここから108のミニバスに乗ってさらに山の中を目指したいのですが、これがまた長蛇の列でありまして。ちょうど来たバスに飛び乗りましたが、とても座れず胃バリウムのX線検査状態(グルグル回される感じ)で・・・】


【必死に両手で握り棒を掴んでなんとか終点までやって来ましたが、乗った108バスは途中で折り返すバスでどうりで乗る人が少なかったワケ。で、本当の目的地まで歩くのも遠く、途方に暮れていると次のバスがやって来ました。もう、自分でもナニをやっているのかよくわからず・・・】


【小油坑という場所に到着しました、雰囲気は箱根みたいな感じです。いや~、涼しくて空が青くて来てよかった。陽明山は偉い人(蒋介石とか)の別荘があったみたいです・・・】


【小油坑はまさに大涌谷みたいな場所で、バスを下りると硫化水素と亜硫酸ガスが混ざったいい香りがします。もう、駐車場のすぐ脇で沸いてます。グッツグツでかなりキケンです・・・】


【いきなり本当に見た目が大涌谷ですが、7年寿命が延びる黒玉子は売ってません。それと、台湾の人は噴気孔にあまり興味が無いらしく、見に来ている人もまばら・・・(日本人ほど火山好きの民族はいない?)】


【台湾は火山島ではないのに、各地に温泉が湧いているのが不思議です。台北は市内に新北投という硫黄泉の温泉地があって、MRTでも簡単に行けます。箱根湯本か有馬温泉みたいな感じです・・・】


【バスの窓からは数珠つなぎで登山している人たちが見えますが、ぴらにあはフツーのスニーカーで来ているので山登りはガマンですね。こういう時に調子に乗って、ついでに浮き石にも乗って、足首をグキッとかやっちゃうとアホすぎです・・・】


【陽明山のバスターミナル近くには無料の共同浴場があると聞き、もうワクワクでやって来ましたが、中を覗いてビビりました。直径10m位の丸い浴槽に乳白色のお湯が溢れておりますが、とんでもない人数のおじいさんが溢れかえっております・・・】


【しかも脱衣所らしくモノはなく、お湯が溢れている床の壁に脱いだ服を入れる棚があるだけで。つまり、脱いだらズボンやパンツが絶対に濡れるシステム。いや、ここまで来て入らなくては日本男児が廃りますよね。注意書きには「ビンロウ(噛みタバコ)は食うな!」やら「大声でケンカするな!」やら・・・】


【なんかね、大声で話ながらお湯に浸かっていた数人のおじいさんがジロリとこちらを見て、「そこの日本人のお兄さん、遠慮してないで入りなさいよ!」とテレパシーで語りかけてくるんですよ。結局、人生が変わるくらい気持ちよかったッス。服を濡らさないで着替えるにはFルチン同然で外へ出て、ベンチで涼みながら着ればよいと・・・】


【入浴時間は5時半~8時、10時~12時、15時~18時と細かく分かれておりまして、頻繁に清掃が入るみたいです。共同浴場の隣には小さな食堂がありまして、オススメのざく切り芋入り汁ビーフン(お芋がちょっと甘くて不思議なお味)と、タケノコやらキノコやらインゲン豆やら炒めたのを堪能しました・・・】


【さて、いっぺんホテルに戻って濡れた服を洗濯しましょうね。MRTやバスではリュックは前で担ぎましょう、ギュゥゥゥ・・・】


【ぴらにあの大好きな騒豆花という豆花スイーツ店に行ってみましたが、どういうワケか前に行った店は開いてませんでした。どうしても食べたくて、ネット地図で探して別の支店まで歩いて行ってきました。マンゴーとスイカのタピオカ豆花と、新入りのタピオカミルィティー女史です・・・】


【台湾とか香港のお店はすぐに閉まってしまったり、いきなり移転したりするのでネットの地図でもあまり信じない方がいいです。あと、人気が出るとすぐ値上げしてしまうのであまり気にしない方がいいです。この店はスイーツだけじゃなくて本格的なお料理(ランチ的)なのもありますが、お値段はお高めです・・・】


【寧夏夜市で臭豆腐のニオイを嗅ぎすぎてだいぶ疲れたので、ディナーは町中華のテイクアウトで豚バラ丼と手作り餃子、ホテルお隣のお茶店(横浜中華街にも支店アリ)のタピオカミルクティー・オン・ザ・タピオカミルクティー女史です。女史は中山のDイソー的なお店で出会ってビビビッと来てしまいました。ジャーニー先生は少しスネてます・・・】
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卒業旅行で台湾一周、金門島にも行っちゃうぞの旅!(3日目)

2024-10-17 20:10:32 | おでかけ(海外)
*高雄のホテル~高雄駅~(台鐵東部幹線経由・反時計回り)~台北駅~九份~台北のホテル・・・の巻!

 府中支店に15年、世田谷支店に2年、伊豆大島支店に8年、亀有支店に8年、杉並支店に3年、また府中支店に戻って1年で合計37年ですかね、よく勤めましたよね。あの仕事がぴらにあに向いてたのか、向いてなかったのか自分ではよくわかりませんが、これだけ続いたということは性に合っていたというコトなんですかね。面白かったか面白くなかったかと聞かれたら、ズバリ面白かったでしょう・・・(大変でしたけど)

 確か、世田谷支店の時だったと思いますが、ODNまいぺーじ仲間のぷんぷい(S国E媛県在住)さんとよく盛り上がってました。で、「ちぴら(若旦那)が産まれました!」とまいぺーじかgooブログで報告したら、「え~、ホントに結婚してたの!」だそうです。それまでぷんぷいさんはぴらにあが独身なのに、妄想でぴら奥さんの話(完全なる創作)を書いていたと思ったらしい。「だってぇ、ぴら奥さんの写真は出てこないし、東京で仕事をしているのに時々下田に行ってるし、謎に女子高生の知り合いがたくさんいるし、平日の昼間っからダイコン育てたりパン作ったりヘンなことばかりやってるし・・・」って、そりゃ怪しいと思っても不思議じゃありませんよね。でもね、ぷんぷいさんがヘンだと思っている内容がズバリぴらにあの仕事だったんですよ。松山空港で初対面した時、まずは名刺をお渡ししたら「ナットク!」していただきました・・・


【高雄から台北までは高鐵(新幹線)を使えば最短1時間半ですが、ここはひとつ台湾をグルリ一周してみましょうよ。しかし、花蓮の地震被害が気になりますが、台鐵からは東部幹線にナニか支障が出ているという情報はありません・・・】


【さぁ、7時46分高雄発の自強415号(EMU3000型)が入線してきましたよ。今考えれば、新左営(高鐵の高雄駅)始発なので地下鉄で行けばよかったなぁ・・・】


【高雄から台北まで6時間15分で車内販売は有りや無しや、よくわかりませんから駅構内のSブンEレブンで2食分の食料を買い込んで来ました。だって、台東~花蓮間でトラブルとかあったら、駅弁なんか買えるはずもなく・・・】


【「いきなり車内販売?」と思ったら、ゴミ集めのオバちゃんでした。EMU3000型の自強号は12両連結で11両が普通車、1両がビジネス車になってます。せっかくなのでビジネスに乗りたかったのですが(お弁当も付いてくるし)、よほどの人気なのか満席でした・・・】


【しばらくは高雄から南に向かいます、窓の外は鰻池が広がってます。台鐵の南廻線は2,020年に電化されたのでタロコ号(TEMU1000型)やプユマ号(TEMU2000型)が運行れれていましたが・・・】


【台東駅には災害復旧のための軍用車両がたくさん並んでしました。タロコ号やプユマ号や振り子電車のため、山間部のカーブが多い路線でスピードが上がりますが、危険防止のために全席指定になっています。また、連結している車両数も3000型が12両、1000型と2000型が8両となっており・・・】


【台東駅の引き込み線にEMU3000型が停まっていました。タロコ号(TEMU1000型)はJR九州の885系(白いかもめや白いソニックの車両)と全く同じですが、この車両もJRっぽくて不思議な感じです・・・】


【台東を過ぎて平地に出ると一面の田んぼです。つまり、自強号をEMU3000型に入れ替えたことによって、スピードは犠牲にしても一編成で運べる乗客が多くなったということ。しかし、旧型の自強号(客車タイプ)に比べて格段に劣っている点がひとつ・・・】


【無事に花蓮に到着しました、引き込み線にプユマ号(TEMU2000型)が停まってます。車内から見る限り特に地震の被害は確認出来ませんでしたが・・・】


【この川の上流のタロコ峡谷(前に台北からの日帰りツアーで来たことがあります)では、崖崩れとか大きな被害が出たみたいです。早く復興して大理石の峡谷が見られるようになればいいですね・・・】


【うわ~、マジで崩れてますけど。こんな線路際の崖(石灰岩の採石場?)がこんなになってても減速もしないで通過する台鐵ってスゴイですよね・・・】


【海が見たかったので予約時に「右側で!」って言ったんですけどね、バッチリ左側(山側)を満喫しました。しかも、ほぼガラガラなのに詰め込んで予約を入れちゃうので、いつも隣に誰かいる状態なんですよね。まぁ、右側で空いてる席に勝手に移動してましたけど・・・】


【そうそう、旧型の自強号に比べて劣る点は、とにかく座席の座り心地が悪い。これはネットにもよく書いてありますが、なんか座りにくいというか、オケツが痛くなるというか、どうしてなんですかね。客車タイプに比べて座席の間隔が狭いというのもありますけどね・・・】


【さて、6時間15分の旅もあっという間に終わり、地下鉄と徒歩で台北のホテルに荷物を置きに来ましたが。な~んか、デジャブな感覚に陥ってますよね。このホテルって前にも泊まったことがありますか?(予約したときには気がつきませんでしたが、前回来たときに4人で泊まったホテルと同じでした)】


【地下のフリースペースで無料のお菓子食って、まだ寝るには早いので台北のデパート前から九份へ直通高速バスで行ってみましょうよ。で、恒例のガッタガタバスで1時間ほど揺られて九份に到着しました・・・】


【しかし、よくあの坂道をドリフト気味に攻めますよね、お客さんの乗り心地とかいう概念はないのでしょうか?。前回に来たときは土砂降りでいきなり傘を買いましたが、今日はいい感じで曇ってます・・・】


【いや~、臭豆腐のカオリが漂ってますね。ごった返しているという感じではありませんが、たまに路地でもバイクが走ってくるので気をつけて歩きましょう・・・】


【お腹空いたのでこの辺でロンリー小籠包ですよ。アヒルだかカモだかがぶら下がってますけど、さすがにロンリーでは手も足も舌も出ず・・・】


【提灯ついてませんねぇ、と思ったらつきました・・・】


【この程度の九份は空いている方で、とにかく九份に来るなら覚悟した方がいいです。この階段を歩けるだけマシです・・・】


【お姉ちゃんがいい感じで写真撮ってます。だいぶ暗くなってきたので帰りましょう・・・】


【帰りもあのガッタガタ(しかも激混み)で帰りたくないので、ローカルバスで瑞芳駅まで行って電車で帰りましょう。瑞芳に行くバスはすぐ来るみたいですね・・・】


【外国のバスは時間通りに来た試しがありませんが、台湾のバスは割と時間通りに運行されてます。だいたいどこの停留所にも「あと〇〇分で来ます!」的な表示がありますが、途中のバス停だと早く行ってしまってる場合がありますので要注意・・・(でも次がすぐ来ますよね)】


【いや~、この電気バスも攻めますよ、こんな走りでよくバッテリー持ちますよね・・・(立ち席でよく写真撮りました)】
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卒業旅行で台湾一周、金門島にも行っちゃうぞの旅!(2日目)

2024-10-06 14:41:50 | おでかけ(海外)
*高雄のホテル~LRTの並木線路~哈瑪星~旗津半島~美麗島駅前の鴨麺店(大事件!)~竹田駅~高雄のホテル・・・ の巻!

 ぴらにあは高校を卒業してとある民間企業の研究所に勤めました。その研究所は医薬品の開発をしていて、慣れない仕事と人間関係(所長がかなりキレ気味の博士)で色々大変な事もありましたが、それなりにやり甲斐のある内容でした。しかし、その会社があることでヤバくなって(ぴらにあの勤務内容とは無関係)、たった9ヶ月で限りなくクビに近い自主退職(いわゆるリストラ)となりました。で、高校の恩師であるOYY先生に相談に行くと、「〇〇ならアンタに向いてるんじゃね?」と今年3月に退職した仕事の前身を紹介されました・・・

 その足で有楽町へ向かい願書をもらいに行くと、「ホントに申し込むの?」と係のおじさん、「明日が締切なんだけどね、大丈夫?」だそうです。OYY先生の元にとんぼ返りし、急いで書類を作ってもらって翌日提出に行くと(よく間に合いましたよね)、「ホントに持ってこられたの?」って笑ってる昨日のおじさん。結局、ぴらにあを含めて4人が受験をしましたが、ぴらにあだけが合格して3人は不合格だったそうな。ぴらにあが願書提出に間に合ってなかったら他の誰かが合格したワケで、ちょっと申し訳ないことをしたのかなぁ・・・


【高雄駅から地下鉄で1駅目出口すぐの高コスパ激安ホテルは、スーパートコジラミさんの襲撃も長い髪で白いワンピースの女性の出現も無く、無事に朝を迎えました。ただ、階によってホテルの名前が違うという不思議なシステム・・・】


【台湾のホテルはビジネス系と連れ込み系の境目が曖昧なので、チョイと怪しい雰囲気もありましたが。モーニングはコンビニで肉まんと花巻、激アツ茶卵のセットでございます。横では台湾焼酎をかっ食らったお兄さんが潰れております・・・】


【さて、高雄は最近ライトレールが市街地外周をグルリと開通しまして便利です。地下鉄で凹子底駅まで行きまして、地上に出て愛河之心停留所(場所は同じ)で乗り換えです・・・】


【低床の富山地鉄みたいなLRTがやって来ました。5分間隔くらいで運行されていてほとんど待ちませんね。地下鉄もLRTもフェリーも悠遊カード(交通系電子マネー)が使えて便利です・・・】


【ちなみに悠遊カードは有効期限がありませんので、残額を帰国時にキャッシュバックしなくても大丈夫です。そのまま日本に持って帰ってまた台湾に来た時に使えます。地下鉄が少し安くなったり、バスと地下鉄を乗り継ぐと自動的に割引されたりします。LRTは新しいので乗り心地はヨシです・・・】


【美術館前停留所と内惟藝術中心停留所の間はステキな並木線路になっていてステキな映えスポットです。龍貓隧道(Tトロのトンネル)と呼ばれているそうです・・・】


【美術館周辺は芝生の公園になっていますが、なぜか放し飼いの犬(リードをしてない飼い犬なのか、野犬なのか不明)がたくさんいるので要注意です。さらにLRTは廃線跡の線路で住宅街を抜けて南に向かいます・・・】


【哈瑪星(ハマセン)停留所は旧高雄駅をそのまま使っています。旧高雄駅に向かう線路は港に向かって延びていたため、「濱線(はません)」と呼ばれていたため、そのまま台湾っぽく漢字で表記した地名で哈瑪星になったそうです・・・】


【ホームの先には蒸気機関車のCT259(C55形)やDT609(9600形)が停まってます、結構保存状態がよくてカッコイイです・・・】


【かつて、日本の最南端の玄関口であった高雄駅の引き込み線は自由に入っていけますが、広すぎて自転車でも借りてこないと厳しいですね・・・】


【木の上で何かが動いていたのでしばらく見ていると、タイワンリスが数匹鬼ごっこをやってました。コイツら、電線とか囓るのでチョイと迷惑なんです・・・(伊豆大島の社宅でネットが切れる原因?)】


【旧高雄駅全体が哈瑪星鐵道文化園區という公園になっていて、鉄分が多めのオブジェとかが展示されています。レンガ倉庫の中には鉄道模型のジオラマとかあるみたいですけど、この日は開いてませんでした・・・】


【さて、松山空港では最低限の両替しかしなかったので、明日の大移動(新幹線を使わないで台東、花蓮経由で台北へ戻る)に備えて持ち金を増やしておこうと。4,000TWD(約2万円)を郵便局のATMでキャッシングしようと思いましたら・・・】


【レシートだけ出てきてお金出てきませんけど~!。郵便局の窓口に突撃してみますと、「あ、取引が不成立だからダイジョブ、ダイジョブ!」みたいなコトを言ってますけど。結局、ホントにダイジョブなのかわかりませんが、近くの銀行のATMでは引き出せました・・・(K本県の親善大使熊みたいなのは大学の公式キャラだそうです)】


【怒りの郵便局近く船着き場からフェリーに乗りまして、5分で旗津半島に到着します。ここはかつて、開通したばかりの新幹線に乗って若旦那と遊びに来たことがある思い出の場所です・・・】


【まだ4月ですがあづい~!、ヒ~コラ言いながら坂を上って旗后山の山頂にある高雄灯台までやってきました・・・】


【岩山の所々に手掘りのトンネルみたいなのがありますけど、これは戦争中の防空壕の跡みたいです。「とってもキケンだから入るな!」みたいな表示がありますが、ロープすら張ってないので自己責任でお入りください状態・・・】


【灯台の隣には砲台跡(コチラは立派な観光施設)がありまして、どこでも自由にお入りいただけます。でも、柵とかはありませんのでどこまで行くかは自己責任・・・】


【Rピュタ的な雰囲気の場所は台湾には各所にありますね・・・(つまり、レンガとグネグネの木の組み合わせ?)】


【灼熱の砲台から下りてきまして、とにかくクールダウンが必要ですね。旗津老街にはかき氷屋が並んでますのでマンゴーかき氷で・・・】


【これは貸し自転車なのか輪タクの類なのか不明ですが、謎のキャラクターが並んでます。ちょっとカワイイです・・・】


【また5分のフェリーで鼓山港(哈瑪星側)に戻ってきました。このフェリー乗り場の建物もカッコイイです・・・】


【お昼はホテルすぐ近くの鴨麺店に入ってみましたが、サラリーマンの皆さんでごった返しています。でも、お店で食べる人よりテイクアウトの人のが圧倒的に多いので、テーブルはそんなに混んでません・・・】

    ↓↓↓
この後、ジャーニー先生が忽然と消えました!
デジカメも消えました!
ローカル線で竹田駅(台湾に現存する最南端の木造駅)まで行きました!
竹田駅前の醤油屋で醤油ソフトクリームを食べました!
ジャーニー先生はホテルに置き去りだと思ってましたが・・・
    ↓↓↓



【ホテルの部屋に戻ってもジャーニー先生はいませんでした。ランチの後はコンビニしか行ってませんがコンビニにも無し、途方に暮れつつ鴨麺店に聞きに行くと、「あ、忘れてったでしょ!」みたいな感じでカウンターにジャーニー先生が寝てました。あまりの喜びにお菓子を持ってお礼に行くと、「そんなのいりませんヨ!」ってなかなか受け取って貰えません・・・】


【やっとチョコパイを受け取って貰い、お礼のついでにテイクアウトの鴨麺を注文すると、「ゆで卵サービスしておきましたよ!」って嬉しすぎますよね。ホテルに帰ると満面の笑顔のミニスカお姉さん(撮影許可済み)が待っていてくれました。これはホテルのお出迎えサービスだそうですが、もっとキワドイお姉さんも待っていたりして・・・】


【もう疲れたのでディナーを外に食べに行く元気が。というワケで高雄駅の駅弁(確か白身魚フライ飯)を買ってきましたが、鴨麺ゆで卵入りも追加して豪華版です・・・】


【このホテルには「コインランドリー完備」と書いてありましたが、いったいどこにあるのでしょう?。お姉さんに聞くと「10階!」とか言ってますが、10階でエレベーターから出てもザ・廃屋というか、お化け屋敷というか・・・】


【う~ん、確かにありましたね。マシーンは汚れ落ちヨシ、乾き具合ヨシですが、夜中に行くのはかなり勇気が必要な環境ですね・・・】
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卒業旅行で台湾一周、金門島にも行っちゃうぞの旅!(1日目)

2024-09-24 16:15:05 | おでかけ(海外)
*家~羽田空港~台北松山空港~台北駅~新左榮駅~高雄のホテル・・・の巻!

 ずいぶん前から辛かったんですよね、37年間続けてきた仕事が。定年までまだありますけど、それまでやれるんだろうかと。でも、仕事が上手くいってないとか、仕事の内容が面白くないとか、そういうんじゃないんです。若い衆と一生懸命にやればやるほど、肉体的にも精神的にも追い詰められていく。gooブログは1年前に投稿した記事がメールで送られてきますが、仕事がらみの内容だと「疲れた・・・」のオンパレードなんです・・・

 で、ぴら奥さんに打ち明けましたら「辞めちゃえば?」とアッサリ。「だって、ずっと見ていて辛そうだから・・・」って、何も言わないけど感じてくれていたんですね。「まぁ、お金はワタシが働いている分で、最低どうにかなるでしょ!」って、夫にモ~ヒ~を勧める妻がここにおりました。「それにさ、どうせじっとしていられなくて、何か見つけてきて働くんでしょ!」だそうです。あ、そうだ。仕事を辞めてから1ヶ月ブラブラしてても、じっとしていられなくて台湾に行ってきたんッスよ・・・


【海外旅行は5年前に若旦那とベトナム遠征(4回目)に行ったのが最後ですからね、羽田の様子がすっかり変わっておりました。飛行機は国際線ターミナルではなくて、第2ターミナルからの出発です・・・】


【ポケットWi-Fiを借りたり、自動チェックイン機で搭乗手続をしたり、優秀なる若旦那ブレインがいないのでちょっと不安です。日本円→台湾ドルの両替レートはすこぶる悪いので止めておきましょう・・・】


【なんかね、ゲートを通るのでも顔認証でピピピのピであっさり通れてしまいます。出国スタンプも押してくれるのかくれないのか・・・】


【やった~!のバス搭乗ですが、ラウンジが地階にあるため眺めがよくありませんね。若旦那も小娘さんもいないのでヒマだなぁ・・・】


【ラッキーにも一番前の席(通称ヲタシート)に座れました。こうやって空港をバスでグルグル走るのは楽しいんですが、MツコDラックスさんは大嫌い(それが理由で海外旅行に行きたくないとテレビで話してました)だそうです・・・】


【ゾロゾロゾロゾロ~、写真を撮る時間がたっぷりです・・・】


【ただし、東南アジアの某国のように翼の下に入ろうと考えているだけで、ヘルメットを被ったお兄さんの「そっちはダメ!」ビームが飛んできて焼かれてしまいます・・・】


【ボーディングブリッジでは撮れない写真をパチパチと・・・】


【このプラスチックっぽい質感はB787の特徴でございます。なお、プラスチックの材料が石油なのは皆さんご存じない模様?(Iンダストリアの人工パンの材料はプラスチックなのはご存じ?)】


【ハイ~、座席は右側(太陽が当たらない方)をしっかりとリザーブいたしました。ただ、トイレに行きたくなったら困るんでしょうね・・・】


【チキン南蛮定食を食べながらGジラ-1.0を見させて頂きましたが、あの主演級女優さんの演技はいかがなのでしょうか・・・】


【映画を見ていたら寝る間もなく松山空港に到着しました、今回は荷物は壊されてませんでした(アタリマエ?)。ちょっとモワッとしていて台北101が霞んでます・・・】


【空港から地下鉄で台北駅まで来ました。ここから新幹線で高雄(新左榮)まで行きたいので、なんとか自動券売機でキップを買いました。日本語表示にもなってわかりやすいです・・・】


【台北駅は中が吹き抜けになっていて、広場では列車に乗りそうもない人がくつろいでいたりします。ただ、トイレとかチケットカウンターがどこにあるのかわかりにくいのが・・・】


【チョイと時間があったので外に出ると、坊ちゃん列車みたいなのが展示されていました。LDK58は1,923年に日本車輌が作った蒸気機関車で、主に花蓮~台東で運行されていたそうです・・・】


【さて、高雄行きの新幹線は台北駅始発ではなくて、南港駅から来ますのでモタモタ写真を撮っていると乗り遅れてしまいます(だから台北駅の写真はありません)。先ほど機内食を食べたばかりですが、ここはひとつ排骨飯弁当を食べなくちゃね・・・】


【奮発してビジネスシートに乗りましたので、飲み物とお菓子がサービスでございます。料金は台北~新左榮だと普通席でだいたい1,500NTD、ビジネスだと2,000NTDなので結構お得です・・・(1NTD=約5円)】


【1時間半で新左榮に到着しました、車両は700T系(車内はほぼ東海道新幹線と同じ)なのであまり珍しくはありません。鼻先が血だらけ(何をはねてる?)は相変わらすです・・・】


【新左榮駅で東線経由の台北駅のチケットを購入しまして(券売機だと難しいので窓口で買いました)、地下鉄でホテルへやって来ました。まぁ、窓が少ししか開かないのが難ですがいい感じです・・・】


【一応、南京虫チェックも入念にやってみましたが、マットレスの下にも痕跡はなくて一安心。シャワールームも衝立があるのでトイレがビショビショにならなくてヨシです・・・】


【窓の外はすぐに大通りですが、閉めてしまえば防音効果バッチリで静かです。この部屋で1泊3千円くらいでした・・・(レートがよかったら2千円くらい?)】


【ホテルのすぐ裏は夜市になってます。ホコ天にはなってないので、名物のバイクがブンブン走ってます・・・】


【街角の半露天大衆食堂に入ってみました。並んでいるオカズの中から選んで鶏肉飯、ヘチマの炒め物(たぶん)、ジャガイモの炒め物をチョイスしてみました。淡水魚っぽい魚のスープが有名らしいんですが、量が多すぎて一人ではリ~ム~・・・】


【ロンリーお姉さんは大丼のスープを飲んでおりますので、よほど美味しいんでしょうね。一人旅は食えるモノが限られてくるので不利だなと今頃気がついても・・・】


【だんだん日が暮れて人手が多くなってきたので、洗濯でもしにホテルに戻りましょう。最後にお夜食でおばぁの胡椒餅を買ってきたと思ったら、食ったら甘い揚げ月餅みたいなシロモノでしたとさ・・・(見た目で甘いか塩っぱいかがわからない海外旅行アルアル)】
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