「円キャリー取引」が主導してきた円安局面が幕を閉じつつある。対ドルの円相場は5日に一時1ドル=141円台まで上昇。年初からの下落分をほぼ全戻しした。
日米金融政策の転換で日米金利差が縮小方向に動く中、「円キャリー後」の経験則に照らすと1ドル=130円台に上昇する可能性も見えてきた。
「これまで積み上げたポジション(持ち高)を手放すことを余儀なくされている、そんな相場だ」。
1日の円上昇幅が4円を超えた5日夕、三菱UFJ銀行の野村拓美エグゼクティブエキスパートはこう話した。
「スピード違反」(三菱UFJモルガン・スタンレー証券の植野大作チーフ為替ストラテジスト)といえるほどの円急伸を受け、翌6日は一時146円台まで円が売り戻された。だが、このまま再び円安・ドル高が加速していくとの見立ては少ない。
米商品先物取引委員会(CFTC)によると、7月30日時点でヘッジファンドなど非商業部門(投機筋)の円売り持ち高は7.3万枚。3週で10.8万枚縮小した。同日時点で1ドル=152〜153円台で推移していた円相場はその後一気に上昇したため「投機筋の円売り持ち高はほぼ解消した」(あおぞら銀行の諸我晃チーフ・マーケット・ストラテジスト)との見方が優勢だ。
「円相場のテーマは日米金利差縮小に移った。外債の売却を進めていきたい」(国内大手生命保険会社)といった声も聞かれる。
投機筋が円売り持ち高を増やした主因が、円キャリー取引だ。低金利の円を調達し、高金利のドルで運用して金利差収益を得ようとする取引を指す。
円キャリーとは取引の呼び名で、「円キャリーファンド」など特定のプレーヤーがいるわけではない。民間のヘッジファンドや海外金融機関など海外勢が中心に手掛ける。ある外国銀行関係者によると「政府系ファンドが手掛けることもある」という。
円資金を貸し出すのも主に海外の金融機関だ。円を借りてドルで預金するほか、さらに短期金融市場に回して運用収益の上乗せを目指すこともある。
今回の円キャリー取引活発化の局面は2022年に始まったとの指摘が多い。ロシアのウクライナ侵攻が始まって世界的なサプライチェーンの混乱が生じ、米国をはじめ先進国のインフレ圧力が高まったことが背景にある。
結果、米連邦準備理事会(FRB)はインフレ抑制のための利上げを長く続けることになり、円売り・ドル買い圧力が高まることになった。
こうした経緯からすれば「ウクライナ侵攻が始まった1ドル=114円台まで逆回転しても驚きはない」(外国銀行幹部)。円キャリーという円安の支えがはずれたことで、円高方向の値幅が出やすくなるためだ。
過去の経験則をたどれば、円キャリー取引が沈静化した後には大幅な円高に振れることが多い。例えば、CFTCの円売り持ち高が24年とほぼ同水準にまで膨らんだ07年の安値は1ドル=124円台。売り持ちの縮小で107円台まで上昇した後、リーマン・ショックが起きた08年には87円台まで円高が進んだ。
1998年の「LTCMショック」前も活発なキャリー取引を背景に円相場は147円台まで下落していた。同ショックを受けて約3カ月で113円台まで上昇し、翌年には101円台を付けた。
ともに数カ月〜1年ほどで3割程度の円高・ドル安が進んだ形だ。今は金融危機が差し迫っているわけではないものの、地政学リスクなど他の要因が重なることで円上昇が増幅する恐れはある。
今後の円相場の原動力は「金利差と需給要因。1ドル=160円台には戻らないとみて国内輸出企業の中には円を買う動きも出てきた」(邦銀ディーラー)。
円が急伸したことで円買い・ドル売りに遅れた主体は一定程度いるとの見方もあり、円の上昇圧力がじわりときいてくる可能性もある。
みずほリサーチ&テクノロジーズによると、足元の日米10年金利差(一部、経常収支や直接投資など円需給要因含む)からみた円相場のフェアバリューは142〜143円。
「日銀の追加利上げやFRBの利下げへの観測がさらに高まることがあれば、一段の円高進行はあり得る」(東深沢武史主任エコノミスト)との声も上がり始めた。130円台への上昇は目前だ。
(生田弦己)