6月20日夜、セーヌ川にかかるパリ最古の橋ポン・ヌフが黄金のダミエ・パターン(市松模様)に彩られた。
今年からルイ・ヴィトンのメンズ・クリエーティブ・ディレクターに米国の音楽シーンを代表するファレル・ウィリアムス氏が就任した。初舞台となったこの日のショーでは、ダミエと迷彩柄を融合した「ダモフラージュ」など伝統とポップさを融合した斬新なコレクションを披露した。
「人生の特別な瞬間を彩り夢を与える。それがラグジュアリー産業だ」。LVMHモエヘネシー・ルイヴィトン・ジャパン社長のノルベール・ルレ氏は、成長を続ける理由をそう説明する。
ラグジュアリー産業のガリバー企業、フランスのLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンは2023年に時価総額が一時5000億ドルを突破した。直近もトヨタ自動車の約2倍で、欧州企業では首位、先進各国でも10位前後に位置する。
同産業が台頭したのは1990年代だ。もともと家族経営的な性格が強い企業が合併し1987年にLVMHが誕生。現在も会長兼最高経営責任者(CEO)を務めるベルナール・アルノー氏が89年にLVMHの経営権を握ると、M&A(合併・買収)を駆使し幅広いブランドを傘下に収めた。
同社のブランド数はクリスチャン・ディオールやフェンディ、ケンゾー、ブルガリなど75に上り、世界81カ国に進出する。ファッションや宝飾、化粧品、酒、ホテルなど幅広い。21年には米宝飾品大手ティファニーを買収した。
黄金のダミエ・パターンに彩られた会場でのフィナーレ
同じくフランスが本拠地のケリングはグッチやサンローランなどを傘下に持つ。スイスのリシュモンはカルティエやヴァンクリーフ&アーペルなど宝飾、時計に強い。コングロマリットは素材調達や製造ノウハウ、流通網などをブランド間で共有できる利点がある。
躍進の背景にはグローバル化の進展もある。もともとの顧客は欧州の上流階級だった。1970〜90年代には経済成長や円高で日本人が積極的に購入。2000年代以降はその購買層が香港や中国本土に広がった。
ラグジュアリー産業で日本の存在感は薄い。デロイトのランキングでは資生堂が世界15位と唯一トップ20圏内に入る。同社は15年以降、高価格帯の「プレステージ」ブランドに注力し、売り上げ構成比は22年に60%と16年の40%から伸びた。
大阪大のピエールイヴ・ドンゼ教授は「日本企業はものづくりは得意だが夢づくりが苦手だ」と分析する。最新の技術や数字で表現することは得意だが、ストーリーやコンセプトづくりに弱みがある。
それでも海外は日本企業に熱い視線を送る。グッチは昨年から、元禄元年(1688年)に創業した西陣織の老舗、細尾(京都市)の素材を生かしたハンドバッグの販売を始めた。
西陣織は金箔や銀箔を生地に織り込み、独特の光沢を出す唯一無二の技術がある。同社は10年にディオールの店舗の内装材へ採用されたことを契機に、各国のラグジュアリー企業と協業する。
今年2月にはミラノにショールームを開設した。「日本の工芸を世界に広めたい」と細尾真孝社長は意欲を燃やす。LVMHのグループ会社も今春、デニム製造の地場企業、クロキ(岡山県井原市)と提携した。
「日本酒のラグジュアリーブランドをつくる」と意気込むのがスタートアップClearを設立した生駒龍史社長だ。高品質の日本酒造りを全国の酒蔵に委託し、「SAKE HUNDRED」ブランドで販売する。
今年4月にロンドンで開いた「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)2023」でゴールドメダルに輝くなど高い評価を受ける。
エルメスのパリ本社で副社長などを歴任した斎藤峰明氏も社外取締役を務める。「いま世界が求めているものはサスティナビリティーや健康、精神性など、日本の伝統産業が大切にしてきたものだ」と期待を込める。
日本は世界一の老舗企業大国でもある。歴史と文化を世界に売り込む伸びしろは大きい。
<Review 記者から>富裕層の象徴、問われる社会調和
「お金は富裕層から取るべきだ」。今年4月、フランスの年金改革に反対するデモ隊の一部がパリのLVMH本社に入り込んだ。高級ブランドを数多く展開することから金持ちの象徴として標的になった。
実際に米誌フォーブスの2023年版の世界長者番付では、米起業家のイーロン・マスク氏が首位から陥落し、LVMH会長のベルナール・アルノー氏が世界一の富豪になった。
「我々はフランスで最も人を雇う民間企業になった」「全世界で50億ユーロの法人税を納め、その半分はフランスである」。22年の年次報告書で、アルノー氏は事業報告に先んじてLVMHの社会貢献を強調した。社会的なあつれきの回避に腐心する。
欧州経済にとってラグジュアリー産業は成長のけん引役だ。例えば、ハンドバッグ類の輸出額をみると、フランスは30年間で15倍、イタリアは11倍に増えた。輸出額全体がそれぞれ3倍、4倍にとどまる中、高い付加価値を生み出している。
経済産業省の報告書はラグジュアリー産業の未来について、地域の伝統や個人の創造性とともに社会貢献的な利他性が重要だと指摘した。
利他性とは人や自然と調和した事業展開を意味する。対話を重ねて社会とのバランスをどう描くかは、ラグジュアリー産業の持続可能性を高めるために欠かせない。
(マクロ経済エディター 松尾洋平、パリ=吉田知弘)
ラグジュアリー産業