候補者として10人超の名前が浮上し、本命がみえない混戦になってきた。これまで支持候補を一定程度、縛ってきた派閥が解散し、議員一人ひとりの判断の余地は広がった。秋以降に次期衆院選を控える。「選挙の顔」に誰が良いのか、探り合いの状況が続く。
数の力を裏打ちしてきた派閥が緩んだ結果、それに代わる支持・不支持の判断基準が多様化する可能性はある。
党内の人間関係だけでなく、政策を含む候補者の主張や政治姿勢、政権運営の方針などへの注目度は高まる。
19日に出馬表明した小林鷹之前経済安全保障相は「自民党は生まれ変わる」と強調した。
党内に刷新感を求める声が根強いことを踏まえた。出馬に意欲を示す当選回数の多いベテランの議員は外交経験など実績を強調し、政権運営の安定感などを訴える。
出馬のハードル低く
派閥なき総裁選となったことで各派の存在はかすむ。派閥はこれまで事実上、候補者の事前調整機能を果たしていたが、それが薄れて出馬へのハードルは下がった。
一方で出馬への意欲をみせても本当に推薦人20人が集まる保証はない。
本来まとまって行動する同じ派閥から複数候補の名前が挙がる。
岸田派は林芳正官房長官が立候補する方針で、上川陽子外相も推薦人集めを進める。茂木派は茂木敏充幹事長と加藤勝信元官房長官がともに意欲を示す。
2012年総裁選に町村派から安倍晋三、町村信孝両氏が出馬した前例はある。当時の自民党は野党で派閥が資金やポストを配分する機能は弱まっていた。自民党の政権復帰後は例がない。
自民党は政治資金問題を受け、党指針で資金配分や人事により影響力を強めてきた派閥を禁じ「政策集団」への衣替えを唱えた。麻生派を除く5派閥が政治団体としての届け出を取り下げる方針を決めたため、前面に出にくい状況だ。
過去の総裁選で現職が出馬しないときは候補者が多くなりやすい。01年以降、現職が出なかった計8回で平均3.6人と、現職がいる場合の平均2.0人を上回る。今回は最多だった08年や12年の5人を上回る勢いがある。
混戦になれば支持層のすみ分けも難しくなる。派閥に限らず若手や保守といった属性が似た議員同士でも激しい票の奪い合いとなる。
たとえば若さや刷新感を求める議員の支持は小林氏(衆院当選4回、49歳)と小泉進次郎元環境相(当選5回、43歳)で割れる。
小林氏は前回の21年総裁選で高市早苗経済安保相の推薦人だった。憲法改正や経済安全保障など立ち位置が似る両氏は今回、重複する支持議員の取り合いとなる。
高市氏は前回、安倍氏の後押しで議員票を集めた経緯がある。安倍氏の死去や派閥解散でまとまりを欠く安倍派は当選4回以下が小林氏に流れている。
19日の小林氏の出馬表明の記者会見に同席した議員24人のうち11人が安倍派だった。
世論意識か党内力学か
総裁選は党所属の国会議員が1人1票持つ「国会議員票」と、全国の党員・党友の投票で配分を決める「党員・党友票」の合計を競う。国会議員票と党員・党友票はそれぞれ367票と同数を充てる。
どの候補も過半数に達しない場合は上位2人の決選投票になる。国会議員の367票に加えて各都道府県連に1票ずつ割り振る47票の合計で新総裁を決める。
候補者の数が多いほど票が割れて1回目で過半数を取るのは難しくなり、決選投票の公算も大きくなる。決選投票は1回目の投票に比べて議員票の比重が大きいため、過去には党員票を最も多く得ても敗れた例がある。
前回の21年は1回目の投票で党員票トップだったのは河野太郎氏だったが、決選投票を経て岸田氏が勝った。12年は1回目の投票で党員票トップだった石破茂氏は、そのときは議員票のみだった決選投票で安倍氏に逆転された。
議員票は永田町での「貸し借り」の人間関係にも左右される。党の刷新が叫ばれる選挙にもかかわらず、党内力学を反映し、世論に近いとされる党員票の動向と乖離(かいり)した結果になれば党勢回復に逆行する恐れはある。
政策論争、衆院解散見据え
衆院議員の任期は25年10月に満了するため、およそ1年以内に次期衆院選がある。政権発足直後は期待感から内閣支持率は高まりやすい。新たな首相が秋にも衆院解散・総選挙に踏み切るとの観測が出ている。25年夏には参院選もある。
野党第1党の立憲民主党は9月7日告示―23日投開票で代表選を予定する。同時期に実施する自民党総裁選と立民代表選は次期衆院選への前哨戦といえる。
勝ち抜いた候補の政策は両党の政権公約になる。経済や社会保障、外交・安全保障といった重要分野で世論の反応をみる機会になる。
今回は政治資金問題を踏まえた政治改革も論点だ。政治資金収支報告書に不記載があった議員も少なくない。
党改革で踏み込みすぎれば議員票を得にくくなる半面、改革に消極的な印象を与えれば「刷新」を演出できないジレンマを抱える。
1週間先延ばし、岸田首相の意向
自民党総裁選の投開票日は当初、9月20日とする案があった。1週間先延ばししたのは岸田文雄首相の意向とされる。
事実上の選挙期間を長くとって政策を訴える機会を増やすとともに、総裁選を盛り上げて政治資金問題を巡る負のイメージを払拭する狙いとみられる。
首相の外交日程にとっても好都合だ。9月24日から米ニューヨークで予定する国連総会の一般討論演説のほか、日米豪印4カ国の枠組み「Quad(クアッド)」首脳会議に現職の首相として出席できるようになる。
9月23日投開票の立憲民主党の代表選と選挙期間を重ねて代表選への注目度を下げる思惑もある。