【ワシントン=坂口幸裕】トランプ米大統領が北朝鮮を「核保有国」と言及したことに波紋が広がっている。
歴代政権が踏襲してきた「非核化」の目標の優先度を後退させたと受け取れる発言で、公式に認めれば日本を含む東アジアの安全保障への影響は必至だ。
新国防長官「北朝鮮が核保有国であることは脅威」
「いまでは彼は核保有国だ。私が戻ったのを喜んでくれると思う」。
トランプ氏は就任した20日、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記との関係を誇示し、北朝鮮を過去の政権が認めてこなかった「核保有国」と明言した。
大統領選の期間中にも「核兵器を大量に保有している相手と仲良くできるのは素晴らしい」と話したことがある。
真意は判然としないものの、米政府高官がかねて使用を避けてきた言い回しを解禁した。
25日に米国防長官に就いたヘグセス氏も同調する。上院軍事委員会の指名公聴会に先立つ書面質問への回答で「北朝鮮が核保有国であることはインド太平洋地域、世界全体の安定への脅威だ」と記した。
第1次政権の米朝交渉の主要議題は「非核化」だった。核開発の主力拠点である寧辺(ニョンビョン)廃棄の見返りに制裁の全面解除を要求する北朝鮮側に対し、米国は「最終的で完全に検証された非核化」の実現まで制裁を維持する方針を崩さず、決裂した。
第1次トランプ政権後のバイデン前政権だった4年間、北朝鮮は対話の呼びかけを無視して弾道ミサイルの発射実験などを繰り返した。
目標への命中精度や弾頭の威力などの検証を続け、国際社会から度重なる制裁を受けても「核保有国」への道を最優先してきた。
非核化目標に懐疑論、高官候補「実現不可能」
米国防総省ナンバー3の国防次官(政策担当)に指名されたエルブリッジ・コルビー氏は24年に韓国メディアに、非核化は「実現不可能」と断言した。
第1次政権で米国の韓国大使を務めたハリー・ハリス氏も日本経済新聞に「核放棄を見据えた交渉は限界にきている」と話す。
トランプ氏は第1次政権で史上初の米朝首脳会談を実施し、対面で計3回会った。23日放送の米FOXニュースのインタビューで金総書記に再び接触するかと問われ「そのつもりだ」と述べた。
ルビオ米国務長官は膠着する米朝協議の打開へ政策変更を口にした。15日の議会公聴会で「総合的に(対北)政策を見直し、偶発的な戦争のリスクを低減させるために何ができるか考える必要がある」
米国内には対北朝鮮政策で非核化目標を掲げつつ「大陸間弾道ミサイル(ICBM)の射程制限に焦点を当て、より軍備管理に寄せたものにすべきだ」(コルビー氏)との声がある。ICBMは米本土に到達可能で、米国の安全保障に直結するためだ。
拉致問題含む対北政策すり合わせ、日米首脳会談が好機
仮に北朝鮮を核保有国だと認めれば、直接の脅威にさらされる日本や韓国への影響は甚大だ。
「米国第一」の新政権がICBMの制限に固執し、核搭載可能な短・中距離ミサイルの保持を容認する事態になれば日本の安保は大きく揺らぐ。
日本政府は北朝鮮による日本人拉致問題を最重要課題に据え、核・ミサイル問題との同時解決を主張してきた。
米朝が直接ディール(取引)に動く前に、自国の立場を改めてトランプ政権とすり合わせる必要がある。2月上旬を想定する日米首脳会談が絶好の機会になる。
米ブルッキングス研究所のアンドリュー・ヨウ上級研究員は「非核化目標は不変だ」と唱えつつ「北朝鮮を対話に引きずり出す最善の方法として軍備管理に重点を置くべきだ」と語る。
一方、核保有国と位置づければ核拡散防止条約(NPT)が形骸化しかねないと指摘する。NPTは核兵器を1967年以前に製造して爆発させた米英仏中ロの5カ国だけに核保有を認め、それ以外の国への核兵器の拡散を防ぐ枠組みになる。
非締約国のインドとパキスタンは核を持つ。イスラエルも保有しているとされる。北朝鮮の扱い次第で核保有をめざす他国にも波及する核開発ドミノを引き起こし得る。
ヨウ氏は「世界は核保有によりオープンになりつつある」と警鐘を鳴らす。