続いて伏見稲荷の千本鳥居の先奥社奉拝所 より更に稲荷山へと続く鳥居のトンネルを少し行った「根上がりの松」の手前を右に折れた先にある『伏見神寶(かんだから)神社』の紹介です。
鳥居が途切れたこちらから登って参ります。
途端に少々歩きづらい山道となります。賑やかな喧騒から外れこちらへは、殆ど誰も訪れず鳥のさえずりが大きく聞こえてきます。
登り始めてから5分ほどで到着です。
ここは、伏見稲荷大社の広大な境内の一画に鎮座していますが、摂社では無く独立した神社です。
ここでは狛龍(天龍、地龍)が出迎てくれます。
神寶宮 拝殿
祭祀:天照大神・稲荷大神
由緒: 当社は平安時代(794年〜1185年)に創建されたと伝えれ、当初は稲荷山上に祀られていたという。仁和年間(885年〜889年)には、宇多天皇より大神宝使(だいじんぽうし)を派遣されるなど皇室からも厚い崇敬を得ていたが、天正17年(1589年)に里宮が造営されるとともに徐々に荒廃していったという。そして、昭和32(1957年)に再建され、現在に至る。当社の社名は、物部氏の祖神、饒速日尊が携えてきた十種神宝(沖津鏡、辺津鏡 、八握剣、生玉、死反玉、足玉、道反玉、蛇比礼、蜂比礼、品物比礼)にちなんでおり、当社では、この十種の神宝を奉安しているとされる。(引用先:こちら)
伏見神宝神社 由緒案内板
この由緒で着目したいのは「神授十種神宝(とくさかんだから)に由来する。」でしょうか。こちらでは「十種神宝」を奉安していると伝えています。
- 沖津鏡(おきつかがみ)
- 辺津鏡(へつかがみ)
- 八握剣(やつかのつるぎ)
- 生玉(いくたま)
- 足玉(たるたま)
- 死返玉(まかるかへしのたま)
- 道返玉(ちかへしのたま)
- 蛇比礼(へびのひれ)
- 蜂比礼(はちのひれ)
- 品々物之比礼(くさぐさのもののひれ)
「十種神宝」は、物部氏の祖、神饒速日命が天神御祖より授けられた宝と伝えています。鏡が二種、剣が一種、玉が四種、比礼(古代の女性が纏っていたストールのようなもの)が三種で、それぞれの所在は諸説あるにせよ現在まで不明となっています。(WIKIによれば大阪市平野区喜連6丁目にある式内社楯原神社内の神寶十種之宮に、偶然「町の古道具屋で発見されたという十種神宝が祀られている」 と、あります。石上神宮より、うちで祀るのが筋と言うものだから「よこせ!」と、打診があったそうですが、手に入れた物をノコノコ引き渡す必要などないと、断ったそうです。やりとりはあえて自分の予想です(^^;)
「神宝」の名を唱えて振り「ひふみ祓詞(はらいことば)」を添えて祈ると、死者でさえ生き還るほど恐ろしい呪力があると伝えています。
「十種神宝」を奉るとされる神社は、他にも奈良県天理市の「石上神宮」京都府宮津市の 「籠神社」など数社あります。
手狭な境内ではありますが他にも見どころがある神社です。
額束に覆屋がつています。
山王龍頭大神
竹の鳥居 かぐや姫伝承に関連しているとか。中央に霊石(磐境 ) 正面から稲荷山三峰を望む遥拝所となっています。
【マップ】
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