勝坂遺跡公園を訪れ散策中に、出逢った神社二社を紹介
時折米軍座間キャンプ周辺上空から聞こえるヘリの爆音には、辟易したが・・・。
珍しい白い彼岸花(曼珠沙華) 突然変異体らしいが、やはり希少価値があるようだ。
石楯尾神社参道脇に群生していた彼岸花
石楯尾神社 参道階段 けっこうキツイ 単に我々がヘタレな為かも。
社殿 しかしここは、ヤブ蚊が凄かった。参拝もそそくさと済ませ思わず退散した。
石楯尾神社は、神奈川だけでも七社あるそうだ。祭神は、石楯尾大神。本命は、名倉にある石楯尾神社らしいが、そこの社伝では「第12代景行天皇の庚戊40年、日本武尊東征の砌、持ち来った天磐楯 (あまのいわたて)を東国鎮護の為此処に鎮め神武天皇を祀ったのが始まり」と由緒を伝えている。
残念ながら今回訪れた「石楯尾神社」には、イワクラは無かったが名倉には「烏帽子岩」と、言う巨石が存在しているらしい。
続いて勝坂遺跡公園の中にある「有鹿神社」へ
公園の南出口から少し脇に入った木々の中の散策路を暫く下ると有鹿神社の奥宮がある。
有鹿神社 奥宮 祭祀は「有鹿比女命(アリカヒメノミコト)」記紀にはその名がみえない神様。水の女神と伝わる。ちなみに、海老名近くにある本宮は「有鹿比古命(アリカヒコノミコト) 」やはりこちらも記紀には登場せず。太陽の男神と伝わる。
太陽の神と言えば、女神である「天照大神」あえて男神とする処は、サクラさんの得意分野。水の女神でもあり、やはり瀬織津姫との関係を無視するわけにはいかないだろう。このあたりはサクラさんの考察を待つことにする。
奥宮のそばにあった水場 こちらがそもそもの信仰対象だったのかも知れない。縄文遺跡と隣り合わせに信仰されている事も興味深い。
とくとくと湧き出る泉よりここら一帯は、谷戸の景観を造っている。生態系的にみても貴重な場所らしい。
石楯尾神社
有鹿神社 奥宮
時折米軍座間キャンプ周辺上空から聞こえるヘリの爆音には、辟易したが・・・。
珍しい白い彼岸花(曼珠沙華) 突然変異体らしいが、やはり希少価値があるようだ。
石楯尾神社参道脇に群生していた彼岸花
石楯尾神社 参道階段 けっこうキツイ 単に我々がヘタレな為かも。
社殿 しかしここは、ヤブ蚊が凄かった。参拝もそそくさと済ませ思わず退散した。
石楯尾神社は、神奈川だけでも七社あるそうだ。祭神は、石楯尾大神。本命は、名倉にある石楯尾神社らしいが、そこの社伝では「第12代景行天皇の庚戊40年、日本武尊東征の砌、持ち来った天磐楯 (あまのいわたて)を東国鎮護の為此処に鎮め神武天皇を祀ったのが始まり」と由緒を伝えている。
残念ながら今回訪れた「石楯尾神社」には、イワクラは無かったが名倉には「烏帽子岩」と、言う巨石が存在しているらしい。
続いて勝坂遺跡公園の中にある「有鹿神社」へ
公園の南出口から少し脇に入った木々の中の散策路を暫く下ると有鹿神社の奥宮がある。
有鹿神社 奥宮 祭祀は「有鹿比女命(アリカヒメノミコト)」記紀にはその名がみえない神様。水の女神と伝わる。ちなみに、海老名近くにある本宮は「有鹿比古命(アリカヒコノミコト) 」やはりこちらも記紀には登場せず。太陽の男神と伝わる。
太陽の神と言えば、女神である「天照大神」あえて男神とする処は、サクラさんの得意分野。水の女神でもあり、やはり瀬織津姫との関係を無視するわけにはいかないだろう。このあたりはサクラさんの考察を待つことにする。
奥宮のそばにあった水場 こちらがそもそもの信仰対象だったのかも知れない。縄文遺跡と隣り合わせに信仰されている事も興味深い。
とくとくと湧き出る泉よりここら一帯は、谷戸の景観を造っている。生態系的にみても貴重な場所らしい。
石楯尾神社
有鹿神社 奥宮
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