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【神社・巨石・霊石】北野天神社の霊亀@ 山梨県北杜市小淵沢町

2021-06-29 | 神社・仏閣
中央本線 小淵沢駅から西に1キロほど行った場所に、小淵沢北野天神社は鎮座しています。

一の鳥居 こちらの鳥居には、面白い伝承があります。(後述)

周囲は住宅街ですが境内に一歩入ると気持ちの良い杉並木の参道が続きます。

狛犬一対

拝殿 

本殿
由緒:当社社記に、延喜十五年近郷を大八幡庄と云はれた頃、字天神森に日本武尊を祀り山宮天神と称し、永延元年字天神宮に神殿を造営して遷宮、京都北野天満宮から菅原道真公の神霊を勧請合祀して北野天神と敬称した。延享元年近郷の一の宮となり「壱宮額」が奉納されてゐる。享保十八年神祇道管領勾当長上従三位侍従卜部朝臣兼雄卿の宣旨を以って正一位北野天神の極位が授けられた。明治四年郷社同四十年幣帛供進神社に指定。(山梨神社庁より)
 
  天神様をお祀りしているのでご祭祀は菅原道真公ですが、ここでは併せて日本武尊を合祀してお祀りしています。
由緒によれば、先に日本武尊を祀っているところに菅原道真公を合祀したとあります。この辺り何かあるのかWEBで調べたところこちらに興味深い記述をみつけました。
ここの北野天神社には「逃亡・隠棲者を保護する伝承」が存在しており「無実の罪によって太宰府に流された菅原道真を隠棲者の守護神」として合祀したのではないかと推測されています。
その根拠に、もともとこの小淵沢には、庇護聖地(アジール)の地であったと言う説があります。
【小淵沢アジール説】
小淵沢は古くから甲州街道原路や棒道といった交通路が走り、甲斐国と信濃国との国境という要衝に位置していたものの、これといった人口扶養力の高い産業や豊富な天然資源が存在しているわけではなかった。何故そのような産業や資源に乏しい小淵沢が発展したのかということを説明する説の一つに、この地がかつてアジールだったのではないかという説がある。北巨摩郡北西部は731年(天平3年)まで諏訪国だったといわれ、そのため諏訪神社が多く存在しているとされる。諏訪には出雲から建御名方神が逃れて住み着いたという神話が存在する(諏訪大社の項参照)。また、小淵沢には清和源氏武田氏流今井氏の末裔が住み着き、それら一派によって小淵沢の町が興されたのではないかとする説がある。これらのことから、小淵沢は中央権力からの逃亡者達が心安らかに住まって、文化を築き上げる聖地であった、としている。WIKI小淵沢より)
 【霊亀】
境内中央にデンと鎮座しています。

伝承などは、特に分かりませんでしたが祥瑞を呼んでくれるとの事なので、三回撫でて参りました。ようは撫で牛の代わり…。でしょうか。


境内には、たくさんの双体道祖神のお姿が見られました。
 この神社の事をWEBで、いろいろと調べていましたらここの一の鳥居に面白い伝承がありましたので、最後に転載させて頂きます。
【がんまくさん】
昔、小淵沢村北野天神社の神主の家にとてもカのある男がいて、村人は「がんまくさん」と呼んでいました。この男が力持ちになったにはわけがあります。ある日信濃(今の長野県)の国境にある松木坂を通りかかると、一体の石像が倒れていました。見ると摩利支天さんの石碑でした。男は「これはいけない。」 とひとりごとを言いながら起こして立ち去りました。
そして数日後ふたたびここを通りかかると若い女が赤ん坊を抱いて立っていました。男が近づくと「この児をしばらく抱いていてください。」 といって赤ん坊を男に渡すと姿を消してしまいました。男の抱いた赤ん坊は、はじめは軽かったのですが、ふしぎなことに次第に重くなり、男はとうとう耐えられずに草むらに降ろそうとしました。この時さっきの女が現れてお礼をいったあと「あなたに大カを授けよう。」 といって、また姿を消しました。ふしぎに思って赤ん坊を見ると何とそれは摩利支天の石像だったのです。 それ以来この男は大変な力持ちになりました。
ある日のこと、山道で追いはぎに会い、「金を出せ」といわれました。男は「待ってくれ、タバコを一服吸ってからな。」といってそばにあった大木を軽々しく曲げて腰をかけ、タバコを吸いだしました。追はぎも大木の片方に腰をおろしていましたが、男が急に立ち上ると大木がビーンとはね上がって追いはぎはそのいきおいで空高く舞いあがり、やがて谷底に落ちてしまいました。
その後村で神社の鳥居を建てることになりました。 村中の者が総がかりで二本の柱を建てましたが、日暮れになったので笠石はあした上げることにして帰りました。よく朝村人が社へ来てみると、笠石はいつの間にか上げられていて、鳥居は見事に仕上がっていました。がんまくさんが一人で一晩のうちに上げたもので、村人は驚き、その大力とやさしさに感謝したそうです。これが現在の北野天神社の大鳥居だといわれています。    (小渕沢町)
山梨県連合婦人会 編集・発行(平成元年)「ふるさとやまなしの民話」
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このお話で大活躍の「がんまくさん」の子孫の方が、今も北野天神社近くにお住まいだそうです。今に続くむかし話です。(以上は、こちらより転載)
 記述の「笠石」が気になるところですが、霊亀を良く見ると笠石の様にも見えなくもないので、この巨石の謂れなど知りたい所です。
【マップ】


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