
京浜急行六郷土手駅 東京都大田区仲六郷 都心に住んでいる人でもピンとこないのに多摩在住の自分からすれば、まさにここは辺境の地

ホームが多摩川の土手にかかっているまさに辺境の駅

六郷の渡し跡 旧東海道より江戸に入るための重要な渡し場だった場所です。(クリックして拡大します)

歌川広重 六郷の渡し 永禄年間と慶長年間の架橋が架けられていたそうですが相次ぐ洪水により流失。以降は架橋にせず渡船によって交通が行われていたそうです。


駅と並行して、第一京浜にかかる六郷橋
そして六郷橋を川崎方面へしばし歩き眼下の河川敷をふと覗くと…。



ほったて小屋が数件建っていました。
どうやら、今では殆ど見かけなくなった路上生活者達の住処のようです。
かつては集落とも言っていい程の小屋が建ち並んでいた事もあったそうです。


周辺には、スクラップ工場、リサイクル業者などが目立ちますが、廃材やアルミ缶、ダンボールなどが至る所に積み上げられており彼ら路上生活者の糧となっているのでしょう。
再び駅に戻り駅前通りを脇道に一歩踏み入れると...。

旅館とは名ばかりの安宿街(ドヤ街)が立ち並んでいます。

違和感を醸し出しながらも生活臭が漂う長屋風の建物が目立ちます。
普段自分が住む生活圏とのギャップに少々面食らいましたが、この地で彼らは日々暮らしているのです。

ホームが多摩川の土手にかかっているまさに辺境の駅

六郷の渡し跡 旧東海道より江戸に入るための重要な渡し場だった場所です。(クリックして拡大します)

歌川広重 六郷の渡し 永禄年間と慶長年間の架橋が架けられていたそうですが相次ぐ洪水により流失。以降は架橋にせず渡船によって交通が行われていたそうです。


駅と並行して、第一京浜にかかる六郷橋
そして六郷橋を川崎方面へしばし歩き眼下の河川敷をふと覗くと…。



ほったて小屋が数件建っていました。
どうやら、今では殆ど見かけなくなった路上生活者達の住処のようです。
かつては集落とも言っていい程の小屋が建ち並んでいた事もあったそうです。


周辺には、スクラップ工場、リサイクル業者などが目立ちますが、廃材やアルミ缶、ダンボールなどが至る所に積み上げられており彼ら路上生活者の糧となっているのでしょう。
再び駅に戻り駅前通りを脇道に一歩踏み入れると...。

旅館とは名ばかりの安宿街(ドヤ街)が立ち並んでいます。

違和感を醸し出しながらも生活臭が漂う長屋風の建物が目立ちます。
普段自分が住む生活圏とのギャップに少々面食らいましたが、この地で彼らは日々暮らしているのです。
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