今日は午前中にマウントラッシュモアとクレイジーホースを見物してからシェリダン(Sheridan)を目指す長い一日になりそうです。
4人の大統領の顔を岩山に彫刻したMount Rushmore National Memorial(マウント・ラッシュモア)は、古い話ですが、ヒッチコックの映画「北北西に進路をとれ」を見てから一度は訪れてみたいところでした。駐車場から出て正面の広場に至る道筋は神社に通じる参道にも似て、アメリカ人にとっては観光スポットの一つにとどまらず、建国から今日の繁栄に至るまでに功績の大きかった大統領を遠くから仰ぎ見ることによって歴史を振り返り、愛国心を再確認するための「お伊勢参り」に似ているような印象すら受けました。
アメリカ国家プロジェクトであるマウント・ラッシュモアが、元々はインデアン・スー族(Sioux)から政府が奪い取った領地に建設されたことを問題視して、スー族の英雄クレイジーホースの勇姿を同じブラックヒルの岩山に建設する動きが始まり、現在も建設途上ではあるがCrazy Horse Memorial(クレイジーホース・記念碑)として公開されているので、これも見学して来ました。
クレイジーホースの方は政府の援助を受けずに純民間のプロジェクトとして進めているため施設もラッシュモアと比べると見劣りするし、資金稼ぎのためには仕方の無いことなのでしょうが、インデアンの有力者の一人の末裔と称する御仁がステージで勇者の踊りを披露するのも痛々しく、あまりにも観光スポットとして力が入りすぎていて、建設に際してインデアンの部族間にも賛否両論あったりしたと聞けば、いつ完成するかも分からないこのプロジェクトの行く先が案じられます。
本日のもう一つのビッグイベントは、高校時代のAFS留学生仲間Tさんのホストファミリーを表敬訪問したことでした。私が当時の人口7000人程度のミネソタの田舎町Chisholmで一年間お世話になった同じ年に、人口3000人のサウスダコタの田舎町Sturgisで彼女がママ・パパと呼んでいたご両親がご健在と聞いて、彼女になり代わって謝辞を述べるのが目的でした。
ゴルフコースの中に建つタウンハウスにお二人で住まい、今でも連日のようにゴルフを楽しまれているようで、自宅ガレージに鎮座している自慢のマイカートも見せてもらいました。既に両親とも他界している私のミネソタのホストマザー・ホストファーザーに再会したような温かい気持ちになれた訪問でした。
感激の高ぶった気持ちのまま別れを告げて、シェリダンに向けてハイウエイを快調にぶっ飛ばし、30分ほどで州境を越えて早くもワイオミング州に入りました。明日に備えてワイオミング州の地図をもらうべくビジターセンターに立ち寄り、ポケットをさぐったら・・・・・、あれれれ・・・、携帯がありません!!
早めに気づいたのが不幸中の幸い。一日500キロ走る身にとっては往復60キロのとんぼ返りなんてのはノープロブレムです。玄関で再び迎えてくれたアメリカのパパが、もう今日は泊まって行かないかと優しく声をかけてくれましたが、丁重に辞退して先を急いだことでした。
今回のドライブで暗くなって運転したのは初めて。シェリダン到着前に日が暮れ、地平線に沈む太陽を拝むオマケ付きでした。
本日の走行距離は560キロでした。
4人の大統領の顔を岩山に彫刻したMount Rushmore National Memorial(マウント・ラッシュモア)は、古い話ですが、ヒッチコックの映画「北北西に進路をとれ」を見てから一度は訪れてみたいところでした。駐車場から出て正面の広場に至る道筋は神社に通じる参道にも似て、アメリカ人にとっては観光スポットの一つにとどまらず、建国から今日の繁栄に至るまでに功績の大きかった大統領を遠くから仰ぎ見ることによって歴史を振り返り、愛国心を再確認するための「お伊勢参り」に似ているような印象すら受けました。
アメリカ国家プロジェクトであるマウント・ラッシュモアが、元々はインデアン・スー族(Sioux)から政府が奪い取った領地に建設されたことを問題視して、スー族の英雄クレイジーホースの勇姿を同じブラックヒルの岩山に建設する動きが始まり、現在も建設途上ではあるがCrazy Horse Memorial(クレイジーホース・記念碑)として公開されているので、これも見学して来ました。
クレイジーホースの方は政府の援助を受けずに純民間のプロジェクトとして進めているため施設もラッシュモアと比べると見劣りするし、資金稼ぎのためには仕方の無いことなのでしょうが、インデアンの有力者の一人の末裔と称する御仁がステージで勇者の踊りを披露するのも痛々しく、あまりにも観光スポットとして力が入りすぎていて、建設に際してインデアンの部族間にも賛否両論あったりしたと聞けば、いつ完成するかも分からないこのプロジェクトの行く先が案じられます。
本日のもう一つのビッグイベントは、高校時代のAFS留学生仲間Tさんのホストファミリーを表敬訪問したことでした。私が当時の人口7000人程度のミネソタの田舎町Chisholmで一年間お世話になった同じ年に、人口3000人のサウスダコタの田舎町Sturgisで彼女がママ・パパと呼んでいたご両親がご健在と聞いて、彼女になり代わって謝辞を述べるのが目的でした。
ゴルフコースの中に建つタウンハウスにお二人で住まい、今でも連日のようにゴルフを楽しまれているようで、自宅ガレージに鎮座している自慢のマイカートも見せてもらいました。既に両親とも他界している私のミネソタのホストマザー・ホストファーザーに再会したような温かい気持ちになれた訪問でした。
感激の高ぶった気持ちのまま別れを告げて、シェリダンに向けてハイウエイを快調にぶっ飛ばし、30分ほどで州境を越えて早くもワイオミング州に入りました。明日に備えてワイオミング州の地図をもらうべくビジターセンターに立ち寄り、ポケットをさぐったら・・・・・、あれれれ・・・、携帯がありません!!
早めに気づいたのが不幸中の幸い。一日500キロ走る身にとっては往復60キロのとんぼ返りなんてのはノープロブレムです。玄関で再び迎えてくれたアメリカのパパが、もう今日は泊まって行かないかと優しく声をかけてくれましたが、丁重に辞退して先を急いだことでした。
今回のドライブで暗くなって運転したのは初めて。シェリダン到着前に日が暮れ、地平線に沈む太陽を拝むオマケ付きでした。
本日の走行距離は560キロでした。
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