詩篇46:1-3
『神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。
それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。
たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、その水かさが増して山々が揺れ動いても。セラ』
私たちがいつも祈っていないと恐れに倒されてしまうことが多いです。
恐れは瞬間瞬間私たちを襲います。
まるで煙がある所にいると息をするだけでも煙が体の中に入って来るように、恐れも私たちの心の中に入ってきます。
多くの聖徒たちがこの恐れの攻撃を受けています。
経済的に困難が起こるのではないかという恐れ、自然災害に対する恐れ、大病することへの恐れ、事故に対する恐れ、迫害に対する恐れ、失敗に対する恐れなど、あらゆる恐れでノイローゼにかかるほどです。
しかし祈りが深くなると“不幸や災難迫害が襲うか知らないからと言って恐れるな。恐れが心の中に入って来たらますます主と一つになるようにはげみなさい。平安なのか災いなのかが問題ではない。主の中にとどまるかとどまらないかが問題だ。と主が教えて下さいました。
主と共にいるとどうなるのか心配になったり、恐れたりすることなく、主がどのようにしてくださるかを期待する思いが出てきます。
神に頼り、期待する時に恐れは消え、楽しい心に回復します。
神が共におられるのに何を恐れていますか。
サタンが主を見て恐れているのです。そのことを想像してみて下さい。
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