使徒の働き20:18-19
『彼らが集まって来たとき、パウロはこう言った。「皆さんは、私がアジヤに足を踏み入れた最初の日から、私がいつもどんなふうにあなたがたと過ごして来たか、よくご存じです。
私は謙遜の限りを尽くし、涙をもって、またユダヤ人の陰謀によりわが身にふりかかる数々の試練の中で、主に仕えました。』
パウロが主に仕えた姿は、新約聖書全体に現れます。
主に出会った後の彼の生き方は、自分のために生きたのではなく、主のために生きました。
彼はこのように告白しました。
ガラテヤ2:20
『私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。』
パウロは死ぬ時までこれを貫きました。
口先だけで「主のためにすべてをささげます」と言うのは簡単に言えますが、それを実行に移すことは簡単ではありません。
パウロはキリストの心と謙遜と忍耐と魂を愛する人でしたので、主に仕えることが出来ました。
キリストのために働いているので、それを献身というのではなく、キリストが常にすべての中心にいないならば、それはキリストとは関係のない自分の働きになります。
【祈り】
主よ。自分の働きをしながら、神の働きと錯覚することがありませんように。
【聖句をノートに書きましょう】
-献身した人-
- マタイの福音書25:21
- 使徒の働き7:59-60
- 第2テモテ1:5
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