私にとっては、100%正解というものは、この世の中には存在しないと認識しているのだけれど、それは一般の人には常識ではないのだろうな。
数学とかある一定の理論の中では、100%の正解は存在する。
Q.
A地点とB地点は10km離れている。
時速5kmで移動したらどのくらいかかるか?
A.
10÷5=2時間
実際は、全く静止した状態から時速5kmに加速するまでに時間がかかる。
初期速度が0km/hか5km/hか10km/hであるかによっても、時間が変わる。
寸分たがわず時速5kmで移動することも不可能。
これは人でも車でも変わらない。
A地点とB地点は直線距離で10kmか?
途中に山があったり、川があったりすれば非常に遠回りしなければならない。
1961年から1989年まで、ブランデンブルク門の東西では、自由な往来ができなかった。
ベルリンの壁が存在したため。
かわいそうな政権広報担当者の失言によりベルリンの壁が崩壊するまで、民間でも政治でも非常に問題が起きていた。
地球上でA地点が地上であったとして、B地点が空に向かって10kmか、地下に向かって10kmかによって、全く話が変わる。
海上であれば、10kmの深海になる。
人は生きていられない。
物事をごまかして、のらりくらりと屁理屈を言うんじゃない?
しかしね、実際に社会で起きている問題は、こんな無理難題で、それをどうやって解決するかが仕事になっているんですよ?
先々有望な学生さんには気の毒だけれど。
それを知らない親から、「勉強しろ」と言われて勉強している人は、もっと気の毒だけど。
限られた条件の中におけるペーパーテストで100点を取ることはできても、現実に存在する様々な条件すべてを満たす100%の回答なんてないんですよ。
そうでなければ、毎年ノーベル賞なんか選ばれません。
人類は過去も現在も未来も無知だし、正解なんか持ち合わせていないんです。
教科書に載っていることは、まぁ大抵はその通りになるでしょうという理論や経験からの知識の体系化で、その通りにならない物事を一生懸命何とかするのが、いわゆる「仕事」になっているんです。
という持論を持っているのだけれど、一般的に一生懸命働いている人にとって、そんな回答は求められていないよなぁ、とも思う。
感情で物事を進めると短絡的になってしまい、広い視野や長期的展望ができなくなるため、失敗が多くなる。
したがって、理性的に考えて行動することが重要なのだけれど。
人が物事を推し進めるエネルギーの源泉は、感情でもある。
もっとも短絡的には、良い食事がしたい、良い暮らしがしたい、良い生活がしたい、人より有利になりたいから、お金が欲しいというのが、労働のモチベーションでもある。
そうでなかったとしても、例えば宇宙に行きたいとか、ヒマラヤ登頂したいとかは、なんでそんなわざわざ危険を冒してまでそんなところに行きたいんだ?と思う人もいるのだけれど、なぜするかは、
行きたいから行く。
そんなのは理性的に考えて合理的な理由なんかないんですよ。
自分の欲求に従って行動している。
しかしながら、そういった奇特な人が世の中を変えるのも事実で。
感情は重要ですよね。
そんなわけで、答えなんかないんですよ。